68、学園入学【ディエゴ視点・後】
過去の話に出てきた人物が出ており、今後も出てきますので後書きにちょこっと詳細書いています。
アンナを女子寮まで送り届け、すれ違う生徒たちに笑顔で手を振りながら、ディエゴは足早に男子寮の自室へと戻った。
王族や上級貴族のみにしか、個室は認められていない。
ディエゴは扉を閉めた瞬間、笑顔の仮面を剥ぎ取った。
―――ゲームの中の『僕』は王宮から学園に通っていたが……。特等席で見る方が、何事も面白い。ベアトリーチェもアンナも、公爵家のタウンハウスからの通学となっていたはずだが……これは僕が介入したことで、中身が変わったということか。
机に置かれた側近からの報告書に目を落とす。
そこには狙い通りに、すでに孤立しつつあるベアトリーチェの現状が記されていた。
「アハハ……ジルダもいい仕事をしてくれたな。王太子である僕に汚らわしい恋慕を抱き、ベアトリーチェには絶対に勝てないからこそ、醜い嫉妬に駆られ、公爵令嬢を虐げる身の程知らずの女め。……実に見苦しく、馬鹿な女だ」
ふ、と思い出し、ディエゴは呼び鈴を鳴らす。
扉の前で待機していた従僕のアルロが、扉を開けることなく静かに返事をした。
「いかがなさいましたか」
「アルロ、公爵家の内情をもっと調査しろ。そして、ジルダに何か見繕って褒美を。お前に任せる」
「承知いたしました」
少しの声量で話しても、アルロがディエゴの声を聞き漏らすことはない。
そのように訓練されているからだ。
―――ベアトリーチェ、入学早々お前はよくやったよ。だが、まだ足りない。
ディエゴはこの世界を、そしてこのゲームを愛していた。
だが、それは純粋な作品愛ではない。
前世から引きずり続けている、何十年も前の憂さを晴らすための道具にしていた。
高校時代、自分を踏み台にし、陰口を叩いていたクラスメイトの女たち。
自分の恋心を利用して嘲笑った、あの女たちの歪み切った醜い表情。
―――あの女……僕に……俺に……気があるような雰囲気で話しかけて来たくせに……! クソッタレ……思い出しただけで、怒りで頭がどうにかなりそうだ。顔も体もお前の方が全然いいさ。そりゃそうだ、二次元と三次元を一緒にするなって話だからな。
ベアトリーチェとディエゴが言っているクラスメイトは、決して似ていたわけではない。
ベアトリーチェはゲームに出てくる悪役令嬢らしく、金髪の髪に赤い吊り上がった瞳。
対してディエゴの心の底にずっといるクラスメイトは、黒い髪に幼い印象のつぶらな茶色の瞳だった。
だが、ディエゴはある一つに共通点を見出した。
―――プライドの高そうな、人を見下したような目だよ。……ただそれだけで、十分な理由になるんだよ、ベアトリーチェ……。
ベアトリーチェというキャラクターが絶望し、シナリオ通りに壊れ、最後には自分の足元に縋り付く。そうなれば、自分を見下して嗤っていた前世の女たちの記憶も、ようやく消し去れるような気がしていた。
それは愛などではなく、歪みきった支配欲だ。
「明日の朝、お前はどんな顔をするかな? 全員が敵で、味方は一人もいない。ああ……想像するだけで、ゾクゾクするよ」
ディエゴは狂気じみた笑みを漏らす。
「ベアトリーチェ……お前自身には罪はないよ。罪があるとしたら……あるとしたら?」
ディエゴはふと、思考の淵に沈む。
クラスメイトだった女と、ベアトリーチェが別人であることなど百も承知だ。
だが、そんなことは今のディエゴにとってはどうでもよかった。
「ああ、そうだ……。あるとしたら、お前のその見下したような瞳と雰囲気だ。馬鹿にしやがって……絶対に許さないぞ。俺を馬鹿にしたあの、クソ女どもめ……! 学園生活が終わると同時に、お前には最高の破滅ルートが待っている。楽しみにしておけ」
ディエゴは乱暴に椅子を引くと、机の引き出しにしまっていた日記帳を手に取った。
今までのディエゴの行動記録、そしてゲームのシナリオの記録。
この世界にやって来てすぐに書き記していたため、かなり細かく書かれている。
ぺらり、と一枚紙をめくると、一つの箇所に目が留まり頷いた。
「……カッシオもヒロインの攻略対象だったな。あいつにも踊ってもらおう」
持っていたペンで記述されている箇所をなぞる。
護衛騎士とヒロインの出会いからイベントまで、細かに書かれており、最後には護衛騎士ルートに進まない方法も書いていた。
『ヒロインの前でベアトリーチェのことを褒めること』
たった一言その言葉を口にするだけで、どれだけ好感度が高くてもそれ以上ルートに進展はなくなってしまうのだ。
「ヒロインもゲームのタイトルに則っているよ、全く。ヒロインすらもベアトリーチェに執着しているんだから、このゲームを作った運営はいったい誰を主人公にしたかったんだか」
ディエゴは目を閉じる。
学園入学が近づくにつれ、前世の夢を度々見るようになっていた。
放課後の階段、笑い声、自分に向けられた蔑みの視線。
夢で何度その光景を見ても、夢の中の自分は顔を真っ赤にし隠れているのだ。
霊体のような体で『立ち上がってあの女どもを殴ってしまえ!』と叫んでも、前世の自分は絶望と怒りで震えているだけだった。
「夢の中とはいえ、情けない男め。しかし、まあ……ゲームの知識は、僕だけにある。公爵夫人も転生者のような感じではあるが……あの様子じゃ、ほとんど覚えていないんだろう」
薄暗い部屋の唯一の灯りさえ、今のディエゴには不快な眩しさでしかなかった。
「……ベアトリーチェ、お前の本当の存在価値は俺の言いなりになることだけだ。お前が怒り、泣き叫ぶ顔を見るためだけの物語の幕開けだ」
手に持っていたペンが軋むほどの力で握り、独り言が響かせた。
アルロ(ディエゴの従僕)
元は奴隷だったが、ディエゴが記憶を頼りに探しだした少年。
奴隷時代に主人の逆鱗に触れ、顔面に切りつけられた傷跡が多くある。
カッシオ(ディエゴの将来の近衛騎士)
両親がおらず、飢えた弟妹のために盗みを働いていた赤毛の少年。ディエゴが助け出した。
後に近衛騎士になる設定がゲームであり、また攻略対象でもある。




