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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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67、学園入学【ディエゴ視点・前】




 王立学園の講堂。


 その壇上に立ったディエゴは、眼下に広がる数百人の新入生と在校生を見下ろした。

 注がれる視線は、憧憬、畏怖、そして()()()()()を持っている王太子への()()



―――同情などされることには腹が立つが……でも、あの同情が今後の力となるからな。



 羨望と同情の視線を向けられながら、ディエゴは愉悦を噛み締める。


「――諸君。この学び舎では、貴族も平民も関係ない。次の王国を支えていく者たちの才知を磨き、国を武によって守る者たちは騎士道を究めて、王国の礎となるように切磋琢磨し、精進していこう!」


 淀みなく言葉を紡ぐ。


 期待に満ちた多くの瞳が、ディエゴを見つめる。

 誰が聞いても不足のない挨拶。完璧な容姿。王太子として品のある言動。



―――ベアトリーチェ。お前がいることで、僕の価値がどんどん上がっていくのが分かるよ。前世でプレイしていたあの光景が、今は自分の命令で()()()()()()()()()()



 本来のシナリオとは、少しではあるが変わってきていることが分かる。


 だが、全てがディエゴの思うままに進んでいっている。

 ディエゴがやり込み、イベントもスチルも全て網羅した乙女ゲーム『愛は執着のみ2』とは、少し変わっている。



―――まあ、異世界転生ものなんてそんなもんだろう。この世界では、僕が主人公なのだから……僕の思う通りに動くべきなんだよ。



 入学式が終わり、ホームルームも終わる。

 もちろん、その場にベアトリーチェは参加させていない。


「ベアトリーチェ様は、入学式にもホームルームにもいらっしゃらなかったわね」


「それはそうでしょう。登校早々に義理の妹でしたかしら? その方を侮辱して……殿下もお怒りでしたでしょう?」


「確かにそうね。ベアトリーチェ様も叔父夫婦の養女になっているらしいから、姉妹ですのにね」


「あれでは殿下がお可哀想ですわ」


 生徒たちは、ベアトリーチェが我儘で行事に参加していないと思っている。


 その声を聞きながら、中庭へと移動する。


 まずはそこで予定されている二つ目のイベントを見ることにする。

 人だかりの中心で、令嬢たちが大きな声でベアトリーチェのメイドであるジルダを慰めている。


「……ベアトリーチェ様ったら! ご自分のメイドにこんな仕打ちを……何をされたの?」



―――『悪役令嬢によるメイドへの折檻イベント』が始まっているか。ジルダ、よくやったな……。



「はい……。アンナ様が王太子殿下に医務室へ……連れて行ってもらえたことに腹に据えかねたらしく……ぅ、私を外に連れ出し叱りつけ、頭を何度も打ち据えられました……」


「ああ、酷い! だから、こんなに赤くなっているのね」


「それに、頬にも傷ができていますわ」


 震えながら演技をするジルダを眺め頷く。

 令嬢たちは人だかりに語り掛けるように、ベアトリーチェの悪行を並べてていく。痛々しいほどの演技に口を歪めながら、ディエゴはゆっくりと歩み寄った。


「ジルダ……、ジルダか!?」


「あ、お、王太子殿下……!」


「君、そんな怪我をしてどうしたんだい!?」


 ディエゴが命令したことではあるが、ジルダは顔を赤らめさせ涙を流した。

 慌てたようなディエゴの声が響いた瞬間、周囲の生徒たちが一斉に振り返り、道を開ける。


「これは……ベアトリーチェ様から……」


「お、お姉様が!?」


「アンナ嬢……」


 いつの間にかやって来ていたアンナが声を上げた。

 ディエゴはここに来るまでに、かなりアンナを探していた。しかし、見つからなかったため、一人で中庭までやって来ていたのだ。



―――この女、どこに行っていたんだ……。全く、ジルダの最初の演技が見れなかったじゃないか。チッ。



 怯えるような素振りを見せたジルダではなく、ディエゴはアンナの肩を優しく抱き寄せた。


 一瞬、ジルダの目がギラリと光るがその意味を知っているため、ディエゴは気にとめることはない。周囲の声がジルダではなく、()()()()()()()()アンナを心配する声に変わっていく。


「アンナ嬢、心配することはない。ベアトリーチェは()()()()()()()()のだろう」


「お姉様が……嫉妬?」


「ああ、そうだ。ここにいる者たちは知っている者も多いだろうが、ベアトリーチェは私の婚約者になってから、様々な令嬢たちに嫌がらせをしているんだ」


「え!? お姉様がそんなことを……!?」


 周囲からは溜息が漏れる。

 髪と同じピンク色の睫毛を震わせて、悲しそうに表情を歪める愛らしい少女。それがアンナという少女である。


「アンナ様が知らなかったのも無理はありませんわ。私たちは元々は王太子殿下の婚約者候補として、茶会などに出ておりましたの……。それを公爵家が権力を使い……」


「アンナ様のご実家になるのに、このようなこと……申し訳ございません」


「いいえ、私も知らなくて……。お姉様は皆様にどのようなことを……?」


「令嬢たちに言わせるのは酷だ。私が言おう。同色のドレスの令嬢に紅茶をかける、髪飾りが似ていれば奪い取り壊す……。私がいる時は注意できても、いない場所ではどうにもならなかったんだ」


「殿下のせいではございませんわ!」


「そうです! どれもベアトリーチェ様にされたのですからっ」


 今、中庭ではベアトリーチェの悪行が広められている。

 しかし、この悪行は全てディエゴがベアトリーチェに命じたことだ。


 アンナが不安げにディエゴを見上げた。


「あの……ディエゴ殿下。お姉様は……私のせいでジルダさんに手を上げた……のでしょうか」


「アンナ嬢、君は何も悪くないよ。彼女は気に入らなければ、人でも物でも簡単に壊してしまうのだから」


「で、でも……お姉様は、本当はあんな方じゃない気がして……」


「まあ、アンナ様! 殿下や私たちが嘘をついているとでも?」


 令嬢の一人が笑みを浮かべ、アンナに詰め寄る。

 ディエゴはアンナの肩を抱くと、令嬢に落ち着くように告げた。


「落ち着いてくれ。きっと、アンナ嬢はベアトリーチェの醜い姿を見たことがないから、困惑しているのさ」


「も、申し訳ございません……! 私は皆さんが嘘をついているとか、思ってないです!」


「そ、そう? それなら良いのですよ」


 アンナと令嬢のやり取りに、ディエゴは心の中で嘲笑う。



―――――やはりそうだ! これだよ、この展開だ! 逃げていったベアトリーチェのことで質問をした令嬢に詰め寄られ、僕が肩を抱くスチル。間違いない。上手く進んでいる……。



 いじめられているはずのヒロインが、悪役令嬢を案じる。

 この歪な善意がおかしいことに、誰も気付かない。ゲームのテキスト通りか、それ以上に設定通りにアンナが反応していることに、ディエゴは快感を覚える。


「優しいんだね、君は。だが、君が傷付く必要はない。ベアトリーチェが全ての行事に参加しなかったのは、自分勝手な我儘な理由なんだよ」


「そう、なのでしょうか……」


「ああ。アンナ嬢、もし、またベアトリーチェに何かされそうになったら、声をかけてくれ。私じゃなくても、ここにいる誰かでもいいんだ。君はベアトリーチェの嫉妬の対象なのだから」


「嫉妬の……対象……」


 アンナのピンク色の髪を優しく撫で、耳元で甘く囁く。

 アンナは頬を染めて微笑み、ディエゴもまたアンナを見て微笑んだ。


 周囲はその光景に深いため息を吐き、恍惚とした表情で二人を見つめた。


 ジルダ以外は。


「さあ、アンナ嬢。寮の入口まで送っていくよ」


「あ、ありがとうございます」


 他愛のない話をぽつぽつとするが、話は弾まない。

 すぐに寮の入口まで着くと、アンナは申し訳なさそうにして門をくぐっていった。




―――アンナという女……昔にベアトリーチェの側付きとして、一度会ったがパッとしない女だな。よくあんな女がゲームのヒロインになれたな。



 ディエゴは振り返ることなく、女子寮の門から遠ざかっていく。

 この瞬間も、ジルダによってベアトリーチェが追い詰められている姿を考えるだけで、ディエゴの体は熱を持ち出していく。

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