11 離宮
王宮の中心部よりも東寄り、庭園の奥が東離宮だった。
厳かな建造物の中をリュシアンが先導してくれる。
ベルナデット様のお茶会に呼ばれて、私ははじめて王宮に足を踏み入れた。
庭園に面した白い石打ちのテラスにテーブルと椅子が備わっていて、輝く美貌のベルナデット様がいた。
先立っての非礼を改めてお詫びすると
「よいよい。不問とする」
と言われて早々に謝罪の時間は終わった。罵倒も処刑も覚悟していた私は、あっさりした対応に面食らう。
「それから私には普通に話せ。そう畏まるな。リュシアンもそうしている。問題ない」
と口角を上げる。リュシアンも私に頷いてみせた。
ベルナデット様が合図するとお茶が運ばれ、勧められて口をつけた。その温かさに緊張していた気持ちがほどけていく。
落ち着いてきた私の様子を見てベルナデット様は尋ねられた。
「レオンを呼んでも良いだろうか」
私は固まってしまった。
「そなたが無理だというなら追い返す」
何も答えられず涙目になっていると、ベルナデット様はふっと笑って「呼ぼうか」と言った。
しばらくして正装のレオンが現れた。
久しぶりにその姿を目にしたうえ、宮廷用の軍服姿が眩しくて胸の音は早打ちする。レオンは私の姿を認めると、歩を早め、テーブルまで来ると頭を下げた。
私は慌てた。
「侯爵様、そんな、顔を上げてください」
頭を上げたレオンは眉を寄せていた。
「侯爵様だなんて呼ばないでくれ」
「え?あ、あの総長?」
混乱した私にレオンが笑った。「なんで」と言って、そうしてだんだん泣いているような顔に戻る。
「そうではなく。どうか私のことはレオンと」
アイスグレーの瞳が強くこちらを見ている。私は黙って首を小刻みに横に振る。横目でベルナデット様を見た。そんな、畏れ多い。
「レオン、急ぎ過ぎだ。まず座れ」
ベルナデット様が嗜める。リュシアンが椅子を引いて促した。
「隠すつもりは無かった」
レオンが私を見る。
「ただ本当にベルナデット様のことをすっかり忘れていた」
「ひどいなお前」
言葉とは裏腹にベルナデット様は楽しげに笑っている。
「あなたとは数ヶ月に一度、近況報告するくらいでしたでしょう」
「そう、場所もここでな。私は療養の名目で離宮か自分の別邸で暮らしている。侯爵邸に住んではいないよ」
ベルナデット様が私に穏やかな目を向ける。
「あの時は噂を聞いて、冷やかしてやろうと思ったんだ。先触れもなく訪れて悪かった」
「とんでもないことです」
「それにあの日の昼にはもう父王から婚姻解消の許可は得ていたから、逃避行の時にはすでに夫婦ではない。わかるな」
「逃避行…」
「そもそも我々は白い結婚なんだ。そのうえ、あの日のひと月以上も前から婚姻解消の嘆願を出していた。お前が罪悪感を覚える必要はない」
ベルナデット様の言葉に救われる思いがした。
「レオン、細かいことかもしれんが、真面目で清廉な女にはちゃんとしたエクスキューズが必要なんだ。浮かれてないで、大事なことは先に自分から話せ。私と鉢合わせなかったら言わないつもりだったのか?婚姻解消なら結婚が無かったことになる、というのはお前だけの道理だよ。これから地道にミラの信頼を取り戻せ」
離宮の庭を風が通った。レオンのプラチナブロンドがふわふわと風に巻かれている。初めて会った時、髪を風に自由にさせていたレオンを思い出した。
気がつけばポロと涙が溢れた。
「ミラ、本当にすまない」
レオンは私の頬に手を添える。
「初めて会った日から惹かれている」
「最初からどうにかして結婚まで持ち込むつもりだった」
レオンの目が獲物を狩るそれになった。
「お前を私のもとに閉じ込められるし国籍も得られる。だが、それを伝えたらお前は逃げると思った」
レオンは風に吹かれた私の髪を耳にかけて、それから指で私の耳の形を確認する。
その仕草に、山の源泉でレオンが言った言葉を思い出した。
『好きな女と湯の入り方が似ていた』
「でも好きな女がいるのですよね」
「あーー……」
「なんだお前まだあるのか」
呆れた顔でベルナデット様がレオンを見た。
「あれは母上だ。母とは言いづらくて。いまだ母を想う情けない男なんだ」
「あの、お母様は」
「幼い頃、弟を産み落とした後に亡くなっている」
レオンは私の顎をそっと指でなぞった。
「最後は弱って目も悪くなっていたからこうやって形を覚えるように触れられていた」
私は言葉が出なかった。
「ああ、決してミラに母を重ねているわけではないよ。お前を気にかけるきっかけのひとつだった、というだけだ」
そういってレオンは私の髪を撫でる。「隙あらば愛でるな」とベルナデット様が言った。
「そうだ、いつか聞こうと思っていたのだが」
レオンは優しく私を覗き込んだ。
「母上とミラは同郷か?」
本編外小話
◇◇
ベルナデット様
「おい、ここで始めるな。色ボケするな」




