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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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85、名もなき男の独り言《2年目》




 えっと、何の話で……ああ、そうだった。

 俺は常々、学園という場所は演劇の舞台に似ていると思っていたんだ。


 観劇や本のように主役がいて、ヒロインがいて、それを引き立てるための悪役がいる。そして俺のような、その他大勢のただの人々は、物語に少しの彩りを加えるためだけの存在だ。



 俺の名を覚えている者は少ない……いや、いないかもしれないな。



 男爵家という低すぎる身分、冴えない容姿、そして友人もいない。

 だからこそ、俺はこの異常な学園の雰囲気に気づいてしまったのさ。



 今の学園には、()()()()()()()()()()が充満している。



 皆が悪役令嬢と呼び、忌み嫌っているベアトリーチェ様だけど、俺の記憶にある彼女は今のような狂った女ではなかったんだ。



 まだ幼かった頃、彼女と王宮のパーティーで会ったことがある。



 両親に連れられて恥ずかしがることもなく、同じ年齢だとは思えない佇まいだった。

 肌は透き通るように白く、金の髪は輝いていた。



 え? なんで、男爵家ごときが 王宮のパーティーに参加していたかって? うちは山から採れる魔石の採掘、そんで魔物からも魔石が取れるため冒険者なんかもいて領地は潤ってるんだ。え? 前聖女様の結界のおかげで、魔物はいないだろうって? おいおい、馬鹿を言うな。外敵への効果はあっても、もともと中にいた魔物は今まで通りいるよ。話はずれたけど、まあ、要は金があってすごい額の金を国に納めてるから、毎年呼ばれてるってわけ。



 俺はベアトリーチェ様に見惚れて何もないところで転んだ。それに気付いた彼女はわざわざ寄ってきてくれて、そっとハンカチで拭ってくれたんだ。


 そして、顔を上げて俺の顔を見て『怪我はしていないみたい。汚れもすぐに落ちそうだわ』と言ってくれた。



 鈴のような可憐な声と、優しさに満ちた赤い瞳。

 あの瞬間、俺の心は彼女に奪われたのは間違いない。

 周囲にいた令息も、令嬢も、誰も彼もが彼女の可愛らしさと貴族らしい佇まいに心を奪われていたと思うぜ。



 しかし、その幸福な時間はすぐに終わった。

 この国の唯一の王族の子供であり、男児だったため、生まれたときに王太子となったお方。


 そう、ディエゴ・グリンカント様が来たからだ。


 彼はなぜだか、ベアトリーチェ様だけを除け者にして我々だけを引き連れてその場を移動させた。


 ああ、あの時のキョトンとした顔……未だに思い返しては自分を慰める時もある。それほどに愛らしく可愛らしい方だったのだ。


 だが、彼女は怒ることも悲しむこともせず、ディエゴ殿下と一緒に離れていく俺たちを見送るように礼をしていた。



 そんな気配りができる方なのだ。



 だからこそ、今の彼女が無能で卑劣だという評価が、どうしても信じられない。

 男爵領は王都から離れているため、成人していない俺が両親について王都に行くことはなかった。


 そんな田舎の男爵家にも、リッソーニ公爵令嬢が王太子と婚約したという話はすぐに広まった。

 俺は寝込んじまったよ。え? なぜかって? そりゃあ、ショックだったからさ! しかし、ディエゴ殿下の婚約者になられた方法、その後の明らかに以前の彼女ではないような数々の傍若無人な行動は耳を疑うものばかりだったよ。



 俺には友人はあまりいないが、下級貴族の令息が集まった際の他愛のない話でも、その美しさと信じられないような破廉恥なドレスを着ているというベアトリーチェ様を見た令息たちの猥談は人気だった。



 かなり、人気だったんだ!

 俺は端のほうの席で存在感を消し、盛り上がっては嗤い合う彼らの話をこっそりと聞いたものだ。



 べ、別に羨ましくなんてなかったぞ? 俺は実際に、一度声をかけられてるわけだしな……。フンッ!ええ、となんだったか……そうだ、学園に入学して、久しぶりに見たベアトリーチェ様は噂通りだった。普通の貴族令嬢ならしないような制服の着方。まあ、そうだな……その、なんだあんなにもお美しい足を惜しげもなくさらしているんだぞ!? 見ない方が無理というもんだろう!



 けれど、何かがおかしいと同時に俺は思いだした。



 ディエゴ殿下を困らせる姿や、他の令嬢たちを困らせる傲慢なお姿。

 彼女はそんなことをしないのではないか、誰かが糸を引いて、彼女を無理やり悪役に仕立て上げているのではないか――そんな妄想を抱きながら、俺は今日も影から彼女を追っていた。



 二年になって、俺は見てしまった。



 放課後の人影のない中庭に続く階段。

 そこでディエゴ殿下の側近であるカッシオが、ベアトリーチェ様に対して信じがたい悪態を吐いているのを。



 ゾッとしたよ。『アンナ嬢が落ちたこの階段……意外と高さがあるんだ。見てみろよ。どうだ? 高いよな……。ここから落ちたんだよ、アンナ嬢は』と言ったんだぞ!?



 彼は元々は孤児だったが、騎士らしくディエゴ殿下に良く使えていると評判だった。

 でも、俺は彼は怪しいって前から思ってたんだ。ベアトリーチェ様を見る目が気に食わなかった! あのお美しい方を睨み付け、憎悪がこもった目だったんだ。



 いつかはやるんじゃないかって思ってたよ。



 カッシオはベアトリーチェ様の尻を足蹴にして、数段下に落としたのだ!


 俺は息を呑み、物陰に身を潜めた。

 助けに入る? 馬鹿をいうな。俺は管理する立場の人間で、筋肉の塊のような奴と戦えるわけがないじゃないか! 勇気なんてあるもんか。そんなものがあったら、俺の寮の宝箱の中にベアトリーチェ様の射影水晶なんてあるか。ただ、手すりの隙間から、数段下に滑り落ちた彼女の姿を見つめることしかできなかったよ。



 まあ、そんな感じだったけど、いつも彼女を見つめて守っていた俺にご褒美があったんだ!



 乱れたスカートの裾から、彼女の白い足が露わになった。


 え? 助けに行けって? いやいや、お前……男だったら分かるだろう? 美しい女性が滑り落ちたことで、白く艶めかしい足が見えているんだぞ? 驚いて声なんてかけられないだろう!? ジッと見てしまうだろう!? それに、その……あれ、あれだよ、あぁ……内緒にしてくれよ? 下着……も見えてしまったんだよ! ああ、苦痛に歪む顔、生々しく美しい足、そして侍女がいるにもかかわらず隠されなかった下着。ベアトリーチェ様の女を直接見てしまって、俺の脳内は焼けるような熱に支配されたよ!



 その後、侍女はずっと隣にいたにもかかわらず、倒れて呆然と動けずにいるベアトリーチェ様をさらに罵倒しながら連れ去っていったんだ。涙を流し、惨めに去っていく彼女の後姿を眺めていると、俺の下腹部には抑えきれない欲望が突き上げていた。



 なんて、可哀想なんだ。守ってあげたい……いいや、違う。彼女を俺のものにしたい。



 この歪んだ状況を正せば、ベアトリーチェ様は俺のものになるだろうか。


 俺には切り札がある。え? どんな切り札かって……? そうだよな、先にお前に教えたほうが良いよな……。


 実は、階段でアンナ嬢が落ちた時、俺は見ていたんだ。

 ディエゴ殿下は自分の袖を掴んでいたアンナ嬢の腕を、自ら! 故意に! 力強く! 突き放したんだ!



 ディエゴ殿下は、確信犯だよ。間違いないね。



 彼がこの物語を作り出しているんだ。

 これを伝えれば、ディエゴ殿下は俺を無視できないだろう? ディエゴ殿下のやってきたことと、カッシオやあの侍女の不敬を学園に報告するといえば、あの頭脳明晰で優しいディエゴ殿下のことだ。



 周囲に知られたくなくて、俺のお願いを聞いてくれるはずだ!



 俺は野心なんてない。

 このベアトリーチェ様に対する滾る欲情を、昇華させられるだけでいいんだ。それ以外は望まない。


 えっと、それで君は誰だったかな? 俺はフローラ嬢とアンナ嬢を送り届けて戻って来るだろうディエゴ殿下を、ここで待つんだけど……ってあれ? 俺……なんで話してるんだ……。今までずっと隠せてたのに……。



 夜の帳が下り、辺りはすでに暗闇だった。

 寮の前で待っていたはずの男爵令息は、いつのまにか寮ではなく学園から一番離れた塀の近くに立っていた。



「とても楽しい夢を見られていたみたいだ」


「え?」


 令息はこの男の顔を知っていた。

 いつもディエゴのそばにいる従僕。従僕は表情を一切変えずに塀が壊れ崩れている方向を指し示した。


「あちらで……我が主とあなたの想い人がお待ちですよ」


「想い人……ああ、そうだ。俺はベアトリーチェ様……いや、ベアトリーチェを手にするんだ……そうだ、そうだ、そうだ」


 令息は自分の幸運を疑わなかった。

 ディエゴ自ら、自分の願いを聞き届け、その手で美しい婚約者をくれるに違いないと確信した。


「さあ、こちらです。もっと、あなた好みの夢を見るには、ちょうどよい暗さですね」


 従僕の傷だらけの顔が、月明かりに照らされた。



 この夜以降、学園で彼の姿を見た者は一人もいない。


 誰かが思い出したかのように『男爵家の子息が家を出たらしい』と噂していたが、その声もすぐに聞こえなくなる。



 皆、彼の存在を覚えていないのだ。

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