115、卒業パーティー⑤【カッシオside・中】
少し長くなったので、中・後に分けます。16時以降にもう一つ上げます。
絵本の中の勇者のように馬に乗る姿。
「……っ」
その言葉にカッシオは胸に甘い痛みを感じて、言葉を詰まらせた。
―――アンナ……! 君も俺と同じことを考えてくれていたのか! 勇者が魔王を倒した時の街をパレードする姿。今、ホールから学園の門まで歩く俺たちの姿を、君もそう思ってくれていたのか……。ああ、やはりあの勇者は殿下ではなく、俺だったんだ。あの絵本の勇者の横には、聖女が微笑み立っていたが……。
「まさに君じゃないか」
「カッシオ様……?」
気遣ってくれるアンナの優しさに、独占欲と忠誠心が揺さぶられる。
「……分かった。アンナ嬢がそう言うのであれば、俺は馬で並走し、君を護衛しよう」
眉根を寄せて、表情だけでも渋りながらも承諾した。
カッシオの返答を聞くや否や、ディエゴから預けられた数名の衛兵たちが準備のために散っていく。
―――元々は王宮にこの女だけを連れて行く手筈だったから、こちら側に馬車を用意していなかったが……まさか、公爵家が用意しているとは……。しかし、何故こんな馬車を用意していたんだ……?
手際よくカッシオと自分たちの馬を借りに行く衛兵を見送りながら、カッシオは質素な馬車を見やる。
ディエゴたちの計画では、ベアトリーチェは卒業パーティーを途中で退席させ、そのまま王宮の塔へ連れて行く予定であった。
複数人の行動ではなく、ベアトリーチェにマントを被せ、カッシオが一人で馬で運ぶ予定だったのだ。そのため、複数人乗るための馬の用意などしていなかった。
―――予定外だったが、学園にも馬はいる。衛兵でもすぐに借りれるだろう。
学園には馬術に関する訓練のために馬も飼育されており、借りるのは簡単である。
偶然にも扱いやすい馬も多い。
「さっきからカッシオ様、なんだか難しい顔をしてるわ」
「……いや、公爵家が馬車を用意していることに驚いていたんだ」
「あぁ……そうだよね、驚いたよね」
「ああ。君のような聖女が乗って帰る馬車が、このようなあまりにも……その、質素な馬車なのかと思ってさ」
「……私もこんなことになるとは思っていなかったの。だから、王家主催の祝賀パーティーには、殿下からいただいたこのドレスではなく、もっとシンプルなドレスに着替えたかったの。寮にドレスは置いてなかったから、一度公爵家のタウンハウスに戻ろうと思っていたの」
「……殿下からいただいたそのドレスを……脱ぐ、と?」
「え? ええ、もちろん。だって、ディエゴ様の婚約者は私ではないし……。誤解されてはいけないでしょ?」
冷たい視線を下へと落とし、カッシオは自分の中の答えに辿り着いた。
―――アンナは殿下のことを好いているわけではなかったのか! それなら、俺が諦める必要など、ないじゃないか……! この馬車もどうせ、公爵家からの嫌がらせに決まっている。この女が、公爵家でもアンナを虐めているに違いない。この女さえいなくなれば……アンナが公爵家に縛られることはない。そして、殿下にも……。
仄暗い感情が、ふつふつと胸の底から浮かび上がる。
この女を公爵家に着いて尋問する際に、手違いを起こさせる案が浮かぶ。きっとアンナもそう望んでいるはずだ、と。
「ア、アンナ嬢……君だけは寮母だけでもいいから、声をかけておいたほうが良い」
「どうして?」
「寮を引き払うのは卒業して数日以内だろう? 今回、殿下のご意向でこのようなことになってしまったとはいえ、寮母に話を通しておけば荷物を捨てられることもないだろうから」
「あ、ああ、そうですね。では、リッソーニ公爵家の荷物は置いてもらえるように、伝えてきます!」
「ああ、それがいい」
カッシオはこの場から一度アンナを離した。
そして、掴んでいる腕を自身の体に引き、ベアトリーチェと体を密着させて耳元まで顔を近づけた。
「おい、ベアトリーチェ。お前の名を呼ぶのも嫌になるな。しかし、タウンハウスに戻ったら解放されると思うなよ?」
「…………何をっ」
「誰が話していいと言った。お前にはたっぷりと聞きたいことがある……。そして、殿下との婚約破棄を撤回させてやる」
「…………い!」
「おいおい、不敬だぞ? 嫌だなんて言わないよな? お前はそれだけ多くの問題を起こし、世間を騒がせているんだ。その責任はお前が殿下と添い遂げる以外に方法はないだろう?」
カッシオは空いている手で、ベアトリーチェの髪を掬う。
その時、馬車の横からひょっこりと、一人の男が姿を現した。
「おや、これはこれは、気付かずに申し訳ございません」
「いいのよ。点検をしてくれていたのね、ありがとう」
「ア、アンナ嬢……戻って来ていたのか」
音もなく戻って来ていたアンナにカッシオは驚き振り返る。
いつも通り微笑んでいる姿に、先ほどの話を聞かれたのではないかと鼓動が早くなっていく。
「はい、たった今ですけど……。あれ? 髪の毛どうかしたんですか?」
「い、いや? 髪が暑いと言ってきたから少し動かしていただけだ」
「まあ、ありがとうございます。でも……こんな人前でそんなことをするのは駄目ですよ」
「ああ、気を付けるよ……。そ、それよりお前、何をしている」
「お嬢様が乗りますので点検を……って、おや、ベアトリーチェお嬢様も?」
「ええ、そうなの。少し……色々あって」
人当たりの良さそうな男が笑顔を浮かべながら、馬車の車輪を点検していた手を止めて三人の前にやってくる。
カッシオから見ても、その男の顔は涼やかな美丈夫だった。とても馬車を扱う人間には見えず、怪しむように男を睨みつける。
「お前……本当に点検をしていただけか? その馬車が公爵家所有のものと知って、触れているのか」
威圧するように、少し強めの口調でカッシオが問うたが、男は気圧されるでもなく、平伏するでもなく、笑顔を崩さずに返事をした。
「ええ、もちろんです。アンナお嬢様をお迎えに、公爵家からやってまいりました」
線が細く、軟弱そうな男に御者が務まるのかと、カッシオは不快げに鼻を鳴らし、男を上から睨みつけた。




