77、アンナへの呪い《1年目》
明日明後日と恐らく連続で更新します。
終わりが近いのでこの勢いで完結に向かっていければなと思います。
アンナが訓練場で活躍した数日後、突如として深い眠りに落ちた。
一応は公爵令嬢として、アンナにも個室が割り振られていた。
朝食のために食堂に姿を見せなかったアンナを心配して、友人となっていた伯爵令嬢のフローラが部屋を訪れると、アンナはベッドから起き上がることもできずに意識を失っていた。
「ただの風邪ではありません」
学園に常駐している医師の診たてだった。
アンナの首には黒い紋様が浮かび上がっていた。その薄気味悪い紋様に、集まった教師や医師たちは口々に騒ぎ立てた。
「こ、これは……呪いではないか!?」
「はい、間違いありません。私も初めて見ましたが……この禍々しい気配は呪いで間違いないでしょう」
「アンナ嬢は聖女……国にとって大事な存在にこのようなことをするとは……」
この事態は学園の教師だけではなく、王族であるディエゴにも伝えられた。ディエゴは王族として、学園での特権を最大限に利用してこのことを外に漏らすことを禁じた。
「いいか、アンナ嬢は我が国の至宝である聖女になる存在だ。彼女に危害が加えられたとなると、学園は責任を取らせられることになるだろう」
「……それは、そう、ですが」
「学園長、心配しないでくれ。私がこの呪いを解く方法を考えよう」
「殿下、分かるのですか!?」
「……ああ、恐らく。だが、すぐに呪いを解けるとは約束できないため、時間をくれ。もしそれで呪いが解けなければ、国王陛下には私の責任として伝えてくれ」
「ですが……いえ、承知いたしました。殿下、お願いいたします。彼女を救ってください」
「ああ、任せてくれ」
ディエゴは学園長たちとの話し合いで、女子寮のアンナの部屋で看病することを許された。
アンナにはベアトリーチェの命令ということで、実家から侍女は付けられていない。呪いの件は学園全体に伝えられ、呪いを解くまでは泊まり込むことも伝えられた。
教師の許可を得ているとはいえ、未婚の男女が密室で夜を過ごす異常事態に、学園内は騒然とする。
婚約者として、そして姉として、ベアトリーチェはその部屋を訪れた。
だが、扉の前でベアトリーチェの訪問を阻んだのは、ディエゴの護衛のカッシオだった。
「……ここを通しなさい」
「お引き取りください、ベアトリーチェ様。殿下は、アンナ嬢にかけられた呪いを解くために来ております」
「呪い? その言い方……私があの女を呪ったとでも言いたいの?」
「…………」
カッシオは答えなかった。
ただ、その瞳には軽蔑の色が浮かんでいる。
「通しなさい! 無礼者が!」
「お、おやめください、お嬢様! アンナ様が中で苦しんでおられます……。それに、カッシオ様も今は静かにされていたほうが良いという判断なのかと……」
「……っ! 平民のくせに私に意見をするつもり? ああ、もうっ、汚らわしい手で触れないでちょうだい!」
甲高い声を上げたベアトリーチェの腕に縋りつくように、後ろに控えていたジルダが止めに入る。
その姿は献身的な侍女であり、金切り声を聞きつけ様子を窺っていた令嬢たちの同情を誘う。
「意見だなんて……お、恐れ多いですっ。ただ、アンナ様はお嬢様の妹になったお方ですっ! それに聖女としてお力もあります……。そのことであらぬ疑いをかけられては、お嬢様がっ! きゃあっ」
ジルダはわざとベアトリーチェの腕の振ると、あたかも投げ飛ばされたかのように体勢を崩して床に倒れた。
「うぅ、申し訳……ありません、申し訳ありませんっ! お許しください、お嬢様っ」
アンナの部屋の扉がゆっくりと開き、中からディエゴが顔を出す。
その眉根は寄せられ、ベアトリーチェを非難しているような視線が向けられた。
周囲に集まっている令嬢たちにも見せるかのように、中で眠っているアンナの姿を見せる。
「ベアトリーチェ、やめないか……。君がこの部屋に入ることは、許可できない。これ以上……醜い嫉妬で僕を失望させないでくれ」
「ディエゴ様! お待ちください……! その者はきっと嘘を付いております! 私は呪いなど使っておりませんっ」
パタン、と閉ざされた扉と、内側からかけられた鍵の音。
その扉に飛びつくように足を出すと、扉の横で中の二人を守るように立っていたカッシオが、ベアトリーチェの腕を力強く掴まえた。
「ベアトリーチェ公爵令嬢! これ以上恥を晒すな! お前は妹が苦しんでいる時に、少しも静かにできないのか!? こちらへ来い!」
「離しなさい! 妹ですって!? 私はあれを妹とっ痛いわっ、乱暴はよしてちょうだいっ」
「ハッ、あんたはいつもこれ以上のことをやっているだろう?」
「私は……公爵令嬢よ? あなたみたいな孤児風情が触れていい存在じゃないのよっ」
フン、と鼻を鳴らすと、数部屋先にあるベアトリーチェの部屋の前までやって来る。
未だに好奇心の目を向けてくる令嬢たちが見つめてくる中、カッシオは乱暴に扉を開けてベアトリーチェを投げ捨てるかのように中に押しやった。
「ぁあっ、この、無礼者! 何をするの……!?」
「あんたはなぁ……邪魔な存在なんだよ。殿下の隣に立つべき存在は、清らかで心優しい存在だ。あんたじゃないんだよ」
「あなたもあの女に騙されて、いるのね……?」
「うるさい! アンナ嬢はあんたと違って魔力もあって心優しい女性だ。あんたのような役立たずな女は、大人しくしてるのが一番いいんだよ! 今回の件だってそうだろう!? あんたがアンナ嬢を……!」
続きの言葉を言いかけて、カッシオは口を閉ざす。
自身の頭の中で、これ以上は言ってはいけないという理性が働いたのだ。
「ジルダ、このご令嬢がこれ以上アンナ嬢に近付かないようにしてくれ。殿下もそれを望んでいる」
「……承知いたしました」
くすくすと外から嘲笑う声が室内にも響いてくる。
―――ベアトリーチェ、本来であればこのイベントは、お前が起こしているはずだったんよ。公爵家に言いなりの気弱な令嬢を使って、少しの毒を仕込んだ菓子を食べさせるんだ。だが、今のお前には言いなりになる令嬢も、お前に話を合わせてくれる令嬢もいないだろう……? だから、僕が代わりにやってやったんだ。
扉にもたれかかる様にして、ディエゴは外の声を聞き取った。
誰も彼もがベアトリーチェを悪し様に言うその状況に、ディエゴは仄暗い優越感に浸る。
ベアトリーチェがカッシオや他の令嬢たちに蔑まれ嗤われている姿を見るだけで、ディエゴを熱く滾らせるのだ。
―――あぁ、なんて良い声なんだ……ベアトリーチェ。お前の今の表情を見れないのが残念だが、その甲高く震える声に僕は熱くなってしまうよ。




