79、階段《2年目》
呪いの一件により、ベアトリーチェを待っていたのは明確な拒絶であった。
学年を上がる頃には、学園ではベアトリーチェと会話をする者はほとんどおらず、ディエゴとアンナ、そして侍女として付き従っているジルダくらいになっていた。
「アンナ様、またご一緒できて嬉しいですわ」
「フローラ様、私もです!」
「あの時はどうなってしまうのかと、本当に怖かったわ……」
「ええ、私たちもですわ」
「皆様……ありがとうございます……」
令嬢たちに囲まれ、賑やかに話す集団。
その中にはディエゴとカッシオ、他の令息たちの姿もある。
アンナへ呪いの件は、王太子ディエゴとアンナの二人が否定したため不問となっていた。
うやむやとなったものの、生徒たちの間では犯人が誰なのか、共通の認識として一人の令嬢の名が思い浮かべられた。
―――リッソーニ公爵家のベアトリーチェ。それが、アンナを呪った者という共通の認識だ。ベアトリーチェ、なにも知らない間にお前は悪役令嬢として仕立て上げられていくのさ……。
周囲からどのような目で見られようとも、ベアトリーチェはディエゴが作り出す悪役令嬢という役を崩すことはできない。
「殿下もそうお思いになられますわよね?」
「もちろんだよ。アンナ嬢は聖女としても優秀だ。ぜひ、協力してやっていけたらなと思っているしね」
「まあ、王太子殿下と聖女様……こんなにお似合いの二人はいませんわ」
「フ、フローラ様……っ! そのようなことは殿下に失礼ですっ」
頬を赤らめながら顔を左右に振り、アンナは恥ずかしそうに笑う。
その姿に令嬢たちも、令息たちも優しい笑顔を見せる。
「あら、そんなことはありませんわ」
「ええ、そうですよ。殿下にはアンナ嬢のような、素晴らしい魔力を持った方が婚約者になるべきです」
「皆……こればかりは私でもどうすることもできないんだ」
婚約者の話題に、ディエゴは今から向かう中庭が見える窓の外へ視線をやると、憂鬱な表情をこぼした。
「殿下……お姉様のことでお心を煩わせてしまい申し訳ありません……」
「よしてくれ、アンナ嬢。君が悪いわけではないのだから」
何食わぬ顔でディエゴに付きまとい、親しげに話しかける令嬢がいれば、嫌がらせをする。
その振る舞いが、さらに周囲からの孤立を深めていくのだが、分かっていてもベアトリーチェにはどうすることもできないのだ。
―――さあ、二年になったぞ。ベアトリーチェ、今日のイベントでも悪役令嬢として、存分に働いてもらうぞ。
ディエゴたちが図書室から中庭へと向かっている最中、ベアトリーチェは取り繕った顔で廊下を歩いていた。
教師からの急な呼び出しを受け、一時的にディエゴの傍を離れていた。
呼び出し内容はくだらないことであった。
『王太子殿下の交友関係を狭めていると、苦言が来ています。公爵家の者らしく、もう少し周囲のことを考えながら行動してください』
教師すら、ベアトリーチェの演技を見抜けていない。
それどころか、呼び出してきた教師は明らかにベアトリーチェに嫌悪感を抱いているようだった。
当たり障りのない返答をすると、ベアトリーチェは部屋を出る。
「お嬢様、次のお役目が待っていますよ」
中庭へと続く廊下で、侍女のジルダが柱に隠れるようにして、壁に背を預けて立っていた。
ちらりと横目でジルダを見る。
ジルダは主に対するものとは思えない不遜な態度で、ニヤニヤと笑った。
「分かっているわ」
「……ああ、そう。殿下はすでにご友人たちと中庭へと向かわれております。着く前に来るように、とのご命令でしたよ」
その瞳には、これから起こる何かを知っているような悦びが宿っているように見える。
その内容をしたとしても、ベアトリーチェが拒否することはできないのだが。
ベアトリーチェが眉を潜めつつ中庭に続く階段に向かうと、ディエゴとアンナ、そしてカッシオたちの背中があった。
仲良さげに楽しそうに会話している生徒たち。
本来であれば、あの背中に混ざっていたかもしれない姿であった。
「見て、あれ……」
ベアトリーチェの姿に気付いたのは、アンナの横で笑っていたフローラだった。
警戒するように振り返ったアンナの前に立つと、酷く鋭い視線をベアトリーチェに向けた。
「……ベアトリーチェ? どうしたんだい、こんなところで」
階段の前で立ち止まったディエゴも、今気づいたかのように、目を丸くしている。
そして、教師に呼ばれていたはずのベアトリーチェがこの場にいることを怪訝に思っているかのような言葉を放つ。
「あっ……お姉様……?」
その隣ではアンナが不安げな表情でディエゴを見上げ、自然に袖を掴んでいた。
アンナの顔を見ただけで、ベアトリーチェの胸の中にどす黒い感情が沸き起こって来る。
「アンナ、あなた……! 殿下、聞いてください! 私はその女に……っ」
「……アンナ嬢、足元に気をつけて」
ディエゴはベアトリーチェを無視するようにアンナの肩を抱き寄せ、階段を下りようとする。
ジルダは後ろに控え、頭を垂れている。
ベアトリーチェは歩き出したディエゴたちを見ると、一歩横に動く。
ディエゴの前をカッシオとフローラたちが歩き、ベアトリーチェを牽制するような視線を向ける。
「早く行きましょう。ここは空気が悪いわ」
「ああ、そうだな。なにをされるか分かったもんじゃないからな」
ベアトリーチェの横を通り抜ける瞬間、ディエゴが目を細めた。
その目を見た瞬間、ジルダが声を上げた。
「ああ! ベアトリーチェお嬢様!? 何をなさっているのですか……っ」
ジルダの声に皆が一斉に振り返る。
「っ!?」
「なっ、アンナ嬢っ!」
「……きゃあぁああっ」
アンナの短い悲鳴が響く。
何者かに突き飛ばされた体は、抵抗する術もなく虚空へと投げ出された。
よろけた際に掴んでいたディエゴの袖は振り返った際に、ディエゴ自身から振り解かれ、アンナだけが宙を舞う。
「なにをしているんだ!」
叫びながらディエゴは階段を駆け下りて行く。
ベアトリーチェは突然の出来事に、動くこともできず双眸を見開いてその光景を見ていることしかできなかった。
「アンナ様っ!」
「うぅ……っ」
「カッシオ! 医務室……いや、私が連れて行く!」
横をすり抜けるように転がり落ちていくアンナを、カッシオは抱き留めることができなかった。
ディエゴは呆然と立ち尽くすベアトリーチェに鋭い視線を向けて、周囲に響き渡るような声で叫んだ。
「ベアトリーチェ! 私の目の前で、よくもこんな酷いことをアンナ嬢に……!」
「えっ、あ、ち、違います……! 私はっ」
「で、殿下……だ、いじょうぶ……です」
「頭を打っているんだ、喋ってはいけない」
「い、え……私が足……すべら、せただけ……で、す……」
ディエゴの怒声に、ベアトリーチェは我に返る。
否定しようとした口が静かに閉じられる。それは、後ろから腕を引かれた感覚があったからだった。
「お嬢様、そのまま黙ってくださいな……。あんたは悪役令嬢なんだから、黙って突っ立ってればいいのよ。ほら、下を見なさい……。皆があんたを睨んでいるわよ? 聖女であり、妹に醜い嫉妬をしている馬鹿な女ってね……。せいぜい、最後まで惨めに足掻いて、殿下を楽しませなさい」




