87、赤い魔石のブローチ・前【レベッカ視点】
レベッカより贈られた、魔石のブローチ。
これはレベッカが闇の魔術師に作らせた代物だった。
装着者の魔力が一定量まで回復するたびに、強制的に魔力を吸い出す魔道具。吸い上げられた魔力は、レベッカが持つ祝福石へと送られ、祝福石の能力を維持するために使われる。
「序盤で出てきてくれて、なんとなく覚えてたんだよねぇ」
「レベッカ? どうかしたのかい?」
「あー……いいえ、フォレ。私は会議……みたいなものをするから、あなたは違う場所で待っててちょうだい」
「ああ、分かったよ」
レベッカと共に廊下を歩いていたフォレは、分かったと告げると確かな足取りで応接室から離れた場所へと移動していった。
応接室の前に来ると、案内役の使用人がおり扉を開く。
レベッカは横を通り過ぎる瞬間に右手を振ると、扉が閉まると同時に使用人もまた扉の前から離れていった。
「よく来てくれたわね」
「レベッカ夫人、お時間をいただきありがとうございます」
レベッカは脚を組みながら、ソファに音を立てて座った。
先に出されていたお茶は冷めることなく、温かいまま湯気を出しており、レベッカはカップに口づけた。
「ゼルヴァス、あんたも座れば?」
「……では、遠慮なく」
「それで、ゼルヴァス。監視カメラ……じゃなくて、ヘイズ・クォーツの調子はどう?」
レベッカは目の前のソファに腰を下ろし、黒いフードをかぶった男に声をかけた。
ゼルヴァスと呼ばれた男はフードを外すと、黒い髪にアンバー色の瞳をしており、端正な美しい顔立ちをしていた。
「水晶には特に問題もなく、ひび割れなどの確認をさせていただきました」
「そう、正常だったのね」
「はい、仰る通りでございます。何も不具合はございませんでした」
『ヘイズ・クォーツ』とは魔石ではなく、水晶を使用した監視カメラのようなものである。
以前『タウンハウスを守るため』といって、レベッカがタウンハウスに設置したものは、まさしくこれであった。
近年開発されたこの魔道具は、先祖からの宝物がある貴族、そして裕福な商家からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい魔道具だった。
「かなりイイ感じで、売れてるみたいね」
「ええ、それはもう。仕組みを知らない馬鹿な貴族や商人……おっと、失礼……とにかく、そういう方々はこぞってお買い上げいただいております」
「それは良かったわ。リストもできてるわよね?」
「はい、承知しております。こちらをどうぞ」
レベッカは、このヘイズ・クォーツをリッソーニ公爵家にすぐに設置した。
効果はベアトリーチェやタウンハウスの使用人でも十分確認できているため、次の行動に移したのである。
男爵夫人から公爵夫人へとなったレベッカは、散々ほかの貴族夫人たちから馬鹿にされていた。
『茶会も開けないほど礼儀作法を知らない公爵夫人』と笑われもした。
その、茶会も開けない公爵夫人という言葉を逆手にとり、レベッカは茶会を開いたのだ。
レベッカはあえて自身を笑いものにした夫人たちへ、茶会の招待状を送っていた。面白いもの見たさでやってきた夫人たちは、まんまとレベッカの策略にはまることになる。
「あら……あの豚の伯爵夫人に、枯木侯爵夫人の家も入ってるわね」
「設置する時、レベッカ夫人のことをライバル視されてましたよ」
「アハハハ、やめてよ、私は女に興味はないの。気持ち悪いわ」
この茶会、それはもう酷いものであった。
季節感のない装飾、料理、庭園の樹木に花々。
レベッカが美しいと思ったものを準備させた結果がそれだったのだが、集まった賓客は皆が声を上げて絶賛した。
『まあ……なんて美しいお庭なのかしら……えぇ、見たことがないわ……』
『わたくしたちも……見習わなければ、いけませんね……』
『美しい花瓶だわ、きっと公爵家にあるのだもの……先祖代々のものね……』
常々レベッカのことを嫌っていた夫人たちが褒めそやす。
先祖代々のものなど、このタウンハウスにはもうほとんど残っていない。レベッカが自分が贅沢をするために多くの物を売りさばいたからだ。
今邸に飾られているのは、平民街の市井で購入したただの花瓶である。
見た目も傷が付いたみすぼらしい花瓶だが、夫人たちは魔道具のせいでなにを見ても高価な代物に見えてしまっているのだ。
「あの場でヘイズ・クォーツの説明をしたら、自分たちから設置してくれるというんだもの、大助かりよねぇ」
「はい。今頃は皆さんなにか怪しい薬でも嗅いだかのように、気持ちよくなられておいでかと」
「ざまあないわね。近いうちに遊びに行って、たーくさんプレゼントをもらわなきゃね」
「ええ、そうしてください」
最初はリッソーニ公爵家のタウンハウスに来た者たちに販売した。
そして、高位貴族が設置しているという付加価値を付けたのだ。知り合い限定だったヘイズ・クォーツを、レベッカは商売へと切り替えた。
外部からの侵入を監視するための水晶を複数設置するだけで、侵入者の存在が分かる。その謳い文句と同時に、高位貴族がこぞって設置しているという話題に、警戒心の強い多くの貴族も、裕福な商家も、販売価格は非常に高額ではあったが、ステータスとして買い求めた。
「ゼルヴァス、まだまだ売れそう? それとも他のものを考えた方がいいかしら?」
「そうですね……。ここらへんで販売を終了し、一度状況を落ち着ける方がよろしいかと。すぐに次の商品を出すにはいささか危険がありますね」
「そんなもんなの?」
「はい。王家に目を付けられる可能性があります」
王家の名前を出されてしまえば、レベッカも黙らざるを得なかった。
―――国王も王妃も、そして王子様も何を考えているか分かったもんじゃないもんね。それに、私は知識があるわけじゃないから、現代の知識でこんなのがあったわって言うのをゼルヴァスに伝えるだけだから、楽でいいし……。ここはゼルヴァスに話を合わせたほうが良いわね。
元々、このヘイズ・クォーツという魔道具も、ゲームに出てきたものである。
「そう、ゼルヴァスがそういうのならそれでいいわ」
ゲーム開始直後のオープニングで、ムービーで描写されていた。
ベアトリーチェが屋敷でアンナを虐げているところを、ヘイズ・クォーツによって記録されていたのだ。ヘイズ・クォーツを覗き込み暗闇に浮かぶ誰かも分からない黒い人影。
この録画を卒業パーティーの断罪の場で、アンナは虐げられていた証拠として提出するのだ。
しかし、レベッカがこのタウンハウスにやってきた時には、まだ開発も販売もされていなかった。
レベッカはゲームの後半はプレイしていないため、いつ開発されたのかも分からなかったからこそ、公爵家の財力を使って製作者を探し出し、この魔道具を完成させる援助をした。




