70、魔力測定《1年目》
ベアトリーチェはディエゴとともに教室へと向かった。
そこでもベアトリーチェに許された役割は、周囲の嫌悪を煽る行動のみである。
刺さるような視線を無視し、ディエゴの席のすぐ隣に座ると声を張り上げた。
「ディエゴ様! 私は王太子殿下であるディエゴ様の婚約者ですもの、常に隣にいるのが当たり前ですわ」
「学園では皆と切磋琢磨して学びたいと思っているんだが……」
「あら……ですが、誰もディエゴ様の隣にはきませんもの……。私はディエゴ様のために一緒におりますの。ねえ、皆さん?」
甘い声を出しながら、ベアトリーチェは周囲を見渡す。
周囲の生徒たちは公爵家に目を付けられたくないと、視線を合わせない。ディエゴもまた、困ったように眉を下げながら、苦々しく笑う素振りを見せた。
「……皆の迷惑にならないようにしてくれよ」
「まあ、私は迷惑などかけませんわ。身の程知らずな方たちが私とディエゴ様の邪魔をしなければ……ねえ?」
その言葉を誰に言ったのかは、ベアトリーチェ本人ですら分からない。
しかし、教室内の雰囲気は冷ややかなものへとなっていた。
忌々し気にベアトリーチェを睨み付けてくるカッシオを気にせず、ディエゴに体をくっつけるようにして寄り掛かった。
「あんなに殿下に縋り付いて……。本当に品のない方」
「公爵令嬢の矜持はないのかしら」
「心清らかな方が身近にいると、ひねくれてしまうのかしらねぇ」
嘲笑と蔑みは、水に垂らした一滴の毒のようにゆっくりと教室中に広がっていく。
ベアトリーチェは声が聞こえた方を睨め付けるようにして見やる。その視線の強さは、吊り目がちな赤い瞳がきらりと光り、獲物を狙う魔物のようであった。
「皆、そろっているか? 講義の前にすることがあるから静かにするように」
扉が開き、教師が入って来ると教室内はさらに静まり返る。
やがて、第一講義の基礎魔法学の準備が始まった。
ディエゴは困ったような笑みを浮かべたままではあったが、口元の歪みはさらに酷くなっていた。
「新入生の諸君。まずは自身の『魔力の器』を知ることから始めよう。属性の確認だ」
教壇に置かれたのは、巨大な透明の水晶だった。
ただの水晶に見えるが教会にも置いてある、魔力を感知し測定する特別な水晶である。多くの子供たちは一定の年齢になれば、教会で魔力を調べる機会がある。
「今回は入学生に王太子殿下もおられるため、魔力量も一緒に測定することとなった」
教師の一言で、ざわめきは大きくなる。
本来、この測定は個人の適性を確認するためであり、その適性と魔力量を公表することはない。
ざわめきが起こるのは当然であった。
生徒たちの声を無視し、教師は話を続けた。
「測定結果は、私が読み上げる。諸君、己の立ち位置を自覚したまえ」
その言葉に、生徒たちが色めき立つ。
ディエゴは知っていた。
ゲーム『愛は執着のみ2』の設定資料。そこに記された悪役令嬢ベアトリーチェの致命的な欠点。
―――公爵家の血を引きながら、彼女の魔力量は平民の平均にも満たない。すなわち「公爵家」という飾りがなければ、誰からも見向きもされない存在。さあ、ベアトリーチェ……お前のその秘密を今ここで発表し、絶望の底に叩き落としてやる……!。
「次は……リッソーニ公爵家アンナ嬢、前へ」
「は、はい!」
名前を呼ばれたアンナは、緊張した面持ちで石の前に立った。
呼吸をし、視線を前に向けるとディエゴに体を付けるように座っているベアトリーチェがいる。バチッと視線が合うと、ベアトリーチェがは鼻に皺を寄せて視線を逸らす。
「ベアトリーチェお姉様……」
「アンナ嬢、早く触れなさい」
「も、申し訳ありませんっ」
アンナは水晶に触れる。
その瞬間、水晶が眩いばかりの光を放ち、周囲は何も見えないほど白んだ。
多くの生徒から悲鳴が上がる中、ディエゴは皆を落ち着かせるように声を上げた。
「こ、これは……この温かな光……! アンナ嬢、君は聖女の力を持っているのか!」
「えっ!? わ、私が聖女の力……!?」
「素晴らしいぞ! アンナ嬢! ここまで眩い光は、私も教師を長年しているが見たことがない!」
生徒たちの感嘆の声がアンナを包む。
対して、ベアトリーチェはアンナに祝福の言葉どころか憎悪の視線を向ける。アンナは公爵家ですでに魔力鑑定をしていたからだ。
―――ああ、そうだな、ベアトリーチェ。アンナは自分の魔力を知っていたはずだ……。だが、こうして今知ったかのように驚いている。この女はお前が言うように、本当にあざとい女だ。
アンナに祝福の言葉がかけられている中、教師はベアトリーチェを見据えた。
「では……最後はベアトリーチェ公爵令嬢ですな」
ベアトリーチェは立ち上がると短いスカートを揺らし、水晶の前に立つ。
「はい」
ディエゴのそばを離れられる嬉しさ。
そのことを悟られぬように微笑みながら、水晶のそばへ行く。
水晶の前に立つと、教壇から生徒たちの姿が全て目に入る。生徒たちのほとんどはベアトリーチェに対し、負の感情を抱いているのが分かる。
―――ほとんどの者はお前の魔力が低いことを願っているぞ。
細く白い指先は美しく震えながら水晶に触れた。
水晶は火属性の赤色を一瞬だけ映したが、すぐに弱まり今にも消え入りそうなほど小さな光を生み出した。
それはあまりにも微小であった。
貴族として魔法を扱うどころか、日常生活で使用するような魔道具を使うことが精いっぱいの光。
無能の証だった。
教室が凍りついたような静寂に一瞬、包まれるがすぐに波のように生徒たちの感情は揺れ動く。
「それまで。測定終了だ」
教師はわずかに気まずそうな声を上げたが、それ以降は我関せずとでもいうようにそそくさと教室を後にした。
それを合図に堰を切ったように囁きが溢れ出した。
「嘘でしょう……? あの魔力量、魔法を一つ使うことすらままならないのでは?」
「公爵家としての血筋はどうなっているの? まるで……魔力なんて無いかのような……」
「ちょっと、やだ……。ふふ、あんなに威張り散らしておいて、あれっぽっちなの?」
「まあ! ちょっとあなた失礼よ、公爵令嬢様に向かって! ふふふ……」
「お可哀想な殿下……。平民よりも低い魔力を持った女が婚約者だなんて」
面と向かって罵る者はいない。
だが、逃げ場のない教室内で、数多の声はベアトリーチェの耳にはっきりと聞こえる。
しかし、それを気にすることなく、ベアトリーチェは己の手を呆然と見つめた。
―――『そんなはずはない。私は公爵令嬢よ、ありえない』とでも思っている顔だな。でも残念だったな、ベアトリーチェ。
ふと、隣に座るディエゴにベアトリーチェは視線を向ける。
「残念だったな、ベアトリーチェ。これが現実なんだよ、出来損ないが」
「……っ」
ディエゴはあからさまな言葉をベアトリーチェにのみ聞こえるように囁いた。
「ベアトリーチェ……君は……どういうことなのだ?」
「デ、ディエゴ様……、これは、その……」
ディエゴのその声に、周囲の生徒たちは囁くのをやめ、屈折した感情に口端を歪めながら二人を見つめた。
「ふ……その狼狽……。ベアトリーチェ、君は私の婚約者でいたいがために、魔力が低いことを隠していたのだな!?」
ディエゴすら、知らないことだったのだ、と。
この下品な悪女は、王太子であるディエゴを騙し欺きその地位を守っていたのだ。




