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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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89、ゼルヴァスとスローポ【前】

明日も更新します。明日は14時ぐらいに更新予定です。




 タウンハウスを後にし、ゼルヴァスは平民街のさらに奥へと戻る。


 湿り気と昏い臭いが漂うスラム街などではなく、貴人を相手にすることが可能な地区。

 リッソーニ公爵家の力で平民が店を構えることのできる一頭地に、ゼルヴァスは店を構えていた。


 レベッカとの会話で触れた過去は真実と嘘が混ざっている。


「戻ったぞ、スローポ」


「おかえりぃ」


「客は来たか?」


「ううん」


「そうか」


 スローポは笑顔を浮かべながらゼルヴァスを出迎えた。


 周囲の人間はスローポのことを酷く言うが、ゼルヴァスは自身はこの男のことが嫌いではなかった。



 かつて、幼いゼルヴァスの首には家門が刻まれた金のペンダントがかけられていた。

 それはゼルヴァスが貴族であることを示す、唯一の証だった。


 ゼルヴァスは捨てられたのではなかった。


 政争に敗れ、追われる身となった両親が、せめて息子だけは生き延びてほしいと、自身が援助していた孤児院に一歳の子を預けたのだ。両親は全財産といえる額を寄付として院長に手渡した。


『この子が成人する日までよろしくお願いします。必ず迎えに来るとはお約束できませんが……』


『卿、夫人……お任せください。今までこの孤児院に多額の寄付をしていただいたのです。その御恩を今が返すときなのでしょう』


『ありがとう……。すまない、院長。このネックレスをこの子に』


『ゼルヴァス……不甲斐ない母でごめんなさいね……。また会える時まで……』


 ゼルヴァスの両親は本当に貴族だったのだ。

 しかし、まだ一歳だった彼は何も覚えていない。この孤児院という場所は聖職者の皮を被った強欲な者たちの集まりだった。


 院長たちは両親が去るやいなや、ゼルヴァスの胸元に置かれていたペンダントを奪った。

 渡された金もいくばくかを孤児院の金とし、残りは院長や職員たちで着服した。


『没落した貴族とはいえ、息子のためには金を残す、か』


『国を追われた者から寄付をもらったなど知れましたら、大事になりませんからね。いつも通り、いただきましょうか』


『ええ、それがいいわ』


『流石にこのネックレスは家門入りだから売り払うと足が付きかねないな……』


『院長、私の夫に伝手がありますわ。金属と宝石を分けて、別々に売り払いましょう』


『おお、良い案だな。それでいこう』


 汚い大人たちによって子供のために渡された者は、全て搾取された。


 何も知らずに成長したゼルヴァスは、その見目の良さで重宝されたが、いつも言い聞かされていることがあった。


『ゼルヴァス、お前は不吉な黒髪のせいで、実の親から捨てられたのだよ』


『……捨てられた?』


『そうです。院長の言葉通りよ。貴族の子供だったのよ、でもね、あなたのような不吉な子は要らないと。孤児院で己を律して邪魔にならないように、と』


 ニヤニヤと双眸を三日月のような形にして、歪んだ笑みを浮かべる大人たち。

 彼らは子供たちを脅すようにいつも嘘を吐き、呪いのような言葉と過酷な労働を強いた。



 見目の良い男の子には、裕福な貴族や商家の相手をさせて寄付をさせる。


 見目の良い女の子には、将来裕福な家に買い取らせるために職員について挨拶回りをさせる。


 それ以外の者には男女問わず、金になる肉体労働をさせ、賃金は全て搾取する。



 ゼルヴァスは見目の良い男の子ではあったが、黒髪だったため、忌み嫌われていた。

 その代わり、反抗しない性格を知っている院長や職員たちの玩具となっていたのだ。だが、ゼルヴァスはそれもどうでも良いことだった。


 孤児院の中にある、唯一の娯楽。


 図書室にある魔力に関する本。

 その本が孤児院にいる間は見れるため、鞭で背を打たれようが、気持ちの悪い顔を近づけられようが、全てはどうでも良いことであった。


『黒い髪……俺のこの髪は、闇属性の魔力……なのか?』


 孤児院は教会に属してはいるが、孤児のために魔力鑑定をすることは少ない。魔力を発現したものは念のため鑑定をされるが、ほとんどが身寄りのない子なのだ。


 魔力を持っている者がいるとは思っていないのだ。


 ゼルヴァスも他の孤児たちと同じく、鑑定をされることはなかった。しなくともすぐに分かるだろう、と大人たちはゼルヴァスの黒く豊かな髪を指に巻きつけ引っ張った。


そんな中でゼルヴァスのもとに、一人の老人が現れたのは、数年経った頃だった。


『……あの、こちらに……坊ちゃま!?』


『え?』


 門扉の前を掃き掃除をしている時に掛けられた声。

 ゼルヴァスは振り返ると少しやつれた老人が、慌てて駆け寄ってくると、上から下まで確認してくる。


『なんと酷い……。このような粗末な身なり……』


 かつて両親に仕えていたという元執事。

 隣国で再起を図ろうとしていた両親が、過労と病によってこの世を去ったことを告げにきたのだ。


『旦那様も奥様も、一刻も早くあなた様を迎えに行くことだけを支えに、異郷の地で必死に働いておいででした。……孤児院には、十分な蓄えを渡していたはずですが』


 その言葉で、ゼルヴァスの世界は真っ黒く塗り潰された。


 老人は両親に付き従い、隣国へと向かい、共に苦労をしていたらしい。


 元々身体が強くなかった両親は、最期は老人にゼルヴァスのことを聞きながら亡くなったとのことだった。


 老人はゼルヴァスの身を案じながらも、自身の生きる道を探すためにまた隣国に戻るという。


『坊ちゃま、よければ私と……』


 その言葉を言いかけたが、すぐに口を噤んだ。

 ゼルヴァスの両親譲りのアンバー色の瞳が、怒りに触発されるように強く光り輝いた。


『……坊ちゃまの決意、よく分かりました。こちらを』


 ゼルヴァスを隣国まで連れて戻るつもりであったが、老人は手向けとして今までに両親が稼いだ金を渡す。孤児院で稼ぐ金は全て取られてしまうため、僅かな金でもゼルヴァスにとっては大金であった。


『……ありがとう。この金は両親の命の重みだ。その両親の願いを無下にした者たちには、報いが必要だ』


 悲しみではなかった。

 腹の底から突き上げてきたのは、全てを飲み込んでしまうようなどす黒い憤怒だった。


『坊ちゃま……ゼルヴァス様。旦那様も奥様も、魔力は人一倍ございました。そして、ゼルヴァス様の髪の色で闇属性の魔力かもしれないと知った時、邪険にされたことは一度もございませんでした。むしろ、闇属性はまだまだ未知な部分な魔力でもありますので、将来が楽しみだとも言われておりました』


『そうですか……。俺は両親のことを覚えていませんが、その話を聞けただけで十分です。隣国まで、気を付けて帰られてください』



 先ほどまで光り輝いていた瞳は今は落ち着き、優しげに細められた。



『ゼルヴァス様もどうかご健勝で……』


『はい』


 ゼルヴァスは老人を見送ると、掃除道具をその場に置くとゆっくりと孤児院の中へと戻っていく。

 孤児院に近付くにつれ、全体を包み込む黒い(もや)のようなものが濃くなっていく。



 それはゼルヴァスの内側に眠っていた闇属性の魔力が、発現した瞬間だった。


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