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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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64、学園入学【ベアトリーチェ視点】

 



 豪奢な馬車が王宮から学園へと向かっていた。


 窓外を流れる景色は王都の賑やかな街を超え、新緑の並木通りを駆け抜けていく。楽しげに笑い合う人たちとは対照的に、馬車の中は重苦しく張り詰めていた。


 ベアトリーチェは静かに目を閉じていた。


 伝統ある学園の制服に身を包んではいるが、その姿は異様だった。


 本来、グリンカント王立学園の女子制服は、淑女の嗜みとして足首まで隠すロングスカートが鉄則である。しかし、今のベアトリーチェのスカートは、太腿の半ばまで大胆に露出したものへとアレンジされていた。


「……ははは! 素晴らしいよ、ベアトリーチェ! やはり、お前はこの国を守護する女神同様に美しい……!」


 対面に座る王太子、ディエゴ・グリンカントが愉悦に満ちた嘲笑を上げた。


「……お褒めいただき、ありがとう存じます」


「傲慢で目立ちたがり屋、そして我儘し放題の公爵令嬢に相応しい仕上がりだな」


 ディエゴはベアトリーチェの脚の間に己の脚を差し込むと、ゆっくりと上になぞり上げる。

 ぞわりと肌が粟立つ。


「こんなにもはしたなく脚を出して……これが本当に王太子の婚約者で、名門公爵家の令嬢なのかと考えるだろうな」


「私は……殿下のご意向に沿ってやり切るだけです」


 ディエゴの言葉は称賛などではなく、如何にベアトリーチェを貶めてやろうかというものであった。ディエゴが異常なまでに自身を孤立させようとしていることに、ベアトリーチェも気付いてはいた。


 だが、なぜそこまでされるのかも分からない。

 そして、無くなってしまった家族との唯一の繋がりである公爵家の断絶をチラつかせられては、ベアトリーチェはディエゴに逆らうことができなくなってしまっていた。


 いつも通り深呼吸をし、屈辱に必死に堪えるしかないのだ。



―――好きでこんな格好をしているわけではないわ。でも、今の私には……どうすることもできない。



「いいか、今日から寮生活になるが……徹底してアンナをいじめ抜け。そして、我儘に振舞い傲慢さを押し通せ。お前は私に迷惑をかけて振り向かせようとする、愚かな公爵令嬢なのだからな」


「……承知いたしました、殿下」


「ベアトリーチェ、ジルダにも聞いているだろうが……お前は常に監視されていると思えよ? 私に逆らおうとした瞬間に……リッソーニ公爵家もアンナもあの世行きだ」


「……はい」


 感情を押し殺したベアトリーチェの声が返って来ると、ディエゴは脚を戻した。


「ディエゴ殿下、門の前に到着いたしました」


「分かった」


 御者席に座っていたジルダが声をかける。

 馬車が学園の正門の前に着けられた。新入生や上級生たちの喧騒で溢れていたその場に、ディエゴが先に降りるとベアトリーチェをエスコートするように手を差し出す。


「さあ、ベアトリーチェ、気を付けて」


「ええ、ディエゴ様」


 だが、ベアトリーチェがディエゴの冷たい手を借りて馬車から一歩踏み出した瞬間、その視線は嘲笑へと変わる。


「……まあ、見て。あのスカート……」

「信じられませんわ。公爵令嬢ともあろう方が、あんなはしたない格好で……」


 嘲笑と軽蔑の波の中、ベアトリーチェは真っ直ぐに歩を進める。

 その視線の先には、待ち構えていたかのようにアンナの姿があった。


「……ベアトリーチェお姉様!」


 嬉しそうに微笑むアンナに対し、ベアトリーチェはぎゅっと眉根を寄せた。心の中に今まで聞こえなかったレベッカの声が木霊する。そして、触れていたディエゴの手に力が籠められた。


 ピンク色の髪を揺らし、春のような温かな笑顔を浮かべ駆け寄って来るアンナを遮るようにベアトリーチェは扇を広げた。


「……あなたのような卑しい娘に、お姉様だなんて呼ばれたくなくってよ。同じ場所に立っていることも不愉快だというのに。汚らわしい……」


「そ、そんな……ベアトリーチェお姉さ……っ」


「近づかないでちょうだい」


 高飛車な声を上げながら、ベアトリーチェは手に持った扇でアンナの肩を乱暴に突き放した。


「きゃっ……!」


 アンナはか弱い悲鳴を上げて尻もちをつく。

 泣きそうな目でベアトリーチェを見上げるその姿は、周囲には姉に虐げられる健気な妹として保護欲を煽るには十分だった。


「……そこまでだ、ベアトリーチェ」


 いつの間にか離されていた手と共に、凛とした声でディエゴが割って入った。

 ディエゴは地面に座り込むアンナの手を優しく取ると、国の象徴である慈愛に満ちた振る舞いでアンナを助け起こした。


「……私の婚約者が失礼したね、アンナ嬢」


「あっ、殿下……! いえ、私の方こそ急にお姉様を驚かせてしまったから……っ」


「君のせいではない」


「ディエゴ様! そんな汚らわしい娘に触れないでください!」


 そのベアトリーチェの言葉に、ディエゴは周囲を気にすることなく、冷たい眼差しを向けた。


「ベアトリーチェ、この学園では創立以来、平等が謳われている。それを国の名門でもある君が理解していないとは……。多くの生徒がいるこの場で、親族を貶すような見苦しい真似をすることは、婚約者でもある私を貶めることに等しい。その品性を疑うような服装も含め、一度考え直しなさい。……さあ、アンナ嬢。医務室へは私が付き添おう」


「……! 殿下、その娘は怪我などしておりませんわ……! いつもそうやって……」


「殿下……ありがとうございます……っ」


 ディエゴはベアトリーチェの言葉を無視し、アンナを守るようにエスコートしながらその場を去っていく。残されたベアトリーチェを待っていたのは、容赦のない嘲笑の嵐だった。


「ふふ……殿下があそこまで怒りをあらわにしているのは、初めて見ましたわ」


「自業自得ですわね。あんな我儘な姉を持ったアンナ様がお可哀想だわ」


「本当ね。それに実際は現公爵夫妻の病弱な娘だったそうよ、アンナ様は」


「そうなの? でしたら、公爵家の血は流れているじゃない。それなのに妹……いいえ、従妹とも認めていないということ?」


「そうらしいわ。あれほど可愛らしい方が近くにいるのが許せないのでしょう。本当に……惨めなお方ね」


「それに、ご自身が主役でないと許せないのよ。だからあのように制服を特注させてまで、立派な脚を見せつけたいのね。浅ましい方……」



 ベアトリーチェは人知れず、拳を固く握りしめたまま俯き、赤くなった顔を隠すように、その場を足早に後にする。


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