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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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73、二か月に一度の願い《1年目》




 入学から二か月。


 学園での孤立はベアトリーチェにとって、日常となっていた。

 両親や祖父との思い出でもあるリッソーニ公爵家の名を残したいという思いだけで、今のベアトリーチェは婚約者でもある王太子のディエゴの言いなりとなっていた。



―――とにかく、殿下の言われた通りにすればいいのよ。もう、今の私にはそうすることしかできないのだから……。



 ディエゴによる命令で、ベアトリーチェには友人どころか話せる知り合いもいない。

 頃合いを見計らうかのように、ベアトリーチェのもとにタウンハウスからの呼び出しが届いていた。


「……ああ、そうだったわね。今日はタウンハウスに行く日だったわ」


 ベアトリーチェはジルダに声をかけることはしない。

 ジルダはベアトリーチェの予定のほとんどを把握しており、ディエゴに伝えているからだ。今日、タウンハウスに戻ることも、すでにジルダからディエゴには報告されている。


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


「……ええ」


 青白い肌をしたベアトリーチェの心配などすることもなく、ジルダは豪華な椅子に腰かけ笑う。


「精々、公爵夫人に可愛がられてきてくださいね」


 蔑むような声に見送られ、一人部屋を出る。

 このベアトリーチェと離れる時間に、ジルダは様々な根回しをしていた。



―――私と離れる間に、ジルダが何をしているのか知っているわ。殿下がいつも見張りとしてつけているのに、離れてすることは一つでしょう。



 魔力が回復しつつあるが、体は重い。

 その体を引きずるようにして、一人馬車に揺られタウンハウスに戻る。


 通常、祝福石とは持ち主を災厄から守る守護石であり、その加護は恒久的に続くものだ。

 しかし、レベッカがその意味を捻じ曲げてしまっているため、祝福石の魔力は驚くほど速く底をつくようになった。


「小さな祝福石を贈ってしまった私が悪いのよ……」


 寮生活という制約上、これまでは月に一度だった祝福石への魔力供給は、二か月に一度へと間隔が開いていた。その分、レベッカが要求する魔力量は、さらに倍になっている。


 魔力測定をした際の魔力の少なさは、それに起因したものだったが、ベアトリーチェがそれを知ることはない。


 学園で用意された馬車がゆっくりと止まる。

 乗り心地の悪い馬車はどのような生徒でも乗れるように、安い料金で運用されていた。公爵家からの馬車は用意できず、今回はディエゴも馬車を用意することはなかった。


「リッソーニ公爵令嬢、到着いたしました」


「分かりました」


 学園に雇われている御者は、感情を見せずに声をかける。

 その声に返事をすると、外側から扉が開けられた。御者は学園でのベアトリーチェの噂を知っているようで、眉間に皺を寄せながら対応する。


「帰りは……」


「二時間後にお伺いします」


「……ええ、お願いします」


 貴族の言葉を遮ることは、普通はできない。

 だが、ベアトリーチェは今は学生であり、そして学園の嫌われ者。この御者と一度も会話をしたことがなかったにも拘らず、すでにぞんざいな扱いをしていいと思われているようであった。


 手荒に馬車の扉が閉められると、挨拶もなしに馬車は戻っていく。


 その音を聞きつけて、一人の女が愉快そうに声をかけた。


「あら、ベアトリーチェったら……。あんなゴミのような男にも嫌われてるのね」


「…………はい」


「アハハ、可笑しいったらないわね。それよりも! あんたがなかなか帰ってこれないから、私の大事な祝福石が……こんなに輝きを失っちゃった」


 レベッカは大きく開いたドレスの胸元で揺れる祝福石を摘まみ上げた。

 

 ポーチに立ったまま、ベアトリーチェはレベッカの指し示す祝福石を見つめた。

 その指で持ち上げられている祝福石は、魔力が無くなりつつあることを示すように、輝きが弱くなっていた。


「……申し訳ありません、レベッカ様」


「ちょっと、そんなところに突っ立ってないで早く入ってきなさい。いつもの部屋でやるのよ」


「承知いたしました」


 先に進みどんどん歩いて行くレベッカを、ベアトリーチェは後ろから見つめた。

 タウンハウスの中に飾られてあったはずの美術品が、所々無くなっていることに気付く。母が好きだった絵画は訪れた貴族たちからも評判が良かったものだ。


「あぁ、そこにあった絵ね。なんか欲しいっていう商人がいたから、宝石とお金で渡したわ」


 悪びれるでもなく、レベッカは笑顔で話す。



―――あれはお母様のお気に入りの絵画だったことを、フォレ叔父様も知っていたはずなのに……。



「なぁに? ベアトリーチェ……その目、生意気ね」


 レベッカはベアトリーチェのすぐそばまで来ると、額を掴むようにして手を這わせた。


「……っ!」


「どうせ残り少ないんだから今使っても一緒でしょ。お仕置きよ」


「も、申し訳……! んあっあぁあっ」


 言葉を言い終えないうちに、レベッカの手から締め付けられるような魔力が流れた。

 頭が割れそうになるほどの刺激に、ベアトリーチェは涙を流し耐えるしかない。


「反省した?」


「あ、あぁ……っはい、申し訳……ござい……ませ……ん」


「今度そんな生意気な目をしたら、もっと痛い目に遭うわよ。覚えといて」


「はい……ぅっ」


「……部屋に行くのも面倒ね。もう、ここでやってちょうだい」


 ぽい、と投げ捨てるかのように、レベッカはベアトリーチェに祝福石を渡す。


 ベアトリーチェは流れる涙を拭うことすらできず、投げ渡された祝福石を両手で包み込んだ。


 祈りの言葉などいらない。

 ただ、願うだけだ。



―――お願い、叔母様の力になってちょうだい……。



 願った瞬間、全身から血を抜かれるような鋭い痛みが走る。

 魔力は血管と同じように全身に魔力管を張り巡らしており、魔力を無理に引き出せば魔力が失われ、痛みを感じてしまう。


 回復しかけていた魔力が、また根こそぎ奪われていく。


「ああ……いいじゃん、満たされてくのが分かる……。そう、この輝き……あんたが最初からもっといい祝福石をくれてたら、こんなことにならなかったんだからね?」


「……はい。その、通りで、す……」


「ベアトリーチェ、あんたの役目は二つよ。あんたはこの公爵家を守るために、私の願いは全て叶えること。もう一つは、アンナという聖女を痛い目に遭わせること」


 レベッカの節くれだった指が、ベアトリーチェの頬を撫でる。


 魔力を急激に奪われたベアトリーチェは、意識に薄く膜がかかっているようだった。


 どこか遠くから話しているように聞こえる声が、ベアトリーチェの頭に深く刻み込まれていく。

 レベッカは祝福石を使い、洗脳するかのようにベアトリーチェに優しく語り掛ける。


「アンナは聖女なんかじゃない、悪女よ。殿下をたぶらかし、あんたの大事な公爵家を消そうとしているのよ。だから、あんたはもっと傲慢に、もっと我儘に振舞いなさい。このリッソーニ家を守るために……ね?」


「はい……レベッカ様。アンナは……敵です……邪魔者です。私が……家名を、守らなきゃ……」


 虚ろな瞳でベアトリーチェは、レベッカの言葉を繰り返した。



 レベッカの祝福石が強く光り、また輝きを少しずつ減らしていく。

 二か月分の魔力を注ぎ込んだベアトリーチェは、また魔力は枯渇している。それでも祝福石によって洗脳されている頭は、レベッカの言葉だけを繰り返し響かせていた。



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