113、卒業パーティー④【ディエゴside・後】
「フ、フローラ様、あなたはそれでよろしいのかしら!? 逃げるかもしれませんのよ!?」
叫びながら間に入ってきたのは、先ほどまで糾弾する令嬢たちの中心にいたピリアンヌだった。
「……よく考えてみてちょうだい。この女の罪は……もう暴かれているのよ? それなのに、タウンハウスに戻る? 軟禁する? それって必要なことなのかしら……?」
ピリアンヌは、アンナの提案に納得していなかった。
折角ここまで追い詰めたのに、このままではベアトリーチェに逃げられるかもしれないと騒ぎ立てる。その声色には、今ここで白状させるべきだという非難も交じっていた。
ピリアンヌはディエゴが告げた、王宮での尋問も本当はする必要はない、と思っているのだ。
この場でドレスを剥ぎ取り、下着すらも捨てさせて、罪人以下の扱いをしたい。
美しいと称賛される体に奴隷の烙印を押し、惨めな思いをさせて絶望を味合わせたかった。
「ピリアンヌ様……それはどういうことでしょうか? アンナ様のお考え……いいえ、アンナ様の優しさや、殿下の慈悲深さを無下になさるというの?」
フローラはきょとん、とした表情で不思議そうに尋ねた。
「えっ? い、いいえ……そういうわけではありませんけれど……。み、皆様もそれでよろしいのかしら? 納得していて? ベ、ベアトリーチェ様をあの本のように……いえ、罪を認めさせたいと思っているのではなくて?」
ピリアンヌの言葉に男も女も関係なく、心が揺れる。
大勢の頭の中には、『不遇令嬢は実は聖女で、溺れる王子を真実の愛へ導く』の最終巻の挿絵のシーンが思い浮かぶ。
見たい、見たいに決まっている、と誰か一人が言えばその言葉に続けるのに、と。
「見たい……」
誰かがそう言った瞬間、大勢が一斉に口を開きかけた。
しかし、その声は出ることはなかった。
「ピリアンヌ様、あなたがそれを見たいのね?」
先ほどまでの甘えた声などではなく、凛とした強い意志を持った声に、その場にいる者たちは背筋を伸ばした。それほどまでに威圧的な声であったのだ。
「え? ア、アンナ様?」
「この学園には娯楽が少なかったですもんね。でも……世の中、物語のお話のようなことは、なかなか起こらないのです。まさか、皆様……あの本の中の悪役令嬢のように、公爵令嬢であるベアトリーチェ・ソフィア・リッソーニを陥れたいとお思いなのかしら? ピリアンヌ様のように」
侯爵令嬢が、公爵令嬢を陥れようとしている。
アンナは暗にそう告げたのだ。
周囲は強く首を左右に振る者や、扇で顔を隠す者、そしてあからさまにピリアンヌから距離をとる者もいた。
「ア、アンナ様! 私はそのようなことは……考えてなど……!」
「あ、そうだったんですか? 良かった! ピリアンヌ様ってば、公爵家を目の敵にされている発言が節々にありましたので、何か恨みでもあるのかと……」
「う、恨みだなんて……」
「ああ、私も今はリッソーニ公爵家の娘ですので、なんだか気になってしまって。勘違いならそれで良かったです!」
「あは、あははは……おほほほ……」
ピリアンヌは笑うしかなかった。
それ以外の方法でこの場を切り抜ける術を知らなかった。
何も知らないただの純真無垢な聖女と思っていたアンナから、反撃されるとは思ってもいなかったのだ。
フローラが手を叩き、明るい声で空気を変えた。
「ピリアンヌ様の誤解も解けて良かったですわ。私も聊か驚きましたわ。まさか、ピリアンヌ様がアンナ様のご実家になった公爵家を、悪く言うはずありませんものね?」
「と、当然よ!」
「ええ、ええ! 良かったですわね、アンナ様」
「はい。理解していただけて、嬉しいですっ!」
「アンナ様の願いに異を唱える者なんて、この場にはおりませんわ。それに、タウンハウスへの護衛兼監視はカッシオ様という素晴らしい騎士にしていただければ、きっと心配ありませんわ」
「お、俺が監視!?」
「カッシオ様しか、信用できません。駄目でしょうか……?」
アンナはディエゴから離れると、カッシオへと近付いた。
うるり、と目に涙をためて、愛らしく小首を傾げる。
皆の前で捕らえたベアトリーチェの腕を離すこともできず、カッシオはただ頷いた。
「……あ、ああ、任せてくれ」
「ありがとうございます!」
「殿下、よろしいでしょうか?」
「…………ああ」
「では、決まりですね。監視としてタウンハウスの門の前に、カッシオ様が立っていれば一安心ですわね。人間どころかネズミだって逃げられるはずありませんもの」
「なるほど、流石フローラ様ですわ!」
「フローラ様こそ、やはりアンナ様の一番の理解者ですわね」
「本当! 自分のことばかりではなくてね」
ピリアンヌを見る目が、地位の高い者を見る目からそれ以下へと変わる。
悔しさのあまり、ピリアンヌは持っていた扇に力が入る。
爪が手のひらに食い込み、血が滲む。少し前まではアンナの友人としてこの場にいたにもかかわらず、たった数分でその地位はなくなっていた。
―――侯爵令嬢すら、陥れる……か。この女、本当に聖女なんかじゃないな。ベアトリーチェより、こいつのほうが悪女らしい悪女じゃないか。
ディエゴが息を吐く。
全てが、アンナの手のひらの上で転がされている。
まるで、自分さえも、と思いはしたがそれも当然か、と思った。
―――この物語の主人公は、ヒロインであるアンナなんだからな。だが、それでも、このゲームは俺の世界でもある。今も上手くいっているということは、チートは効いているようだしな。問題ないか。
ベアトリーチェは訳の分からない状況に、瞬きをするのみだった。
しかし、まだ顔色は青く、ディエゴが自身を見据えていることに気付くと、絶望の眼差しを返してくる。自分を見上げてくるベアトリーチェの赤い瞳を見つめながら、ディエゴは決断を下した。
「……分かった。カッシオ、フローラ嬢の言う通りにするように。このまま、ベアトリーチェを公爵家のタウンハウスへ連れて行け。同時に、アンナも一緒の馬車に。今は王宮から騎士を呼ぶことはできないが、この場にいる者の数名をお前に預ける」
「アンナ嬢も一緒に……? 危なくはありませんか」
「アンナ嬢の頼みだ。いいか、タウンハウスに戻ったら、一歩も外へ出すな」
「は、承知いたしました」
カッシオがベアトリーチェの腕を乱暴に引く。
「っぅ!」
ディエゴは、絶望に耐えながら背中を押され歩いて行くベアトリーチェの後ろ姿を見つめる。
もうすぐこの手に堕ちて、自分だけのものになるのだという歪んだ愉悦に自然と笑みが零れた。
狂い始めたシナリオが、いつのまにか帳尻を合わせるように元へ戻っていこうとしている。
やはりこの世界は、自分のためにあるのだと実感する。でなければ、アンナという転生者が現れ、二つのルートを同時に迎えるなど、本来であれば不可能だからだ。
―――アンナが転生者だったとはな……。全く気付かなかった、ただの無知な女だとばかり思っていた。しかし、ルートを二つ行こうなどと、面白いことを言ってくれたもんだ。少しずつ、ストーリーにズレがあるとは思っていたが、こんな風に元に戻っていくとは思いもしなかったな。
ベアトリーチェの隣にアンナが並ぶ。
その姿は、本当に姉を慕う妹のように穏やかな光景に見える。
―――フッ、カッシオがベアトリーチェの腕を罪人のように扱ってなければ、仲の良い姉妹にしか見えないな。
「ベアトリーチェ様……さあ、私たちのおうちに帰りましょうね」
優しげに響く聖女アンナの声を聞く者は、ホール内にはいなかった。




