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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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112/142

111、卒業パーティー④【ディエゴside・前】

本日、15時以降にもう一話アップさせていただきます。




 アンナの悲鳴のような声がホールに響き渡った瞬間、ディエゴは驚きで腕の中にいるアンナを見やった。


 ピクピク、と口角が痙攣を起こしているのが、自分でも分かる。


 腕の中でディエゴに縋りついているアンナの緑色の瞳には、大粒の涙が溜まっている。

 その健気な姿に周囲の生徒たちは一瞬で静まり返り、何事かと息を呑んだ。


「あ、アンナ嬢……?」


 ベアトリーチェを押さえつけているカッシオも、驚きを隠せずにその動きを止めている。

 そして、一番に声をかけた。

 未だに主であるディエゴも何も言えずに固まってしまっているため、アンナの考えを知るために声を出した。


 同時に、カッシオに後ろ手のまま連行されそうになっているベアトリーチェも、信じられないものを見るかのように目を見開いてアンナを凝視していた。



―――何だ? 一体何が起きている……!? 何故、アンナは止めに……!? お前は聖女らしく余計なことを言わずに、黙って俺の言うことを聞いとけよっ。



 ディエゴの背中に、じっとりとした嫌な汗が伝う。


 この断罪劇は、全て『原作通りの完璧なシナリオ』の通りに進んでいたはずだった。

 ベアトリーチェを徹底的に追い詰め、誰の助けも得られない状況にし、絶望へと叩き落とす。そして周囲の負の感情を限界まで煽り、婚約破棄をする断罪シーン。


 ベアトリーチェを誰の目も届かない秘密の場所に監禁し、永遠に自分のものにする。

 そのために、傲慢に振舞わせ、わざと嫌われるようなドレスを着せ、徹底して我儘な悪役令嬢を演じさせてきたのだ。



―――だというのに……! ここまで来て、このクソ女……俺の邪魔をする気か!?



 ゲーム通りの、自分が望んだ大団円(ハッピーエンド)を迎えるために、ここまでやってきたというのに。



―――舞台の上の人形に過ぎないはずのアンナ(ヒロイン)が、急に感情を持ちやがって……! 台本(シナリオ)にない行動を起こすんじゃねぇよ!



 ん、と一度喉を鳴らし、ディエゴは問いかける。


「……アンナ、一体どうしたというんだ? 君がこの女を庇う必要などないだろう? ああ、そうか……。ベアトリーチェに脅されているんだな?」


 ディエゴが戸惑いを押し殺して声をかけると、アンナは涙を拭い、輝く瞳で周囲を見回した。

 その表情に、先ほどまでの怯えた少女の面影はない。



 聖女と呼ばれることが相応しいほど、純粋な輝きを目に宿していた。



「ディエゴ様、カッシオ様、そしてこの場にいる皆様……! 私の話を聞いてください! ディエゴ様の婚約者である公爵家の人間(ベアトリーチェ)が私を虐げ、多くの令嬢を傷つけ脅迫し、不義を働いたというのなら……それらは公爵家の人間でもある、私にも関係があると思うんですっ」


 アンナは一歩前へ出ると、カッシオが押さえつけるベアトリーチェを見下ろしながら、決意したような目をぎゅっと瞑り、口を開いた。


「私も公爵家の人間です! 私にも取り調べをしてください!」


「な……っ!?」


「いくら何でも、アンナ様は関係ないのでは!?」


「だが、公爵家の人間と言えば、確かにそうだな……いや、それが正しいのか?」



 その場にいた全員に衝撃が走る。


 まさか、虐げられていたアンナがそのようなことを口走るとは、誰も思っていなかったからだ。

 カッシオが慌てて声を荒らげた。



「アンナ嬢、何を言っているんだ!」



 ディエゴもまた、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。


 心臓が早鐘を打ち、初めて感じる胸のざわつきを覚えながら、逃がさないようにアンナの両肩をがっしりと掴んだ。


「あ、アンナ……それは、必要はないだろう? 君はただの被害者だ。取り調べなど受ける必要はどこにもない。誰も君を疑っている者はいないのだから」


「いいえ、お話したいことが沢山あるのです。ベアトリーチェ様がどのようなお気持ちで私を虐げていたのか、その真実を私には聞く権利があるはずです。でなくては、本当の解決にはなりません」


「それは……そうだが……」


「ですから、ベアトリーチェ様をこのまま王宮へ連行するのではなく……公爵家のタウンハウスに一旦、謹慎……いえ、軟禁という形にしてください……」


 アンナの発言は、あまりにも突拍子もなかった。

 断罪される罪人を、タウンハウスに軟禁しろというのだ。軟禁し、尋問する。そのこと自体は、ディエゴ自身も望んでいたことである。


 だが、ゲームの中では、タウンハウスでの軟禁など、どのルートにもなかった。

 そんなことが許されるはずがない、とディエゴはすぐにでも却下しようとした。


 しかし、その言葉を遮るように、扇の開く音と鈴のような美しい声が響いた。



「あら……。アンナ様の仰ることにも、一理ありますわね」



 声をかけたのはフローラだった。

 フローラは細めた目でベアトリーチェを見つめながら、楽しげに微笑んでいる。


「殿下、婚約破棄の件はここにいる者たちが証人になりますわ。これほど多くの罪を犯して……その中心にいたのはアンナ様ですもの。それに、私含め、多くの令嬢が彼女に酷い目に遭わされました。隠されてその罪が暴かれるよりも、じっくりと真実を吐き出させるべきですわ。聖女であり、義妹であり、被害者のアンナ様がそう望むのでしたら、私たちはそれを尊重すべきではありませんこと?」



―――フローラ……! お前まで何を急に……! このことはまだ父上には伝えていないんだ、バレてしまう前に早く事を進めなければならないというのに……余計なことを!



 ディエゴは内心の焦燥を隠しきれず、汗が顔を伝う。

 そして、いつも通り冷静さを装いはしたが、次の言葉がなかなか口から出てこなかった。



―――おかしい。何かが狂い始めている……。間違いない、これは……今、ゲームのシナリオから、脱線し始めている……!



 だが、ここで下手に声を荒らげれば、周囲の生徒たちに怪しまれかねない。

 ディエゴは必死に頭を回転させながら、アンナの目を見つめ、優しく宥めるように声をかけた。


「アンナ、君の、その……姉を思う優しさは素晴らしいが、これは私の婚約にも関係しているだろう? 公爵家のタウンハウスへの軟禁などしては、王家の威信が……」


 言い終わる前に、アンナがディエゴに抱き着くようにしがみついた。


 アンナはそのままディエゴの首筋に顔を寄せる。

 周囲から見れば、王太子であるディエゴの言葉に涙し、感謝し、甘えている姿に見えた。



「……ディエゴ様」



 しかし、ディエゴの鼓膜を揺らした声は、周囲のざわめきにかき消されるほど、小さく含みを持った声であった。




「……ディエゴ様は、監禁ルートを狙ってるのね?」



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