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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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95、青のドレス【中】《3年目》

五月は少し更新が不定期になっていますが、今週からは週三くらいで更新していきます。




 学園主催のパーティー会場は、煌びやかな雰囲気と高揚感に包まれていた。


 婚約者がいる者たちはエスコートをされて会場入りをし、まだいない者たちは友人同士で会場入りしている。


 ベアトリーチェにはディエゴという婚約者がいるが、当日迎えに来ることはなく、会場には一人で向かった。その姿を見て、多くの者は嘲笑うかのように口を歪ませる。


「まあ、殿下はどうされたのかしら」


「え? 私、先程フローラ様と一緒にいらっしゃるところを見ましたわ」


「……あらあら」


 令嬢たちはニヤニヤと目を細め、入ってきたばかりのベアトリーチェを上から下へと見やる。


「あれが……殿下に強請って仕立てていただいたというドレスかしら?」


「殿下は素直で素朴な方がお好きなのでしょう? あのようなドレスを着るような方はねぇ?」


 ディエゴから贈られた鮮やかな青色のドレス。


 それはディエゴの瞳の色をモチーフにしており、生地もレースも宝石も、全てが一級品のものであった。オフショルダーで肩も胸も大胆に見せ、散りばめられた宝石が輝いている。


 そのドレスを見た者たちは、ベアトリーチェの美しさとドレスの美しさに羨望と嫉妬の眼差しを向けた。


 本来ならばまだ若いベアトリーチェが着るようなドレスではないのだが、それでもなおその美貌を引き立たせ、普通の令嬢たちには着こなせない代物だった。


 だからこそ、周囲は嫉妬と悪意という感情が満ち溢れ、容赦のない嘲笑が飛び交った。


「公爵令嬢ともあろう方が、なんて破廉恥なのかしら」


「ここが学園主催のパーティーだということを、お忘れになっているのではないかしら? まるで男を探し求めているみたいだわ」


「本当ねえ。この前の噂もあながち間違いではないのではなくて?」


「ああ、空き教室で男子生徒と密会していたという……あれのことね」


「ええ。なんでも、殿下に見つかったから男たちを消したって話よ」


「あら、そういえば最近失礼な男子生徒がいなくなっておりましたわね」


 くすくす、と囁かれる声。


 あの時の恐怖が蘇りそうになるが、心を落ち着かせるように一度瞼を閉じる。

 この場にいる者たちは所詮何も知らず、言いたいように言っているだけなのだと自身に言い聞かせる。


 すると、急に周囲のざわめきが途切れ、しんと静まり返る。

 そして、わっと歓声が上がり、そちらへ視線を向けると数人の見知った顔が目に入った。



―――ディエゴ殿下……? どうしてアンナをエスコートしているの?



 ベアトリーチェは、思わず扇を握りしめた。

 驚きのあまり目を見開いたが、この光景がディエゴが望んでいたことだと分かり、一気に強い嫌悪感が沸き起こる。



―――アンナは参加しないのだから来るようにと、殿下は仰ったのに……! 私を参加させるために、嘘を吐いたのね。それにアンナもあのようなドレスは持っていなかったはず。色からして殿下が贈ったものに違いないわ。



 ギリ、と握りしめた扇が音を立てる。


 誰からの贈り物かなど、考えるまでもなく気付いた。

 この後について、ディエゴからは何の指示もなく、ただ周囲からの嘲笑を受けるだけでいいのだ、とベアトリーチェは思っていた。


「そうではないのね。もっと……やるべきことがあるということ……」


 不意に考え込んだベアトリーチェに、時を置かずにジルダが背後から耳打ちした。


「お嬢様、テラスへどうぞ。このような光景、見たくはありませんでしょう?」


「……そうね。気分が悪いわ」


 ベアトリーチェは言われるがまま、会場から抜け出すと少し離れたテラスへと足を向けた。


 あの会場にいたままだと、いずれはディエゴがアンナを連れてやって来るだろうと思ったのだ。

 アンナの姿を見ただけで目の前は暗くなり、頭の中は白くなってしまうため、できるだけ顔は合わせたくない。


 公爵家を陥れようとしている存在だからと言って、手を上げたいと思ったことは今までだって一度もなかった。

 しかし、学園に入学して以降、その衝動が強くなってきていることが恐ろしかった。



―――ジルダが私に優しく接するはずがないから、このままテラスで殿下と落ち合えってことかしら……。



 一人テラスに向かい、手すりに手をかける。

 ひんやりとした感触に、僅かにだが頭の熱が下がり冷静になっていく。


「大丈夫、大丈夫よ……。叔母様のお話通り、アンナが公爵家を陥れようとしているとしても、手を上げるなんて……」


 自分の言い聞かせるように言葉を呟くと、胸元につけてあるブローチに触れる。

 どうしようもないほど、落ち着かない。だが、アンナと離れて顔を見なければ、何とも思わないということに最近では気付いている。


「離れていれば、大丈夫よ」


 ブローチはいつも通り赤く輝いているが、それ以外に変わったところはない。


「お姉様……?」


「え?」


 その声を聞いた瞬間、怒りと憎悪で頭が真っ白になる。



―――テラスの扉はジルダが閉めていたはず! それなのに、なぜ……アンナが……!



 どうして、と呟いたがその言葉も言い終わらぬうちに、ヒールを鳴らし怒りを体現した足取りでアンナに近づき、細い手首を掴むとぶつかってしまいそうになるほど顔を近づけ、声を荒げた。


「よくも……よくも私をコケにしてくれたわね!」


「お姉様、痛いです! 何を、何のことを……っ」


 月明かりの下で、ベアトリーチェはアンナの体を手すりへと押し付けた。


「馬鹿にしているのね!? そのドレス、脱ぎなさい! あなたのような女が着られるドレスではなくってよっ」


「……でも、やっとお姉様と……!」


「何が姉よ! 姉と思っているのであれば、私の婚約者であるディエゴ殿下に纏わりつくはずがないわ!」


「やめてください、これはディエゴ様が私に……」


「不敬よ、誰の許しを得てディエゴ殿下のお名前を呼んでいるのかしら? さあ、早く脱ぎなさい!」


 ベアトリーチェは胸の中に沸き起こる怒りの感情に任せ、アンナのドレスに手をかけた。


 力任せに肩口の布を左右に引こうとすると、アンナが抵抗するようにベアトリーチェの手首を掴んだ。

 手袋の上から掴まれた手首が力強さに軋む。


「くっ」


「お姉様、聞いてください! 私はディエゴ様のことを……!」


「やめろ! ベアトリーチェ」


 低く地を這うような声が、テラスに不気味に響いた。

 閉じられていたはずの扉が開かれており、いつのまにかディエゴがそこにいた。そして、ベアトリーチェとアンナの手の両方を掴むと、どちらの手も離させた。


 ベアトリーチェは一瞬愕然として動きを止めたが、すぐに言葉を紡ぐ。


「……っ殿下……! これは……!」


「リッソーニ公爵家の娘で、私の婚約者の名が泣くな。聖女であるアンナにこのようなことをするとは……」


「違うんです、お姉様はただ嫉妬しただけで……!」


「アンナ、震えているじゃないか」



 ディエゴはアンナのすぐ横で呆然と立ち尽くしているベアトリーチェを無視して、肩を震わせるアンナの元へ歩み寄る。そして、自分の上着を脱いで優しく肩にかけた。



「怖かっただろう、アンナ。もう大丈夫だ。私と一緒に来なさい」


「……でも、ディエゴ様……お姉様は……」


「ベアトリーチェ、反省しろ。お前は男たちにされたことを、アンナにしようとしていたのか?」


「……!」


「まさか、皆の言う()()()()()()()()()()とはな……」


「お姉様は悪役令嬢なんかでは……」


 アンナはディエゴの腕の中に収まり、震える声で縋り付く。

 ディエゴはアンナの肩を抱き寄せたまま、足音を荒げてテラスを去っていった。


 静寂が戻ったテラスに、ベアトリーチェだけが取り残された。


「……なんで。私、なんであんなことを……?」


 ブローチに触れる。

 

 ひやりとした感触が指に触れ、先ほどまでの感情が嘘のように落ち着いていく。


 アンナへの憎しみだけで、ドレスを奪い取ろうとするなど狂っていると思った。


 ドレスを脱がせるということは、自分が以前男子生徒にされそうになったことと同じである。

 だが、そんな野蛮な真似を今まで他の令嬢たちにしようと思ったことなど一度もなく、望んだこともない。



―――今までは殿下の命令で、令嬢たちに嫌がらせはやってきたわ。でも、ドレスを脱げだなんて言ったことは一度もない。それなのに、なぜ、アンナが同じ色のドレスを着ていたというだけで……あのようなことをしようとしたの!? 殿下から贈られたドレスというだけで、脱げだなんて……! 私、わたくし……っ。



「あら、瞑想中ですか? ふふ」


 音もなく現れたジルダがベアトリーチェの肩に爪を食い込ませて、耳元で呟いた。


「アンナ、と呼び捨てにしておられましたね。用なしにならないように頑張りませんと……公爵家の名が消えてしまいますよ?」


 ふ、とジルダが鼻で笑う。



「……ううっ」



 ベアトリーチェはへたりと床に座り込む。


「それでは、私は用事がありますので、どうぞお一人でお帰りくださいね」


 閉められた扉から軽やかな音楽が漏れ聞こえる。

 何も知らない生徒たちの楽しそうな声が会場で響く中、ベアトリーチェは立ち上がると一人で会場を後にした。

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