114、卒業パーティー⑤【カッシオside・前】
明日は昼に更新予定です。15時過ぎぐらいに。
美しい金色の髪が、自身が不意に強く押すたびに揺れ動く。
後ろ手に掴んだ手をわざと前に押し出すと、細い体がつんのめり、背面が大きく開いたドレスから、その背が見える。
「おい、早く歩け!」
その背を忌々しげに睨みつけながら、カッシオは乱暴に口走った。
騒がしいホールを後にして、公爵令嬢であるベアトリーチェを罪人のように周囲の目につく場所を通り、学園の門まで向かって歩いていく。
「お前が悪役令嬢などという不名誉な名を付けられなければ……いや、行いをしなければこんなことにならなかっただろうにな」
「カッシオ様……お願い、あまり乱暴には……」
「あ、あぁ。すまない、アンナ嬢……。ついカッとなってしまった」
ベアトリーチェは抵抗する気力すら失ったのか、ただ俯きカッシオの前を歩く。
アンナはベアトリーチェを心配するような声をかけるが、カッシオはそれすらも優しい聖女の言葉としてしか受け取らない。
ホールを出て学園の敷地内を進み、正門へと向かう。
まだ夕方になる前の時間帯のため、在校生たちの多くが行き交っている。
卒業パーティーに参加していない在校生たちは、突然現れた公爵令嬢とカッシオ、その後ろに控えている衛兵たちの姿を目にし、周囲が騒々しくなっていく。
「おい、見ろよ……あれ、ディエゴ殿下の婚約者のベアトリーチェ様じゃないか?」
「え? なんだか罪人のように……? 今日は卒業式だったのに……」
「あ、あれよ! お姉様方がずっとあの方に嫌がらせをされていたって話じゃない。だから、三年生の寮は凄かったそうよ」
「そうなの? 学年ごとに寮が違うから、知らなかったわ……。でも、中庭で聖女様に水をかけたり、叩いたりしたって聞いたことあるわ」
「私もよ。それだったら……もしかして、悪事が全部バレたんじゃない!?」
嬉々として話す在校生たちは、先ほどホールでなにが行われていたのかを知らないため、ここでもまた噂が広まっていく。
だが、そのことを訂正する者や否定する者もおらず、ベアトリーチェが口を開こうとしても、後ろからカッシオが牽制してくるのでそれも難しいことであった。
「ほら、あのドレスを見て。本当にあの本に書いてあった通りだわ。なんて品性のない……」
「じゃあ、あの本に書いてあったことは本当で、聖女様を虐めて、不義を働いたっていう……そして……ふふっ」
「信じられない。あんなに傲慢に振る舞っておいて、最後はこれかよ」
「え、これって王宮の塔で尋問されるんでしょう? だって、学園の前に……」
ひそひそと、容赦のない陰口が囁かれる。
それは陰口というには大きく、だが、面と向かってと言うには小さいものであった。
カッシオはその声を背に受けながら、ベアトリーチェが多くの者から蔑まれているところを見ると、己の胸の中にある何かが満たされていくのを感じていた。
ディエゴに拾われ、文字を学ぶために弟たちと読んだ絵本。
勇者が魔王を倒し、街中をパレードする挿絵があった。
今がまさにその挿絵と同じような状況であることに、カッシオはゾクリとするような喜悦に浸る。自分が正義であるようなこの雰囲気が心地良いことに、初めて気付く。
―――いつもはこの雰囲気……いや、この空気を殿下が一人で味わっているのか。
カッシオは、今までディエゴやアンナを守っていた自分への称賛の声が少ないことに対する不安を、この時初めて感じた。
―――いや、アンナはいいんだ。彼女は俺が守らなければいけない、愛おしい存在だから。しかし、ディエゴ殿下は……様々な能力を持っていると聞くから、彼は自分自身を自分で守れるだろう? なのに、何故俺が守っているのに、殿下ばかりが称賛されるんだ?
不意に気付いた昏い感情が、靄のように胸の中に蠢く。
隣を見れば、アンナが不思議そうな表情でカッシオを見上げていた。
「カッシオ様?」
「……あ、いや、何でも……」
「カッシオ様がいてくださって、本当に良かったです。私だけはカッシオ様の頑張りを見てますよ」
ふふ、と微笑みを零しながらアンナは笑う。
その姿は聖女を通り越して、カッシオには女神のように見えた。
心臓がいくつあっても足りないほど、破裂しそうなほど激しく動く。やはり、アンナという存在が、この国にとって、掛け替えのないものに違いないと思った。
そんなことを考えていると、周囲の視線も言葉も感情も、全てが聞こえなくなっていた。
学園の門の前に到着した瞬間、カッシオは思わず足を止めた。
「……なんだ、これは」
門の前に待機していたのは、公爵家が所有している馬車の中でも、公爵令嬢や聖女が乗るとは思えないほどのものだった。
飾り気のない、質素な馬車。
リッソーニ公爵家の紋章も入っていない。
ぴくぴく、と目の周辺の筋肉が痙攣を起こしているのが分かる。
「……っ! 公爵家はアンナ嬢を馬鹿にしているのか!? いくら罪人を運ぶためとはいえ、こんな粗末な馬車にこの女と共にアンナ嬢を乗せられるか!」
カッシオが怒りを露わにして声を荒らげる。
同様に衛兵も怒りに顔を歪ませている。隣を歩いていたアンナが困ったように眉を下げて、カッシオの袖を引いた。
「カッシオ様、怒らないでください。今日は夜からの王家主催の祝賀パーティーに、公爵家のお義父様、お義母様が参加しますので……。そちらで使用するためいつもの馬車は出払ってしまっているのです」
アンナの言葉にカッシオは、眼前で背しか見えないが俯いているベアトリーチェの体を強く押した。
「っ!」
つんのめりながらも、肩がピクリと小さく反応する。
だが、ベアトリーチェは何も言わず、固く唇を噛み締めたままだった。
「アンナ嬢……君は被害者なんだぞ? こんな扱い、俺は納得がいかない」
「いいのです。それに……」
アンナはカッシオを見上げ、潤んだ瞳で優しく微笑んだ。
「公爵家がこうして馬車を寄越してくれただけで、私は大事にされていると思いますから!」
「だが、これでは……」
「カッシオ様、心配してくださりありがとうございます。私、嬉しい……。でも、カッシオ様は馬で来てください。この馬車は軟禁する者を運ぶ馬車。公爵家の所有ですので、お義父様とお義母様の許可なく、婚約者でもない方と一緒に乗るわけにはいきませんので……」
「いや、それでは護衛としての意味がなくなってしまう」
「そんなことはないわ! 私はこんな粗末な馬車の御者台に、カッシオ様のような素晴らしい騎士に座っていただきたくないの! カッシオ様の正装……とってもかっこいいんだもの……。だから、嫌だわ……御者台なんて……かっこいい騎士様は、絵本の勇者様のように、馬に乗るのがかっこいいもの」
あまりにも清々しく、愛らしい笑顔にカッシオも衛兵も、さらには周囲の者たちも、皆が呆けるほどであった。
―――なんて可憐なんだ……。ああ、この笑顔を俺だけのものにしたい……。アンナもそれを望んでいるはずなんだ。殿下とアンナが結婚することが、アンナにとって一番の幸せだと思っていたが、それは勘違いだったのではないだろうか……。いや、きっとそうだ。アンナだって、こんなにも俺だけを見て、俺のために動いてくれている。殿下よりも……いや、殿下なんかにアンナを渡すべきじゃないんだ。
エピソードタイトルに【前】をつけ忘れていたので、つけました。




