123、汚れた部屋
ニナの後について自身の部屋へと向かう。
その部屋もタウンハウスのホールや廊下同様に、掃除は綺麗にされておらず、部屋の中にあった多くの物はなくなっていた。
「かなり多くの物をレベッカ様が売り払ってしまわれたみたいで……」
「いいのよ、そんな気はしていたの……」
ベアトリーチェは部屋を見渡し、僅かに肩を落とした。
タウンハウスに戻ってくる前から、薄々そんな気はしていたのだ。こればかりは勝手に売り払ってしまった本人以外を責めることではない。
「これ、は……?」
ニナがクローゼットから取り出してきた服は、見慣れないシンプルなワンピースだった。
クローゼットの中にも多くの外出用のドレスや普段使いのドレスが入っていたはずだが、それもなくなっていた。
「ベアトリーチェお嬢様が戻られた時のために、私が事前に用意して、私物として私の部屋へ置いておきました。レベッカ様は一応義理の娘となったアンナの部屋は漁らなかったようで、手を付けられることはありませんでした」
「……ありがとう、ニナ。あなたには本当に助けられてばかりだわ」
ベアトリーチェはディエゴから贈られたドレスを、ニナに手伝ってもらいながら脱ぎ捨てた。
クロークの下の醜いドレスから取り外したブローチを握りしめる。
―――こんなドレス、もう二度と見たくもない。殿下がなにを考えているのかは分からないけれど、公爵家のことを考えると、私は王太子妃になれるような家の娘でなくなったことだけは確かよ。
ニナに手伝って衣服を整え終えると、ベアトリーチェは手に握りしめていたブローチをそっと胸元に着けなおした。
そのままニナに促され、ソファに案内される。
ソファに掛けられていた布をニナが外すと僅かに埃が舞い、この部屋が使われていなかったことを示していた。
「……ねぇ、ニナ」
「はい、お嬢様」
ベアトリーチェはソファにゆっくりと腰を下ろすと、絞り出すようにして声を出した。
「さっきの、ゼルヴァスの話の続きなんだけれど……あの赤い魔石のブローチのこと。あれは、本当に私の魔力を回収するための仕掛けだったのね?」
ニナは立ち尽くしたまま、グッと手に力を入れた。
握りこまれた手が震え、ニナの表情も同時に悔しさで歪んでいた。
「……あなたも隣に座ってちょうだい」
ニナはベアトリーチェの前に進み出ると、そのまま床に膝と両手をつき、深く頭を下げた。
「……本当に、申し訳ありませんでした……!」
その言葉だけで、ベアトリーチェは納得するしかなかった。
ニナが嘘を吐くわけがないのだ。これほどまでに悲痛な声を上げて頭を下げている姿を見れば、それが真実だということがよく分かる。
「……そう、よく分かったわ。ねえ、ニナ……頭を上げて。私の目を見て……?」
「は、い……」
「ありがとう。さあ、あなたの知っていることを話してくれるわね?」
「……はい。あのブローチは……お嬢様も覚えていると思いますが、私が寮にいらしたお嬢様へレベッカ様からの贈り物といって、手渡してしまったものです。ただ、当時の私はレベッカ様に逆らうほどの力はなく、何も考えずに渡してしまいました」
「それは仕方がないわ。あなたが悔やむことではなくってよ」
「卒業間近になって、ようやく私の意志で動くことができ始めました。その際に、元々タウンハウスで数度だけですが、顔を合わせたことのあるゼルヴァスの元へ行き、ブローチの正体を聞いたんです」
「……よく教えてくれたわね。だって、彼はお金が欲しかったのでしょう?」
「運が良かったんです。ゼルヴァスは今年にはこの国を離れ、隣国に旅に出ようと思っていたらしく……。もう、公爵家にかかわることもないだろうから、と」
ニナは顔を上げて眉根を寄せながら、自身の知っていることを全てベアトリーチェに話す。
真剣な眼差しにベアトリーチェは一つ一つを聞き漏らさないように頷いた。
「そうだったのね」
「はい。正直、聞いた瞬間は驚きで言葉も出ませんでした。ブローチを通してレベッカ様の祝福石の力を流し、同じブローチで魔力の回収をする。そんなことができるなんて、初めて知りました」
「……普通は、そんなこと考え付かないわ」
「そう、だと思います……。ゼルヴァスも、レベッカ様に提案された、と言っていました」
「レベッカ様に……? 何故、こんな……王宮で魔術研究をしている魔術師でも考え付かないようなことを、魔術師でもないレベッカ様が考え付いたっていうの……?」
「……それは、私にも分かりません。ただ、ゼルヴァスが言うには、レベッカ様はまるで、最初から仕組みを知っていたかのような口振りだったそうです」
「最初から知っていた……? 魔力の回収という他人から奪うことを?」
「はい。『この世界には魔術を二重にかける方法があるはずよ。私はやり方なんて知らない。だから、あなたが考えてちょうだい? なんか、こう……魔石を使って……どうにかする的な? まあ、お金なら、いくらでも出すわ』と。ゼルヴァス自身も考えは理解でき、簡単な仕組みだと思ったそうです。大きな魔石があればできることですから」
どこか奇妙で、ひどく現実味を欠いているレベッカの言葉。
―――ただし、魔石はどうしても個人で購入するには、小さなものしか売ってもらえない。中程度の魔石はその価値から、金額的にも負担がかかってしまうため、個人の小さな店では小さなものしか買えない……。
「魔石は採掘か、魔獣討伐の際のモンスターからしか採れないわよね?」
「この国では……そう、ですね。大聖女ハンナ様が愛する王と民のために、結界を張り続けてくださっている……そのおかげで国外から入ってくるモンスターはほぼ皆無、国内で繁殖している低ランクモンスターはほとんど協会の討伐隊に狩られ、大きなものは王家が管理しております」
ニナはそこで一度言葉を切り、一瞬だけ視線を彷徨わせたベアトリーチェを見やる。
ベアトリーチェ自身、王太子妃教育の中で国の内情を学んでいたため、魔石のことに関してはニナよりも知っていることは多い。
「小さな魔石では、二重に魔術を付与することができないことを知っていたのかしら……」
「それは、どうでしょうか……。魔力の回収など、普通は思いつきません。今までがそうだったように、これは命を奪う行為にもなりますから」
ベアトリーチェは背筋が寒くなるのを感じた。
魔導具の作成については、王宮に勤めるような魔術師や商売として作成している者たちが考える分野である。
それを王宮勤めをしたこともなく、決して豊かだとは言えない男爵領出身の、王立学園で魔術を専門に学んだわけでもないレベッカが考え出せるようなことなのだろうか。
―――魔術師たちが試行錯誤し、研究を重ねてようやく形にするようなことを、簡単に考えつくことは可能なの? 可能なわけがない。でも、今こうして少し話を聞けば、何故そんなことも考え付かなかったのだろう、と思えるほど単純な正解だわ……。
魔術のことに関しては、独学とはいえゼルヴァスの方がはるかに優れているだろう。
「レベッカ様が知っていたのかは分かりませんが、魔石に関してはスローポさんがいれば解決してしまいます。そのことをどこで知ったのか……。ゼルヴァスはその件を怪しみながらも、お金と魔道具への興味で開発してしまったのです」
「……私は元々魔力量が少ないとレベッカ様に言われていた。それなのに、少ない魔力を回収されるということは、命を失うかもしれなかった……」
「も、申し訳ございません……! お嬢様の思考を奪い、魔力を回収する手助けをして、お嬢様を長年苦しめてしまいました……!」
ニナは悔しさと罪悪感に肩を震わせ、泣きながら俯いた。
王太子妃教育に耐えながら、なりたくもなかったディエゴの婚約者となったベアトリーチェを助けるためとはいえ、レベッカに言われるがまま行動していた自身を責めていた。
ベアトリーチェには、ニナがどれほど自分を責めているか、その痛みが痛いほど伝わってくる。
ソファから立ち上がると、目の前で膝を突いて泣いているニナに目線を合わせるようにしゃがみ込んで、その手を優しく包み込んだ。
「顔を上げて、ニナ。あなたを責めるわけがないでしょう?」
「ですが、私は……」
「あなたがどれほど辛く大変な思いをしているか知っているのに……責めるわけがないでしょう? それとも、ニナは私がそんな薄情な女に見えるのかしら?」
「お嬢様は薄情者なんかじゃありません……!」
「ふふ、そうでしょう? なら、自分をこれ以上責めないで」
ベアトリーチェがニナの顔を上げさせ、真っ直ぐに緑色の澄んだ瞳を見つめる。
優しく微笑みかけると、ニナの瞳からさらに涙が溢れ落ちた。ニナは子供のように泣きじゃくり、それを宥めるようにしてベアトリーチェはニナを抱きしめた。
細い体が震え、嗚咽を漏らしている。
―――ごめんなさい、ニナ。あなたにも辛い思いをさせたわ……。あなたのご両親……レオナルドとシャルロッテのことも、今は聞くべきではないわね……。
何度も何度も、優しく背を撫でて落ち着かせるように顔を寄せた。
「……ありがとうございます、お嬢様……っ」
ニナの涙をそっと拭い、二人で立ち上がる。
ベアトリーチェは一度、自分の胸元に手を当てた。ブローチは今もその場にあり、冷たくて心地よい感触を与えている。
「ニナ、私は落ち着いたわ。あなたはどう?」
「はい、ありがとう……ございます。私ももう大丈夫です」
「分かったわ。ゼルヴァスたちのところへ戻りましょう。王宮でのパーティーが始まる前に……しっかり確かめなくてはならないもの」
「はい……!」
ベアトリーチェは頷いた。
この場所に設置しているヘイズ・クォーツのこと、そしてブローチのことを確認した後、今後の話をするために再度ゼルヴァスたちの元へ向かう。




