91、ゲーム内での出来事【前】《3年目》
GW中に更新ラストスパートかけていきます。
学園生活も三年目に入る。
ベアトリーチェ・リッソーニが廊下を歩けば、生徒たちはあからさまに顔を背け、ひそひそと陰口を叩く。
「聞いたか? この前は子爵令嬢に命令して、アンナ嬢に水をぶっかけたらしいぜ」
「ああ、あの話は本当だったのか」
「おう。なんでも子爵令嬢が良心の呵責に耐えきれなくなって、泣きながら謝罪に来たんだってさ」
「そんなことさせたのに、まだ退学にならないのか」
「やっぱり金かな? ハハハ」
今までは女子生徒たちの間で話題に上っていたが、今では男子生徒でさえすれ違う瞬間に笑い話のように話をする。
そんな中、光の差し込む窓から中庭を見ると、別の空間とも思えるような光景が広がっていた。
聖女と崇められるアンナと、彼女を慕うフローラ伯爵令嬢。
二人が和やかに談笑している。
「楽しそうに笑って……アンナ、笑っていられるのも今のうちよ」
ベアトリーチェの後ろには、いつも控えているはずのジルダの姿はなかった。
窓から見られていることなど気付かない二人は、フローラの用意した王都で一番と言われている焼き菓子を堪能していた。
「アンナ様、どうでしょう……?」
「とても美味しいわ! 私、このサクッとしてて、口の中でとろけるお菓子好きなんですっ」
「それは良かったです。先日街に出かけた際に見かけましたの。さあ、たくさん召し上がってくださいね」
「ふふ、ありがとうございます」
フローラは侍女の代わりに、甲斐甲斐しくアンナの世話を焼く。
そんな幸せな時間を堪能しているフローラの元に、侍女がやって来て耳元で何かを囁いた。
「え? あ、ああ……ありがとう。もう、下がっていいわ」
その会話がなされて以降、フローラは会話の合間に少しだけぼんやりとする。
「フローラ様? 先ほどから何かを気にされているようですが、何か心配事でも?」
アンナが小首を傾げて尋ねると、フローラはハッとしたように顔を上げて頬を染めた。
いつも常に淑女らしく上の空になることなどないため、アンナに指摘されたことが気恥しかったのか、それともアンナに気にかけてもらえたことへの喜びなのか。
それはフローラにしか分からないことであった。
「いいえ……ただ、もう三年なのだな、と。あのお……っ、アンナ様とのお別れが近づいているのだな、と思ってしまったのです」
「……そんな。フローラ様、この一年で思い出をたくさん作ればいいのですわ!」
「ええ、ええ。そうですわね! 少し肌寒くなってきましたから、今日はこのくらいにいたしましょう。さあ、アンナ様。こちらのお菓子は、よければお持ち帰りください」
「まあ、いいのですか?」
「ええ、もちろん。アンナ様のためにご用意したのですもの。さあ、行きましょう。私は少し……図書室へ寄ります」
フローラはアンナの帰り支度が終わるのを待って、手土産を持たせる。
アンナを見送るフローラの顔は、貴族令嬢の中でも美しいと言われ、過去にはベアトリーチェに理不尽な目に合わされたこともあるほど、整った顔立ちをしていた。
アンナの背中が見えなくなると、フローラは真顔に戻る。
そして、アンナの歩いて去っていった方向とは反対へと足を向けた。
歩き出すと、すぐに先ほど耳打ちをして来た侍女と合流する。
「あちらの準備は整っております」
「そう、分かったわ。見つかっては駄目よ。それに……もしあいつらが役に立たなかったり、話を漏らしそうだったら処分して」
「承知いたしました」
侍女は図書室へと足を向けるフローラから離れていく。
その方向はアンナとも、フローラとも違う。学園の中に戻り、侍女が一人で歩く光景に、誰も気にしない。学園に滞在することが許されているということは、高位貴族か、裕福な貴族の侍女なのだ。
変に声をかけて、侍女の主人に目を付けられたくないからである。
広い廊下を何度も曲がり、辿り着いた先は学園の一番端にある教室であった。
その教室は、学園内でもあまりにも奥まったところにあるため、今は使われていない。
しかし、そんな場所に数人の男たちが息を潜め嗤い合っている。学園内でも素行の悪さで知られる下位貴族の子息たち。
侍女は外に声が漏れていないことを確認すると、教室の隣にある本来であれば、教師が待機するための準備室に静かに入っていった。
確認用の小窓から中を覗くと、男たちの中心には数人の男に両腕を掴まれ、必死に抵抗するベアトリーチェの姿があった。
「離しなさい! あなたたち、自分が何をしているか分かっているの!? リッソーニ公爵家が黙っていないわよ!」
ベアトリーチェの叫びを、男たちは下品な笑い声で遮った。
「公爵家? おいおい、聞いたか!? 公爵家にも婚約者にも見捨てられた女が何か言ってるぞ! 今のお前はただの学園のお荷物だろっ」
一人の男が、ベアトリーチェの豊かな金の髪を力任せに掴み、顔を至近距離まで近づけた。
その瞳には明らかに色欲が浮かんでおり、ニタニタと下卑た笑みを載せている。
「見ろよ、この怯えたツラ。いつも高圧的な態度で周囲を威嚇していた女が震えてるぜ!?」
「アハハハ! 本当だ! ほら、笑ってみろよ、いつもみたいにさあ」
「そうだよ、このでかい胸を殿下に押し付けてる時のように、俺たちにも押し付けてくれよ!」
ギャハハハと、野太い笑い声が教室の中に響く。
「やめて……っ、触らないで!」
「やめて? いいねえ、その顔、その声……! 高慢な公爵令嬢様のプライドを、これからじっくりと剥いでやるからな……」
「うーん、たまんねぇな……。殿下の婚約者に触れられるなんて最高の栄誉だな」
「確かに! だが、殿下のあの態度……婚約破棄もあるんじゃないか」
男たちはベアトリーチェのことなど気にもかけず、言いたいことを言い合い、手を止めることなくベアトリーチェの制服の襟元を掴んだ。
「な、なにを……い、や……」
ビリッと、制服の布地が裂ける。
「いやっ!」
ベアトリーチェの悲鳴と共に、その白く柔らかな肩が露わになった。
「殿下のために磨いている肌を、俺たちなんかに見られる気分はどんな感じだ?」
「すっげー、柔らかいぜ! おい、撫でてみろよっ」
「がっつくなよ、童貞じゃあるまいし……でも、へえ……これはいい肌してんじゃねえか。公爵令嬢ってのは、こんなところまで磨き上げてんのかよ。なあ、ここから先はどうなってるんだ?」
別の男が下卑た視線を肩より下へと向け、ベアトリーチェの胸元に手をかける。
他の男たちが加勢をするようにベアトリーチェの抵抗を封じるために、腕を押さえると乱暴に床へと引き倒した。
「プライドの高い女を上から見るっていうのは、いつやっても気分がいいな」
「ハハハ、確かに。この前の未亡人も良かったけど、やっぱ同じ年の女の方がくるな」
「ああ。所詮、女は力では男に勝てないんだよ」
男の手がベアトリーチェの破れかけの制服と、下着の境界にまで伸びた。
床に頭と腕、そして両足を押さえつけられ、下から見ることしかできない状況。相手に対する憎悪や嫌悪ではなく、今も嗤いながら目を細めている男たちに対する恐怖と絶望が勝る。
恐怖で声も出せず、ベアトリーチェは目を閉じた。
「下衆な真似はおよしなさい!」
大きな叫び声にも似た怒声と共に、鍵が掛けられていたはずの教室の扉が、勢いよく開かれた。
開かれたというよりは、強い衝撃で吹き飛んだようにも見えた。頭を押さえられていたため、見やることはできなかったが、声の主に聞き覚えはあった。
男たちは舌打ちをすると、慌ててベアトリーチェから離れて、ニヤニヤとした笑みを浮かべて立ち上がる。
「あ、これは違いますよ。この方から俺たちが誘われたんです。なあ?」
「はい。俺たちは貴族の三男以下なので、相手もいないだろうから気楽だと」
「……王太子殿下の婚約者が、そんなことを言うはずがないわ」
「……本当ですって! 今までの行いを考えてみてくださいよ!」
「そうですよ! 周囲の子息たちも誘われたって話たくさん聞くでしょう!?」
「……」
男たちは返事がないことをいいことに、逃げるように去っていく。
横をすり抜ける中、顔を見やるといつも穏やかな緑色の瞳は、深い闇のように見えた。
ひ、とわずかに声を上げ、背筋に冷たいものを感じながら逃げ去っていく。
「ベアトリーチェお姉様、大丈夫ですか!?」
その声は先ほどとは違い、身を案じる優しい声色だった。
「……アン、ナ……」
ベアトリーチェは乱れた服を必死に押さえ、床に蹲っていた。
助けられたという安堵よりも、なぜこうも都合よくこの女が来るのかという不信感、そして、こんな薄汚れた姿を見られたという屈辱が、激しく心をかき乱した。
アンナが心配そうに手を差し伸べるが、ベアトリーチェはその手を強く叩き落とした。
「……触らないで! 汚らわしい! お前、なにか知っていたのでしょう!?」
その瞳には、今までの昏い憎悪などではなく、深い絶望が浮かんでいた。




