112、卒業パーティー④【ディエゴside・中】
前後にするつもりが、思いの外区切りが悪く、書き足していたら前中後になってしまいました。
19時以降にもう一つアップします。
「っ!」
ディエゴの全身の血の気が一瞬で引いた。
心臓は先ほどからこれ以上はならないと思えるほど早鐘を打っていたが、それどころではないほどの衝撃が胸に走り、ディエゴは目を見開いて視線だけでアンナを見据えた。
―――こいつ……こいつも転生者か……!?
その言葉は、この世界の住人が絶対に知り得るはずのない単語だった。
前世の乙女ゲームの知識を持っていなければ、絶対に口にできない言葉。
ディエゴが驚愕のあまり声を失っていると、アンナは誰にも表情を見せずに小声で話を続けた。
「驚かないでください、ディエゴ様。顔に出てます。私の狙いは……カッシオルート……と言えば分かってくれますよね?」
「カッシオ、だと……?」
ディエゴの顔は心配している表情を浮かべているが、目元は痙攣している。
周囲の貴族たちは二人は友情よりも上の感情で結ばれており、未来を話していると思っていた。だからこそ、勘違いの言葉が多く囁かれ、人数が多くなるほどにざわめきも酷いものとなった。
ベアトリーチェの体は、自然と震えていた。
「おいおい、悪役令嬢様がこの後どうなるのか、恐れ震えてるぜ。あんなドレスを着ておいて、震えるなんて……寒いんだったら温めてあげましょうか? なんてな!」
「この後どうなるかなんて……なあ? 大体、今のあの姿だって、男に助けてもらうための演技だろうさ」
「殿下に愛されないからって、複数の男に手を出していたという噂も、あの姿を見ればそうとしか思えないな」
「本当ね。わたくしも……同じ女として、はずかしいわ。だって、あの姿……本当に路地裏の娼婦のようで、情けないわ」
「でも、今日起こったことってあの本に書いてあった通りじゃない?」
「ええ、確かにそうね。だったら、アンナ様が一度一緒にタウンハウスに戻られても、その後引き渡されるって……そういうことよね?」
「ふふっ。そういうことでしょ? 悪役令嬢は身分を剥奪されて、美しい装いを奪われ……ああ、これ以上は私の口から、とてもじゃないけれど……」
くすくす、と悪意に満ちた言葉と嘲笑が木霊する。
しかし、ディエゴはそんなことを気にする余裕もなかった。
―――カッシオルート……ふざけるな……。そんなルートに進ませるわけにはいくかっ!
ディエゴの脳裏に、その最悪の結末が蘇る。
ゲーム内のシナリオでベアトリーチェは、断罪された後、全ての身分を剥奪されて国外追放処分になる。着の身着のままなどという優しいものではない。美しいドレスも、高価な宝石類も、そして手入れされていた髪は切り落とされて、惨めな姿で国境の外へと放り出されるのだ。
そしてその後、暴漢なのか、魔物なのか、行方不明になったことが描かれたスチルには、金色の髪が血だまりの中に浮いているものが描かれていた。
『これ以降、二度と歴史の表舞台には現れなかった』と横に書かれ、画面は黒くなる。
一方でアンナは、騎士団長となったカッシオと結婚し、子を何人も成し、国王になるディエゴを支えるという、ハッピーエンドで幕は下りる。
―――何が、ハッピーエンドだ! それは俺にとっては、幸せでも何でもない! 最悪のバッドエンドだよ! あ、あぁ、いかん……私、僕、俺……あああ、ああ! 考えがまとまらん!
目の前が赤くチカチカと点滅する。
この女を止めなければ、そう、殺してでも。
「ディエゴ様、早まらないでね?」
「…………」
「ディエゴ様にとって、カッシオルートは最悪よね? ベアトリーチェ様がいなくなってしまうから……。ベアトリーチェ様を自分の手元に閉じ込めて、子を成させて、本当は私に見せびらかしたかったんでしょう? でも、カッシオルートじゃ、それはできない……。大団円監禁ルートが潰れてしまうものね?」
「お前、それを知っていて……!」
「怒らないで。私はお互いの利益のために相談したかったの」
アンナの瞳に、ぞっとするような昏い光が宿る。
「……相談?」
「そう、本当はもっと早く相談したかったのだけど、私には……たくさんお友達がいるから……なかなか抜け出せなくて、当日の相談になっちゃった」
ディエゴは自分たちの背後にいるフローラと、そしてベアトリーチェを確保しているカッシオを見る。
そして、鼻で笑った。
「他にも素晴らしいお友達がいるしな」
「……二つのルートを合わせればいいのよ」
「……どういうことだ?」
「大団円の監禁ルート、そして私が望むカッシオルート。二つを同時に成立させるの。私は将来、国王となるあなたを支える王太子妃になる。もちろん、ディエゴ様と夜をともにすることはない。それに、あなたも嫌でしょ? カッシオには私の愛人……護衛騎士になってもらうの。そして、悪役令嬢はあなたの部屋の隠し扉の裏で、あなたの執着という名の愛に溺れて、子供を産み続けるお人形になる」
アンナはくすりと、声を出さずに笑った。
「…………」
「私はね、将来あなたに連れられてくる子供を、なーんとも思わないわ。むしろ、私の子供として都合よく利用してあげる。この意味……分かりますよね? ディエゴ様」
「時期を合わせるつもりか」
「もちろん。だって、私のお腹が膨らまないのはおかしいでしょ? きっと彼なら何も言わずに育ててくれるわ」
―――この女、狂っている……! いや、当然か……こんなゲームをやっていたんだからな。
ディエゴは背筋に凍りつくような恐怖を覚えた。
アンナは聖女などではない、と確信した。
大団円ルートに進めば、ベアトリーチェは肉体的にも精神的にも完全に破壊されることは、過去の運営の話やスチルで分かり切っていた。
あんなにも『姉』と慕っていた令嬢を、切り捨てることができるなんて。
しかも、その上で自分たちの幸せのために利用しようとしているのだ。
―――ああ、だからあの時……俺が贈ったドレスをベアトリーチェが奪い取ろうとしたときに笑っていたのか……。この後、どうなるかを知っていたから。アンナ、お前という女も、酷く歪んだ女じゃないか。
ディエゴの歪んだ独占欲が、アンナの提案を受け入れろと訴えかけている。
カッシオルートが進めば、ベアトリーチェは国外追放され、自分の手の届かないところで死ぬ。
そんなことは絶対に許せるわけがない。ベアトリーチェを手に入れ、屈服させるためだけにこの世界を生きてきたのだ。
―――今は、アンナの提案を受け入れるのがベストか。俺に……いや、私に悪いところが何もないからな。それどころか、ベアトリーチェを檻の中に一生縛り付けておくことができる。そして、望むがままに子も…………。
ディエゴはゲームのスチルを思い出す。
虚ろな表情を浮かべ、微笑んでいる金の髪の女性。その手には赤子が抱かれ、周囲には年の近い少女が数人笑顔を浮かべて立っている。
その後ろには、国王となったディエゴと王妃になったアンナ、そして学園の制服を身に着けている少年の肖像画。
葛藤することなど、何もなかった。
ディエゴは僅かに頷いた。
「いいだろう。お前の提案に乗ってやる。だが、私を裏切れば……」
「馬鹿なことは言わないで。私もあなたも転生者……協力し合えば、良い未来が来るんだから」
フン、とディエゴが鼻を鳴らす。
アンナはフローラへと合図を送る。
この間、どれほどの時間だったかディエゴには分からない。だが、周囲はそれほどこちらを気にすることなく、面白おかしく話し続けている。
再び周囲の令嬢たちを宥めるように、フローラが一声上げて、場を仕切り始めた。
「皆様、これ以上の混乱は学園にも迷惑が掛かってしまいますわ。一旦、アンナ様が仰られた通りに、ベアトリーチェ様は公爵家のタウンハウスへと……」




