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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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92、ゲーム内での出来事【後】《3年目》




「……触らないで! 汚らわしい! お前、なにか知っていたのでしょう!? あの男たちを差し向けたのも本当はお前なんでしょう!? この化け物め!」


「おねえ……ベアトリーチェ様、落ち着いてっ」


 震える声で怒声をアンナへと浴びせると、ベアトリーチェは乱れた制服を必死に押さえ、その場から走り出した。



 アンナは呆然と叩き落とされた手を見つめることしかできなかった。



「もう、無理だわっ、殿下にこんなこと、こんなことはできないと……!」


 竦みそうになる足を奮い立たせ、ベアトリーチェが向かった先は、婚約者であるディエゴがいると思われる生徒会室だった。


 ベアトリーチェの中に、淡い期待があった。


 ディエゴからの命令で、今までは動いていたが、他の男を誘惑しろなどと言われたことは、一度もなかった。そんなことまではさせたくないという考えがあったのだろう、と。


 この姿を見れば、ディエゴも考えを変えてくれるのではないと思った。


「殿下! ディエゴ殿下……っ!」


 ノックをすることも忘れ、ベアトリーチェは生徒会室の扉を乱暴に開けた。


 室内は紙とペンの匂いで満たされており、書類にペンを走らせるディエゴの姿があった。

 ディエゴは突然開けられた扉に驚き、数度瞬く。


「……何の真似だ、ベアトリーチェ。その格好は……。私の気を引くために?」


「ちが、違いますっ。殿下……私、私……男たちに……っ」


 ベアトリーチェの制服のボタンや布地は引きちぎられ、白い肌には少し傷がある。

 だが、その光景を見てもディエゴは鼻を鳴らし、笑うことしかしなかった。


「襲われたのか?」


「……っはい」


「だが……」


 ベアトリーチェは縋り付くように机に歩み寄った。


 震える手は露わになった肩を隠すように置かれており、少しでも真実を見せようとディエゴを見つめた。しかし、ディエゴは上から下まで確認するように視線を動かすと、ペンを机の上に転がした。


「無事、だったのだろう?」


「……え?」


 その言葉の意味に、ベアトリーチェは粟立つ。

 ディエゴの視線が顔、肩、胸、そして下半身で止められたのが分かったからだ。


「普段から露出の多い、品性の欠片もない装いばかり好んでいるから、そのような輩に隙を見せたのではないか?」


「こ、この格好は……殿下からの、ご命令で……っ」


 ディエゴの言葉は、ベアトリーチェを責める言葉だった。


「確かに私の命令だが、誰がほかの男について行っていいと言った?」


「あ、あ……違います、わたくし……殿下から、話があると……っ」


「おいおいおい、未来の王太子妃ともあろうものが、知らない者からの誘いを簡単に信じるな。いつもの私の従僕がお前に声をかけたか? ん?」



 確かにその通りだった。



「……わ、たくし……っ殿下、もうお許しくださいっ。私はこのままでは壊れてしまいます! 殿下の、王太子妃になったとしても、貴族を、国民を……愛せるとは思えません……」


 いつもジルダかアルロだったが、今回は見たことのない者であった。


「ベアトリーチェ。あと一年の辛抱だろう? いいのか、今までお前がどんなに恥ずかしい思いや、屈辱を感じながらも行ってきた行動が、全て無駄になるんだぞ? 祖父母と両親が懸命に残してきた大事な公爵家が取り潰されてもいいのか? あと少し我慢すれば、お前を解放してやれるんだ。私と結婚して、お前が子を数人産めば、そのうちのどれかは跡取りとして公爵家に入れると約束したじゃないか。今までの苦労を水の泡にするのか?」


 ディエゴは、ベアトリーチェの肩を爪が食い込むほど強く掴むと、双眸を細め微笑む。

 その目は笑っておらず、昏く底知れぬ恐怖を感じた。


「いいか、我慢しろ。卒業すればこの茶番も終わる。お前は誰にも嫌われることなく、幸せに暮らせるのだからな、安心しろ」


「…………」


「返事は?」


「は、い……」


「話は終わりだ。行け」


 ベアトリーチェは、ディエゴの顔をまともに見ることができなかった。

 あまりの恐怖と絶望に顔を青くし、声も出ず、ふらふらとした足取りで部屋を後にした。


 ディエゴは、顔を青くしながら出て行くベアトリーチェを気にすることなく、再び視線を書類に落とした。

 だが、外からベアトリーチェの気配がなくなると、ゆっくりと腰を上げた。


「アルロ」


「はい、殿下」


「男たちは?」


「目星は付いており、捕まえております。他の令嬢からも苦情が入っておりましたので」


「よくやった。行くぞ」


「はい」



 ディエゴはアルロを連れて、現場となった教室ではなく、普段は用務員しか使わない資材置き場へと足を進める。そこには縄で縛られ、取り押さえられた男子生徒たちがいた。



 男たちは必死の体で、言い訳を並べ立てた。


「殿下、違うんです! 俺たちは嵌められたんだ! あの女が……殿下の婚約者が俺たちを誘惑したんですよ!」


「そうです! あの女、下品にも殿下が相手をしてくれず寂しいと……! それでいきなり自分で制服を破ったんです!」


「しかもっ、俺たちを脅したんです! 『今、私が叫べばどちらが悪いか分かるか』と……! 俺たちは被害者なんです!」


 男たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っていた。


 だからこそ、ベアトリーチェを貶める嘘を吐けば許されると踏んだのだ。

 しかし、ディエゴは男たちの一人の前に立つと、冷ややかな笑みを浮かべた。


「……面白い冗談だな。あの女が『誘惑』した、と……。ハハハ」


「は、はい」


 ディエゴの美しい笑みを肯定と取ったのか、男たちは皆、一様に口元を引き攣らせ、何度も頷く。


「お前たちには、一つだけ教えてやろう」


「こ、光栄です……殿下、何を……んがっ」


 ディエゴは男の髪を掴み、その耳元で底から響くような声で囁いた。


「ベアトリーチェのあの制服は、私が贈ったんだ。悪役令嬢という枠にはめるようにな」


「あ、え……ぅ?」


「で、でん……か? どう、いう……」


 いつもの上品で、穏やかな笑みを浮かべている王太子の本当の顔。


「ベアトリーチェという女は、私のために存在するんだ。あの女の素顔も、裸も……それ以外の全てを見るのは、この世で私ただ一人だけだ。だが、今回のお前たちの行いは……万死に値すると思わないか?」


「ひっ……!?」


「そ、そのようなこと、俺たちは、あの、は、初めて……知ってっ!」


「まあ、そうだろうな。だが、それがどうした? 退学だけでは済まさない。家門からも除籍させ、二度と私の目の前に現れることのないようにしてやる」


 男たちは顔を真っ青にし、慌てて真実を叫び始めた。


「フローラ嬢です! フローラ伯爵令嬢に頼まれたんです! 金をやるから、あの女を傷物にしろと言われたんです!」


「本当です、信じてください……!」


 その告白を聞いて、ディエゴは神妙そうな表情を浮かべ頷いた。

 男たちは自分たちの告白を受け入れてくれたのだと、互いに顔を見合わせ安堵の息を吐いた。


 しかし、現実はそんなに甘いものではない。


「名門伯爵家の令嬢が、なぜそのような卑劣な行いをする必要がある? その証言に証拠はあるのか? もし、証拠もなくそのような戯言を申しているのであれば……家門からの除籍どころではなく、家門自体の取り潰し、もしくは……死罪の可能性もあるな」


「証拠……ひっ、そんなもの……」


「ないのか?」


「あ、あ……本当なんです! 証拠を残せば、我らが不利になるからと……!」


「か、金ならあります……! 受け取った金が!」


「……そうか。アルロ、連れて行け」


「承知いたしました」


 男たちは顔を青くし涙ながらに訴える者、暴れてこの場を逃げようとする者、フローラの名を叫ぶ者など様々ではあったが、ことごとく引きずられていった。


「馬鹿め。フローラは、ゲームの中でヒロイン(アンナ)を助けるために存在するサポートキャラの一人だ。わざわざ男を使ってベアトリーチェを襲わせる利点がない。それに、アンナが不利になるようなことをするわけがない」


 本来、このイベントはヒロイン(アンナ)が襲われるイベントのはずだった。

 しかし、なぜかベアトリーチェに起きている。今までのことを考えても、ベアトリーチェがヒロインになっているはずがない。



―――シナリオに歪みが出ているのか? だが、転生した私が介入している以上、多少の狂いは当然でもある……が。しかし、ベアトリーチェのあの言い様。『もう他者に酷いことをしたくない』ということだよな……。ああ、そういうことか。



 ディエゴはある一つの答えに辿り着いた。


「ベアトリーチェ、あいつめ……。私の命令を聞きたくないあまり、自分が被害に遭ったことにしたな?」



 狡賢い女めと、ディエゴは独り言ちる。

 資材置き場の土埃で汚れ、綺麗とも言えない薄汚れた窓に自身の顔が映る。そこにいるディエゴは、今まで見た中で、一番醜い笑みを浮かべていた。

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