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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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109、卒業パーティー②

 



「ディエゴ様……お願いです、もうこれ以上ベアトリーチェお姉様を責めないでください!」


 震えるような声色、甘えるような視線を浮かべ、ピンク色の柔らかな髪を揺らしながらアンナが階段を駆け下りてくる。

 アンナは真っ直ぐにディエゴの元へと駆け寄ると、腕に縋りつくように体を寄せた。


 ピンク色の髪に、緑色の瞳。


 可憐な花を思わせるアンナの姿に、薄青色を基調としたドレスはよく似合っていた。

 ベアトリーチェと違い、胸元の露出の少ないハイネックのパフスリーブドレス。丈の長さは膝上だが、聖女らしく、純粋で可愛らしい少女らしさを引き立てるものであった。


「あらやだ……アンナ様の隣に立つと本当に酷いわね」


「本当……。ちょっと、笑っては駄目よ」


「だって、あれじゃあ……()()()()()じゃない」



 一人の令嬢が放ったその言葉は、静まり返っていたホールに響く。

 カッと顔を赤らめ、ベアトリーチェは双眸を閉じる。彼女たちが言っていることは間違っていない、と思えたからだ。


 この状況にディエゴは、周囲にベアトリーチェの顔が見えるように上げることを強制した。


「顔を上げろ、ベアトリーチェ」


「……はい」


「ディエゴ様、そのように言うのはやめてください……。この状況では、顔も下げたくなるもの……」



―――……アンナのドレスに比べたら、いえ、比べるのも烏滸がましいくらいにこのドレスは酷いもの。言われても仕方がないわ……。学園の、それもこの場にいる皆の思い出を穢しているにも等しいわ。



 ディエゴを挟んですぐ隣に立つ聖女(アンナ)()娼婦(ベアトリーチェ)



 本来であれば、婚約者の目の前で他の男の腕に抱きつくなど、品性を疑われる行為である。また、男の方も婚約者がいる目の前で、故意に女の肩を抱くことなど、あってはならない。


 しかし、この場にいる者たちから苦言が漏れることはなかった。


「まあ……アンナ様ったら、なんて健気な方かしら」


「男爵家から神聖力があることで公爵家に引き取られて、散々あの悪女に虐げられていたんだろう? それでも庇おうとするとはな……」


「もともとの心根がお優しいのよ」


「まあ、あの品のないドレスを好むような公爵令嬢より、アンナ様の方がよほど王太子妃にお似合いだわ」


 周囲は微笑みながら、アンナを称賛し合う。

 ディエゴは愛おしげにアンナの肩を抱き寄せ、その華奢な体を守るかのように優しく触れた。


「アンナ嬢……、いや、アンナ。君は本当に優しすぎるな。だが、これ以上この悪女を庇う必要はないんだ。君が今までどれほどの苦痛を強いられてきたか、私は全て知っているのだから」


 ディエゴは冷酷に細めた青い瞳をベアトリーチェに向け、ホール中に響き渡る声でその「悪行」を並べ立てた。


「ベアトリーチェ! お前はアンナが我が国に平穏をもたらす聖女の力を秘めていると知るや否や、激しい嫉妬に狂ったそうだな。学園の廊下でアンナとすれ違いざまに、教科書や私物を奪い取っては投げ捨てたんだって? それだけではない。大切に育てていた教室の花が美しく咲いた次の日、無残にも手折られていた。その日、最後に教室を出たのはお前だったと報告が上がっている。他にも嫌がる令嬢に公爵家の名を使い、アンナの私物を処分させるという嫌がらせまで主導していたそうだな!」


「ディエゴ様、違います! ベアトリーチェお姉様は、きっとそんなことはしていません……っ」


 アンナの緑色の瞳からぽろり、と涙が零れ落ちる。

 必死にディエゴの腕にしがみつき、ベアトリーチェを叱責するディエゴを止めるように動く。その健気さに、生徒たちは逆に声を荒らげた。


「アンナ様、騙されてはいけませんわ! この悪女……いいえ、悪役令嬢はアンナ様の命すら狙ったではありませんか!」


「そ、そうですわ! アンナ様に毒性の強い薬草を混ぜたお菓子を食べさせたわ! 幸いにも、大事にはなりませんでしたが……卑劣な行いですわっ」


「み、皆さん……! あれは、そのっ」


「それに、階段からお前を突き落としたこともありましたよね!?」


「ああ、そうだった。俺たちもまさかそこまでするとは思わなかったよな!? 義理の妹とはいえ、階段から突き落とすか、普通!」


「ああ、待って……っ。私にはそんな……っ」


「アンナ様、お優しいあなたは何も言えないのでしょう!? 私たちが全てお気持ちは伝えますからっ」


 静寂は騒めきに飲まれ、騒めきは悪意を増長させる。



「……()()()()()()()()()()()()()()()言葉だな。ベアトリーチェ」




 ディエゴの言葉を皮切りに、周囲の令嬢たちが動き出す。


「ディエゴ殿下! ベアトリーチェ様の犠牲になったのは、アンナ様だけではありませんわ!」


 他の令嬢を押しのけるようにして、ピリアンヌが前へと出てくる。

 ピリアンヌは自身が被害を訴えるのではなく、怯えた様子の一人の令嬢の手を引き、皆の前へと押し出した。


「この方から私、恐ろしい企みを聞きましたの」


「どういうことだい、ピリアンヌ嬢?」


「ふふ。殿下、この方はベアトリーチェ様から、アンナ様に水を浴びせるよう直接命令されたそうですの……。もし断れば、公爵家の力で実家がどうなるか、と脅されていたのです」


 連れてこられた令嬢は、ピリアンヌに促されるまま必死の形相で語りだした。


「そ、そうなんです! わ、私はベアトリーチェ様に命じられて、アンナ様に水をかけるように脅されました。ですが、その命令された日に、たまたまアンナ様がいらっしゃらず、何もせずに済んだのですっ。でも、でも……! こんなこと、誰にも言えず、ずっと悩んでいた時に侯爵令嬢であるピリアンヌ様が心配してくださって……!」



 ベアトリーチェはディエゴとアンナから視線を外すと、今度はピリアンヌとその横にいる令嬢を見やる。



「……私はそのようなことを命令した覚えはございません」


 凛とした話し方に、一瞬その場の雰囲気が変わる。


「命令しすぎて覚えていないだけでしょう!?」


「ピリアンヌ様。私はその方を知りません」


 怒りも悲しみもない声色に、ピリアンヌはたじろぐ。

 だが、次の瞬間には隣にいた令嬢が大きな声を上げて、空気を変えた。


「ひ、酷い……! 男爵令嬢なんて、存在する価値もないと仰りたいのですね!?」


「そ、その通りよ。なんてお方なのかしら……! 一人の生徒を、しかも同じ学び舎で学ぶ令嬢を知らないだなんて……」



 ディエゴは眉根を寄せて嫌悪感を露わにする。

 その顔つきに、ピリアンヌの後ろに控えていた令嬢たちが皆、前へと出てくる。



「殿下……王太子妃になられるお方が、男爵令嬢を知らないだなんて……おかしなことではありませんこと?」


「……私たちは常に人の上に立つ者として、王族、貴族、今は無くなってしまった家門の名を全て暗記している」


「ええ、そうですわね。侯爵家の人間である私も当然覚えております。ですが! ベアトリーチェ様は男爵家のご令嬢を知らないなどと、情けない嘘を吐いておりますわ」



 もちろん、嘘である。



 ピリアンヌは大方の家名は覚えているが、実際は顔と名前が一致することはほとんどない。自身が会った相手は覚えていたとしても、会ったことのない者については完全に頭の中にはなかった。


 そして、この男爵令嬢は成り代わっており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「こちらの方々のお話も聞いてあげてくださいまし。彼女たちの婚約者を誘惑し、手を出されそうになった令嬢たちの訴えを……」


「……なに?」


 ピリアンヌに背中を押され、令嬢たちが一斉にベアトリーチェを指差して喚き散らす。


「ベアトリーチェ様は、ディエゴ殿下の愛を得られない腹いせに、私たちの婚約者をその体を使って誘惑いたしましたの!」


「そうですわ! 私の婚約者も、あの方に唆されて私に冷たくなりました……! 公爵令嬢でありながら、男をたぶらかすなど……やっておられることは、そこらの娼婦と何ら変わりありませんわ!」


「わ、私の婚約者は……ある茶会の後から、ずっと私に言い続けるのです。お前もベアトリーチェ様のように男を惑わす作法を覚えろ、と」



 次々と出てくる()()()()()()()()()


 ホールは、ベアトリーチェを糾弾する怒号と嘲笑で埋め尽くされていく。

 ベアトリーチェが話そうとすれば言葉が重ねられ、その声はかき消される。ディエゴは無表情で令嬢たちの言葉を聞き続け、アンナは青褪めながら震えて、その場に立っているだけで精一杯の様子だった。


「本当の悪役令嬢、だな!」


 男の怒声に、空気が震える。

 乱暴な足取りで階段を駆け下り、ディエゴとアンナの元へとやってくる。


 そして、その後を優雅に歩いてくる令嬢の鈴のような優しい声が響いた。


「えぇ……わたくしは……とても悲しいわ……このような結果になってしまって」


 カッシオとフローラが、アンナを守るように周囲の令嬢や令息を少し奥へと押しのける。

 ピリアンヌもまた、同じように一歩下げられた。


「フ、フローラ様……! ま、まだ言い足りませんわ」


「ピリアンヌ様、落ち着いてくださいませ。殿下もアンナ様も……そして、この場にいる全ての者たちが理解できたと思いますわ」


「り、理解……ですか?」


「ええ。悪役令嬢という存在、についてですわ」


 フローラはピリアンヌへと近付くと、扇で口元を隠し小さな声で囁いた。


「ピリアンヌ様のおかげで、ここまであの女に恥をかかせられましたわ。それに……殿下もアンナ様も感謝しているはずですわ」


 ピリアンヌにとって、フローラの囁きは何よりも甘い言葉だった。

 清廉潔白を絵に描いたような可憐な令嬢が、漏らす言葉がどれほど大きいか。


「……フローラ様の仰る通りね」


「まあ、お分かりいただけて嬉しいです。この場の空気を変えるには、ピリアンヌ様のお言葉が必要かと」


 柔らかな笑みを浮かべ、フローラはピリアンヌの次の言葉を待った。

 ごくり、と喉を鳴らし、ピリアンヌはベアトリーチェを見据えて言い放つ。



「ディエゴ殿下。私からもう一つ……。ベアトリーチェ様の耳に飾られているイヤリングですが……謹慎期間中に学園に出入りしている商人を誘い、貰い受けたそうです! 先ほど、商人から学園に直訴がありましたわ!」


「…………!」


 ベアトリーチェはフローラを見やる。

 フローラは扇越しに目を細め、綺麗な笑みを浮かべていた。



―――嵌められた。あの場で自分から支払いを申し出るべきだった! 何故、あの時、あんな言葉に乗せられてしまったの……!



 全てはフローラとダリラが流行らせた悪役令嬢のシナリオ通りだった。


 商人の男は、ダリラが話す言葉を全て信じ、店に帰っても、酒場でも、そして宝石商の集まりでも、あの日のベアトリーチェのことをあることないこと広め回った。

 商人は酒場で酔いながら話したことを、学園にやって来て話した。



『男を誘惑する悪女だったよ、侯爵令嬢は。それに、我が家と懇意にしてくださっている家の令嬢を脅し、品物を買わせているみたいだ。とんでもないお方だよ。それに、私なんて……まあ、ただの平民のおじさんだが、手に触れられて、良い香りのする体を近付けられちまってさ……まあ、なんだ誘われたんだ。有体に言えばな! だが、俺には嫁さんも子供もいるから断ったさ! そしたらなんだ、支払いが来ねぇんだよ。だから、こうやって皆に聞いてもらって……ああ、そうだったな。学園はもうすぐ卒業パーティーだったか……。泣き寝入りはごめんだから、訴え出るしかないよな? あの本のように……』



 そして、商人が訴えにやってきた場に、何故かピリアンヌがおり、その話を聞いた。今日、それも、先ほどの出来事だった。商人の言葉をピリアンヌは紙に書き留めさせ、声高に読み上げさせた。


 今のベアトリーチェの姿を見て、誰も平民である商人が嘘を吐くはずがないと思った。


「ち、違います! このイヤリングはフローラ様……」


「……ベアトリーチェ様、酷すぎますわ。私を……私は折角あの時、学園に頼み込んでまで、卒業生同様にあなた様にも最後の思い出を作っていただきたいと、商人を紹介しましたのに……。まさか、あの家族思いの商人まで……」


「う、嘘はやめてちょうだい!」


「あぁ……まだ、あの商人には子が生まれたばかりなのに……! 私のせいで……っ」


 このドレスが、そして耳に輝くイヤリングが、全て証明しているのではないか。

 その場にいる多くの者は、誰もベアトリーチェのことを信じなかった。信じる必要もなかった。今までの悪行が、そしてあの本のモデルになっているのだから、()()()()()()()()()()、と。


「フローラ様、お可哀想に……。あなた、利用されてしまったのね」


 ピリアンヌは愉快そうに目を細め、ベアトリーチェを見る。


 ベアトリーチェは周囲の視線と心無い言葉に、拳を握りしめて耐えるしかなかった。

 あの場にいたのはフローラに付けられた侍女のみであり、学園の外での出来事である。寮から学園の外に行くまでに、不自然なほど人に会わなかったのは最初からこうなるように仕組まれていたのだろう。



―――フローラ様は、確かに私とは過去に禍根がある。けれど、ピリアンヌ様に何かをした覚えはないわ。



 ディエゴは多くの卒業生がいるはずのホールで、完全に一人だけ孤立しているベアトリーチェを見下ろした。フローラに視線をやり、信じられないものを見るように目を見開いている。


 言うならば今だろうと、二度手を叩き、その場にいる者たちの視線を向けさせる。



「ベアトリーチェ・ソフィア・リッソーニ。これほど多くの証言がありながら、まだ言い訳をするつもりか? 貴族だけではなく、平民にまで……。お前のような醜い心を持つ女を、我がグリンカント王国の未来の王妃にするわけにはいかない! よって、今この場をもって、ディエゴ・グリンカントはお前との婚約を破棄する!」



 わっ、とホール中に歓喜の声が響き渡る中、ディエゴはアンナの震える肩を強く抱き寄せた。


 アンナは上目遣いに顔を上げると、潤む瞳でディエゴを見つめた。

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