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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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116、卒業パーティー⑤【カッシオside・後】




 カッシオは自分とは違い、爽やかで涼し気な目元をした男を、上から下へと舐めるように視線を這わせた。


「お前が御者台に?」


「いえいえ、まさか、とんでもございません! 私は下級使用人でして、荷物持ちで呼ばれたのですが……。おや、荷物がありませんね?」


 男はわざとらしく大げさに肩をすくめ、ベアトリーチェとアンナを見て不思議そうに呟いた。


「あ、ごめんなさい。荷物は持ち帰らないことになって……その代わり、今日は中に座ってちょうだい」


「それは良かった! 御者台は尻が痛いですし、馬には乗れませんし、ましてや徒歩だなんてとんでもない! 私は帰りつける自信がありませんでした」


「……アンナ嬢、こんな胡散臭い男を同乗させるなど」


「どうして? 私に婚約者はいないし、他にも女性が一人いるんだから大丈夫よ!」


 カッシオの男の直感として、どうにもこの男のことを気に入らなかった。

 しかし、男が仰々しく見せたシャツのカフスには、公爵家の紋章が彫り込まれていた。それを見せられると信じるしかなく、カッシオは鼻を鳴らすに留めた。



―――ハッ。どうせ、この顔だけの男もこの女の男だろう。全く、色狂いとは言われているが、ここまでとはな。王族の婚約者が平民風情に手を出して……。まあ、そのおかげで、アンナが俺のものになるのだから、そこは感謝しとくか。



 先ほどから黙り込んでしまったベアトリーチェに、カッシオは内心嘲笑う。

 返事も反応も示さないのは、自分に恐れをなしているからだろう、と。これが罪人の正しい姿なのだから、大人しくディエゴとの婚約破棄は嫌だと尋問中に縋りつかせることを考えつく。



―――さっさとタウンハウスまで行かせるしかないか。そこで、アンナとは距離を置かせよう。アンナは優しすぎて、この女を庇う可能性もあるからな。



 本当はこんな男が乗る馬車にアンナを乗せたくはないのだが、今はベアトリーチェを軟禁先へ運ぶ方が先決だった。


「おい、アンナ嬢に変なことをしてみろ。命はないと思え」


「もちろんです! 命は惜しいですし、アンナお嬢様はお強いので、私がギタギタにされてしまいますから」


「馬鹿なことを言うな! 早く扉を開けろ!」


 カッシオは吐き捨てるように言うと、掴んでいたベアトリーチェの腕を男のほうへ向かって乱暴に突き飛ばした。


「ぁっ……!」


 ベアトリーチェの華奢な体が、投げ出されるようにふらついた。

 蹌踉めきながら倒れ込みそうになったその体を、男は軽い声を上げながら両腕で受け止めた。


「おっと」



 カッシオは手を組みなおし、男の腕の中で青い顔をして震えるベアトリーチェを見下ろして鼻で笑った。



「そうやって、今まで何人の男に媚を売ってきたんだ? 本当に見苦しい悪役令嬢だな。おい、お前も使用人だから断れなかったんだろう?」


「断れない……? 私は媚など売られておりませんが……」


「……分からないうちに媚を売ってんだよ。今もか弱い女を演じやがって。どうせもう、全てを失う……いや、失った罪人なんだから、今のうちにお前も身の振り方を考えておけよ」



 いつの間にか戻って来ていた衛兵たちも、カッシオの言葉に同調するように下卑た嘲笑を浮かべる。

 しかし、ベアトリーチェを受け止めた男は、驚いたような表情を見せた後、へらりと笑って返事をした。



「ご忠告痛み入ります。ですが、いくら罪人とはいえ、か弱い令嬢……しかも、お仕えするお屋敷のお嬢様を地面に転がすなど、とてもではありませんが、私には……! 私共のような下男は、ただ主人の命令に従うだけです」


「……チッ、へらへらといけ好かねぇ男だな」


「……カッシオ様、さっきからどうかしたの……? 何か怒ってるみたいだわ……」


「アンナ嬢、違う……いや、違わないのだが、この男には気を付けてくれ」


「ふふふ、やだ、カッシオ様ったら。大丈夫よ」


「アンナ嬢……君は優しすぎるんだ。まあ、いい。おい、使用人、さっさとその女を中に入れろ」


「承知いたしました」


 ベアトリーチェが彼らの罵倒に何も言い返さず、男にエスコートされるまま促されて、静かに馬車の中へと乗り込んだ。男の手に乗せた指先が僅かに震えていることに気付き、カッシオは気をよくする。



―――今はやりの本ってやつを俺は読んでねぇけど、噂だけはよく聞く。未来への不安から震えるなんて、存外可愛いところもあるもんだな。



 ベアトリーチェが中に消えたのを見届けると、アンナが少しだけ笑ったような気がした。

 振り返るとアンナは特に笑っておらず、逆にしおらしく溜め息を吐いて周囲をぐるりと見渡して声を上げる。


「カッシオ様、そして、この場にいる皆様……。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「アンナ嬢、君が謝る必要などどこにもないだろう? 悪いのは全てあの女(悪役令嬢)なのだから」


「カッシオ様……。では、私も行きますね。卒業パーティーでエスコートしていただけなかった分、今、私のエスコートをしていただけますか?」


 アンナは愛らしく小首を傾げると、カッシオに向けてそっと手を差し出した。


「え……? あ、ああ、喜んで」


 先ほどの、ホールに連れてくるまでのエスコートとは違うアンナの雰囲気に、カッシオは胸を詰まらせる。大勢の前で、愛する人の手を取れる喜びだった。


 カッシオは乱暴に突き飛ばしたベアトリーチェに触れるのとは違い、壊れ物に触れる時のように優しく手を差し出す。愛する人に触れる喜びと、自身を望んでくれたことに対する感情で汗がドッと噴き出す。

 アンナの柔らかい手の温もりを感じながら、そっと馬車の中へと導いた。


「……アンナ嬢、またあとで」


「はい、カッシオ様」


 御者台に座る男が現れ、扉へ手をかける。

 パタン、と馬車の重い扉を閉めると、カッシオに向かって頭を下げた。


 ぼんやりとした、覇気もなく根暗そうな表情にカッシオは肩を窄めた。



―――あの使用人といい、あの御者といい……公爵家にはまともな男はいないのか。全く……。



 カッシオが気付いたころには、使用人の男は馬車に乗り込んでいた。

 なんとなく気に入らなかったが、かなり時間も経過しており、尋問の時間も考えなければいけなかったため、その件に関しては目を瞑ることにした。


「カッシオ様、それでは行きますか?」


「ああ、そうしよう。俺が馬車の近くを走るから、後ろと前の警護を」


「はい」


 カッシオは満足げに頷くと、自らの馬へと歩みを進めた。

 馬車の窓にはカーテンがされており、中を覗き見ることはできない。ディエゴが普段乗る馬車もこのような形のため、特に気にとめることもない。



―――さっさと終わらせて、殿下にあの女(悪役令嬢)を渡して……俺はアンナに気持ちを伝える。まあ、伝えなくても恐らく一緒だろうけどな。今までの感じで、全然分かる。アンナを本当に幸せにできるのは殿下じゃないってことがさ。



 馬車の速度に合わせ馬を走らせる。

 ディエゴの護衛としてではなく、聖女アンナの護衛をしている自分の姿にカッシオは酔いしれていた。

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