88、赤い魔石のブローチ・後
「それにしても、闇魔術って凄いのねぇ」
心底感心したかのようにレベッカは言った。
その言葉はおべっかなどではなく、本心だった。
「いえいえ。私もこの魔力をもっと面白いことに使ってみたいと考えていたところに、レベッカ夫人からの素晴らしいご提案をいただけましたので……。本当に勉強になりました」
「ふぅん、おだててもなにも出ないわよ?」
「それは残念です」
ゼルヴァスは端正な顔を少しだけ傾けると、ゆっくりと目を細めた。
このゼルヴァスという男、フルネームはゼルヴァス・マレディクスと言った。
レベッカが見つけ出した時は平民街に住み、同じく孤児院育ちの男と商売をしている普通の青年であった。
「元々貴族だったのに、人の言うことを素直に聞けるわね。私、あんたのこと凄い魔道具作れる人ってことしか知らないけど、なんかすっごい魔道具を作って自分を捨てた奴らを見返してやれば良かったじゃない」
「まあ、私……貴族というものにこだわりがないんですよね。というのか、本当に貴族の生まれかも分からないんですよ。それだって、面白おかしく孤児院の職員たちが言っていただけかもしれませんし」
「でも、平民は魔力がほとんどないのでしょう?」
「ええ、そうですね。闇属性は特に平民には現れない、なんていわれてますね。こんなにも面白い魔力なのに使い道が呪いだ、解呪だ……なんて。全く面白くない」
「貴族でも闇魔術は珍しくなくなってるんでしょ? だったらあんたを捨てた親は、商機を逃したも同然ね」
「闇属性の魔法は今まで使い方が限られておりましたし、何より聖女様がいる国ですから……。それに、黒い髪は闇属性の中でも珍しいですから、生まれてすぐに捨てられたと言われてましたね」
「はあ? 黒い髪なんて普通じゃん。うける」
レベッカは自身の以前の姿を思い出し、鼻でせせら笑う。しかし、この国では黒い髪の者をほとんど見ないのも確かであった。
「おや、レベッカ夫人は面白いことをおっしゃいますね。王国ではあまり黒い髪を持つ者はいないので、ゴミでも捨てるかのように孤児院の前に置かれていたそうです。これも孤児院の院長や職員に怖い話をされるように、何度も何度も聞かされた話なので、本当かは分かりませんが」
「ふぅん、酷い親と孤児院の奴らね」
「ハハハ、親の記憶なんてものはないので、悲しくも悔しくもありませんでしたが、孤児院の環境は今話したことでお判りでしょうが、かなり悪かったのですぐに逃げ出しましたよ。しかし、まあ意外にも外に出ると何とかやっていけたんですよ、闇魔法のおかげで」
「今、一緒に店をやっているあの大男と逃げ出したの? それでどうやって生きてきたのよ」
「え? それを聞きますか? まあ、いいですけど……。大柄の男、スローポと一緒に逃げ出しました。その辺に落ちている小さな石ころに『簡単な呪い』を仕込んで売りだしたんですよ。それはもう、あっという間に広まってだいぶ稼がせていただきました」
「確かに……学園に通っていた時も、少しだけ体調が悪くなる石とか、そういうのが出回ってたっけ……?」
レベッカは自分の記憶ではない記憶を覗く。
確かに学園ではそういったものが市中に出回っているという話はあった。
「へえ、まさかゼルヴァスが作ってたなんてね。スローポは大柄だけどいつも自信なさげだし、ヘラヘラしてるだけだし、なにか役に立ってるの?」
「立っていますよ。なにも説明できないからこそ、余計なことを話したとしても意味をなさないので重宝してますよ」
「……まあ、私も石ころを大量に拾っているスローポを使用人が見つけて声をかけたから、あなたに出会えて、あれが完成したわけだしね」
「ふふ、そうですね。スローポには感謝していますよ。金も稼げて、自分の実力も試せる。そして、闇魔術を使ってなにか新しいことをしたいと思っていた私のところに、レベッカ夫人を連れてきてくれたのですから」
「運がいい男ねぇ……」
くすくす、とレベッカは笑う。
ゼルヴァスの顔と違い、スローポの顔を思い出すのはレベッカには難しかった。大柄の男で、いつもへらりと笑顔を浮かべている、どんくさそうな男ということだけしか思い出せない。
それほど特徴がないのだ。
「ヘイズ・クォーツもあのブローチも、スローポがいたからこそ完成したようなものですね」
「まあ、そうとも言えるわね」
闇魔術の使い手は、実はこの世界でも少ないわけではない。
解呪も闇属性の魔術師がするため、王国の人々の間でも闇魔法に対する悪感情もほとんどない。
だからこそ、闇魔術を用いたこのようなヘイズ・クォーツでも万人に受け入れられ、警戒心が強い貴族も気にすることなく使っているのだ。
ただし、正常な使い方であれば、だ。
レベッカは手元にある祝福石が淡く、しかし力強く共鳴の光を放つ様を眺めていた。
「面白い魔道具を作ってみたいと思うだけでは、作れない。新しく、この国にはないアイデアを出さなければいけないもんね」
「ええ、その通りです。ヘイズ・クォーツも、あのブローチも面白い魔道具です。誰が他者の魔力を自動的に回収するという魔道具を考えつくでしょう! 私は考えもつきませんでした!」
きらきらとアンバー色の瞳を輝かせながら、ゼルヴァスは楽しそうに話す。
その姿を見ながら、レベッカはネックレスに触れている指先から祝福石に熱い魔力の流れを感じる。
それは遠く離れた学園にいるベアトリーチェの魔力を吸い上げている感覚だった。あの赤い魔石のブローチは、今、ベアトリーチェの回復した魔力を吸い上げているのだ。
「……ふふ、正常に動いてる。いい感じね」
石の輝きが収まると、放たれていた光もなくなる。
それは祝福石に魔力が補充された証でもあった。
「この方法が楽でいいわねえ。あっちの魔力が回復すれば、自動的に吸い上げてくれるんだもん」
「はい。このように面白い魔道具を考えつくレベッカ夫人から、もっと面白い魔道具のアイデアをいただきたいです」
「まあ、思いついたらね? 私もそう頻繁には思いつかないし、それにこれから少しやることがあるから」
「もちろん分かっております。次に何かあった際もぜひ……!」
「まあ、イメージを伝えただけで作ってくれるから、なにかあったらお願いするわ」
「はい!」
にこやかに頷くゼルヴァスは、やはり美男子である。
しかし、レベッカの好みは線の細いどこか頼りなげなフォレなのだ。
「そういうことだから……お金の支払いは今まで通り使用人にもっていかせるわ。ああ、そうだった。確認だけど、この魔道具たちって禁術を使ってるけど、バレることは本当にないのよね?」
「ええ。かなりの腕前の……そうですね、王国の魔術師長様ぐらいしか分からないのではないでしょうか」
「じゃあ、誰も分からないじゃない! ふふ、だって魔術師長は空位なんだから!」
「こんな心躍る魔道具を簡単に見破られては困ります」
「あとさ、この祝福石の依頼者のみの魔力しか受け付けないっていうのは、闇魔術で解除できそう?」
「申し訳ございません、レベッカ夫人。こちらに関しましては色々と調べましたが、この祝福石の仕組み自体が禁術であり、設計者が相当な手練れらしく、解除することは難しいです」
しゅん、と犬のように項垂れる姿にレベッカは笑いをこらえた。
―――こんな優秀な男でも解呪は無理ってことは、あまり深くは考えない方がよさそうね。まあ、ベアトリーチェがいる限りは安泰だし、悪役令嬢が退場する時にはその魔力いただけば大丈夫でしょ。
一定の周期で装着者の魔力は回復する。
そして、回復した魔力は自動的に回収され送られてくる。
二つの魔道具のおかげで、レベッカは金にも、祝福石の願い事にも困っていることはない。
「ありがとう、分かったわ」
「では、またお願いいたします」
ゼルヴァスが席を立つと、レベッカも席を立った。
見送るようにして一緒に屋敷の出口まで歩いて行く。その途中で、別室にいたフォレも出てきて挨拶を交わす。
「ゼルヴァス殿、いつもありがとう」
「こちらこそ、公爵閣下。レベッカ夫人にはいつも助けられております」
フォレのぼんやりとした瞳を見て、ゼルヴァスも術式が作動していることを確認する。
「レベッカ夫人。安定しておりますので、他家に遊びに行ってもきっと良い結果になるでしょう」
「まあ、良かった!」
レベッカは屈託のない笑みをゼルヴァスに向けた。
ゼルヴァスもまた、微笑み返すとタウンハウスを後にした。




