63、ディエゴへの報告
王宮へと戻ったベアトリーチェは、重い足取りで自室へと歩いて行く。
魔力を大量に使用したため、上手く考えがまとまらない。
「今日もドレスは渡せてる……。ニナが聖女で……公爵家の養子に……ぅっ」
「ベアトリーチェ様、殿下がお部屋でお待ちですのでお急ぎください」
「分かっています……」
ディエゴのメイドを務めているジルダが冷たい眼差しで告げる。その目は初めて会った時から変わらず、ベアトリーチェを見るなり双眸を大きく見開いた。
『……そういうこと』
今でもベアトリーチェはジルダが呟いた言葉を覚えている。それがどんな意味だったのかは知らなかったが、あの時の傷付いたような目は印象的であったからだ。
「ディエゴ殿下、ベアトリーチェ様のお戻りです」
「どうぞ」
ズキリと痛む頭を押さえながら、開かれた扉から自室へ入る。
そこには婚約者であるディエゴが、不敵な笑みを浮かべソファに腰掛けて待っていた。
ベアトリーチェはタウンハウスでの出来事を毎回帰る度に報告している。それは義務であり、今回も同じようにディエゴに習慣として告げているに過ぎなかった。
「私の侍女をしていたニナが名を変えて、アンナという名になり養女として迎えられておりました。淑女としての教育も受けていない娘が、リッソーニ公爵家の令嬢として扱われるなんて……」
ベアトリーチェの声には困惑と不安が滲んでいた。
血筋を何よりも重んじる公爵家が、雇人の娘を養女にするなど常軌を逸していると思っているのだ。それと同時に、ニナという侍女がアンナとなったことはそれほど気にも留めていない声色だった。
「あ、あの子は……私の侍女で……使用人……」
不安定に瞳を揺らし、ベアトリーチェは喉に引っかかる言葉を出そうとするが、それは出てこない。しかし、その報告を聞いたディエゴは驚く風でもなく、当然のことだと言わんばかりに鼻で笑った。
「ああ、あの女か。……まあ、順当な流れだな」
「順当? 殿下は何か知っておられたのですか?」
ふいに顔を上げたベアトリーチェに、ディエゴは双眸を弧にして見つめた。
―――初めて会った時から気付いていたさ。あのピンク色の髪……ゲームの世界でのヒロインや聖女の証のようなものだ。なんと言っても『愛は執着のみ2』のヒロインは皆、あのピンク髪なのだからな。
ディエゴの記憶は、レイカの記憶よりもより鮮明であった。
怒りと嫉妬、そして恋慕でやり始めたゲーム。
だからこそ、主要なイベントも自身の立ち位置も、全てを覚え理解していた。
「いいや、そろそろだと思っていただけさ。現公爵夫人は貪欲な女だ。お前を私に差し出したからには、きっと手元に新しい娘を置いてその者で金を稼ぐだろうとな」
「……そうなのですね」
ただし、主人公である聖女を動かす側だったため、ディエゴもスキップを何度も多用していた。そのため、学園に入る前までの状況は最初の一枚のスチルのみで、あとは文章だったため最初に見ただけだった。
―――どういう設定だったかは忘れたが、あの女は養女としてアンナを拾ったんだったか。それで……ベアトリーチェは平民の妹を『汚らわしい』と認めない。学園に入学した日に出会い、僕があの女を気に入り、構い倒すところを見せつけると……嫉妬に狂っていじめ抜く。
不安げにディエゴを見つめるベアトリーチェが、そんなことをするとは思えない。
ましてや、ベアトリーチェとアンナは仲が良かったのだ。今もどちらかと言えば、嫉妬や怒りというよりかは心配している方が勝って見えた。
―――僕が介入したことで、物語が変わってしまったのかもしれないな。さて、それだと面白くない。ベアトリーチェ、お前には協力してもらって、お前自身の手で裏ルートに入ってもらわないとな……。
背筋が凍るような、歪んだ笑みを漏らした。
「ベアトリーチェ、分かっているな? あの娘が公爵家の養女になろうとも、父上が公爵家にはお前が産んだ子供の一人に爵位を継がせると明言している」
「はい……」
「だとすると、お前がやるべきことは一つだろう? 今までのように……いや、今までよりもより傲慢な令嬢となり妹となったアンナをいじめ抜くことだ」
「殿下! 何を仰って……! あの子は私の……っ」
驚きのあまり目を見開くベアトリーチェを黙らせるように、ディエゴはテーブルを蹴り飛ばした。
滑り落ちたカップや皿が派手な音を立てて割れる。
「っ!」
「お前の頑張りがないと、あの娘は王家を謀った罪で公爵家と共に死んでもらうしかないな」
「あっ、ああ……やめてください……。今まで通り期待に応える働きをします……っ」
ベアトリーチェにとって、公爵家は死んだ両親との繋がりである。そして、アンナと名を変えられてしまった侍女は、長年共に過ごした親友なのだ。
その二つを消すと言えば、返事がどう返って来るかなど分かり切っていた。
「これからの学園生活、お前には見張りを付ける。アンナに優しさなど見せるな。いいな?」
「……承知いたしました」
ディエゴはそれだけ言い残すと、ベアトリーチェを一人残して部屋を立ち去った。
いつもはディエゴと共に一緒に去っていくはずのジルダが、今日は無表情のまま残っていた。
「本日よりディエゴ殿下よりベアトリーチェ様のお側にいるようにと言われております。入寮につきましても、学園への付き添いメイドは私が務めさせていただきます」
「そう……。よろしくね、ジルダ」
ジルダは返事をしなかった。
あくまでも自分はディエゴに雇われているということを明確にしたのだ。くすんだブロンドの前髪が目元を隠すように伸ばされていた。
ゲームのシナリオという名の呪いが始まろうとしていた。




