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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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107、断罪へのカウントダウン

明日も更新します。

 



「アンナ!」


 フローラと別れ、他の生徒と挨拶を交わしながらホールへと向かっていく中で、聞き馴染みのある声に呼びかけられた。


 振り返ると、端正な顔立ちを引き締めたカッシオが少し息を切らせて立っていた。


「カッシオ様……? そんなに息を切らして……どうしたのですか?」


「アンナ……あ、いや、アンナ嬢、その、渡したいものがあるんだ。少しこっちへ来てくれるか?」


「はい、いいですよ」


 カッシオは周囲の目を気にするように見回して、アンナを人気の少ない建物の影へと促す。


 戸惑う表情を作りながらも従うアンナの前に、カッシオは少し不器用な態度でアンナの手のひらに、小さな美しい小箱を差し出した。


「これさ、この間見かけてアンナ嬢に似合うと思ったんだ。受け取ってくれないか」


 アンナがそっと蓋を開けると、そこには小さな薄紫色の宝石が一つだけあしらわれている髪留めが収められていた。


 美しい細工にアンナは両手を頬に当てて、瞳を輝かせて喜んだ。


「わぁ……! なんて綺麗な薄紫色の……これって、宝石……かしら?」


「あ、ああ。殿下が贈られるほど豪華なものではないけど……」


「カッシオ様、私は豪華なものが嬉しいわけじゃないわ。気持ちが嬉しいの」


「……そうだよな。アンナじ……アンナはそんなの気にするわけないって、分かってるけどつい……。でも、気に入ってくれたなら良かった。その、ドレスが薄青だから、それに合わせてさ……」


「どの角度から見ても素敵……。本当にありがとうございます!」


 嬉しそうに髪留めを胸に抱きしめるアンナを見て、カッシオは耳まで真っ赤にして相好を崩した。カッシオは、アンナの喜ぶ姿を見れるだけで、胸の中に愛しさが込み上げてくる。


 そんなカッシオの様子を見て、アンナは困ったように眉毛を寄せて呟いた。


「でも……私はベアトリーチェお姉様のような美しい金色の髪ではないから、きっとこの子(髪留め)が霞んでしまうと思うわ……。素敵な髪留めなのに……私のこのピンク色の髪だと……」


 アンナは小首を傾げた。


 しかし、カッシオはベアトリーチェの名前が出た瞬間、露骨に不快そうに眉をひそめた。


 アンナの柔らかなピンク色の髪には、フローラとお揃いで購入した髪留めがすでに留められている。カッシオはアンナの手から髪留めを奪い取ると、すでにある髪留めの上にさらに飾りのようにつけた。



 髪留めを二重でしたことによって、耳が晒される。


 カッシオは、ハッと息を呑んだ。


 ディエゴの目の色と同じ、薄青色の大粒の宝石がついたイヤリングが主張するように揺れ動く。



「……っ。あの女、いや……ベアトリーチェ嬢は確かに美しい」


「…………」


「だが! 性根が良くない。君を虐げているのも、君を妬んでだろう。アンナ、君の可憐さには遠く及ぶはずもないんだ。だから、そんなことは気にする必要はない」


 カッシオはベアトリーチェのことになると、つい熱くなる。それは好意を持っているだとか、そういうものではない。


 むしろ、逆である。


 ディエゴのために常日頃から動いているカッシオにとって、ベアトリーチェという女は恐ろしい化け物のようだった。


 常に王太子であるディエゴに迷惑をかけ、自身のことしか考えていない王太子の婚約者。


 贅沢をし、着飾ることだけにしか興味がなく、自分より下の者は見下す公爵令嬢。


 学園に入学して、アンナの存在を知り、カッシオは()()()()()()()()()()()()とは思いたくもなかった。



「美しさだけに固執している女は、すぐに終わりが来るだろう」



 カッシオはアンナの機嫌をとるように、ベアトリーチェを当然のように下げて話した。

 それは意図的であり、恋する男として好いた女を賛辞したいというありふれた感情だった。おもむろにカッシオはアンナの髪を撫でた。


 アンナの長い睫毛が、ピクリと動く。


「……美しさ……ですか」


 女たちはどんなにベアトリーチェを嫌っていても、本能的に美しさに嫉妬してしまう。

 男もそうだ。どんなにベアトリーチェのことを非常識な令嬢と思っても、美しさ、そして女らしく艶めかしい姿態に本能的な魅力を感じてしまうのだ。


「……アンナ?」


「あ、ごめんなさい。カッシオ様……そうよね、私なんでこんなに卑屈になっちゃってたんだろう? だって、()()()()()()()()が美しいのは当然のことだもの!」


「そ、そうだぞ……! アンナ、今日一番輝くのはあの女じゃない。君なんだから」


「私が一番輝く日……。ねえ、カッシオ様」


「ん? なんだ?」


「この薄紫色の宝石……」


 アンナは先ほどつけられた髪留めを撫でながら、もう片方の手でカッシオの礼服の袖を掴む。

 顔を上げたアンナの表情は、無垢な少女の笑みではなく、妖しい光が目に宿り細められていた。



「カッシオ様の瞳の色、だよね?」



 その問いに、カッシオは目を見開く。



 カッシオの瞳の色は濃い紫色であり、どちらかというと黒に近い。

 だが、じっと注視してみると黒ではなく濃い紫色だということが分かる。アンナはそのことを知っていて、髪留めを受け取ったのだ。


「あっ……いや、これは……その……っ」


「カッシオ様、そんなに驚かないで。私、分かっていて受け取ったんだよ?」


「え?」


 明るく朗らかにアンナは微笑む。

 しかし、それ以上のことは言わなかった。カッシオは言葉の意味を知りたい、そして続きがアンナの口から聞きたいと言いそうになったが、口を噤んだ。


「ふふ。さあ、ディエゴ様やフローラ様がもう来てるかもしれないわ。一緒に行きましょう?」


 今のアンナの瞳に、熱い熱を感じた。


「あ、ああ! そ、その、そこまでだが……エスコートをさせてくれないか」


「はい、よろしくお願いします」


 差し出された手を取り、アンナはカッシオにエスコートされてホールの二階に続く階段へと向かう。


 入り口の近くでは、すでに王太子であるディエゴがセットされた白銀の髪を輝かせて、悠然と佇んでいた。その姿は誰が見ても見惚れそうなほど美しい好青年であり、これからこの会場内で断罪劇を行う青年には見えなかった。


「おや、カッシオがエスコートを? 様になっているね」


「も、申し訳ございません、殿下っ!」


「何を謝っているんだ? 私が迎えに行けなかったのだから、私の護衛騎士であるカッシオがエスコートしても何らおかしくはないだろう?」


「……は、はい」


「ディエゴ様、遅くなってしまってごめんなさい。ディエゴ様にいただいたドレスがとても動きやすくて……カッシオ様に自慢していたんです。ふふ、本当にありがとうございます」


「アンナ嬢に気に入ってもらえて嬉しいよ。それに、とても似合っているね」


 カッシオがアンナの手をディエゴへと渡す。

 アンナも当然のようにその動きを受け入れ、カッシオから手を離すとディエゴの手を取った。それと同時に別方向からも声がかかった。


「あら、もう皆様いらっしゃってたのね。私が最後だったのね、お待たせいたしました」


 フローラが先ほど別れた時と同じように、美しく可憐な立ち姿で歩み寄ってくる。


「フローラ様、用事はもう済んだのですか?」


「ええ、アンナ様。お時間をいただき、ありがとうございました。それにしても……まあ、お二人とも本当に絵になりますわ」


 フローラはアンナに意味深な目配せを送る。

 アンナは顔を赤くしながらも、それに微笑みだけで応じた。


 ディエゴ、アンナ、フローラ、そしてカッシオ。


 四人は以前話していた、ディエゴによるベアトリーチェへの断罪劇の役者である。すでに会場には卒業生となった令息と令嬢が大勢集まっていた。

 最後を名残惜しそうに、そして楽しむように会話に花を咲かせている。



「さて、今まで散々君たちには迷惑をかけたね。今日でその悲劇を、終わりにしよう」



 ディエゴは階下を見下ろしながら、振り返ることなく言った。



「ディエゴ殿下。殿下以外にも、ベアトリーチェ様を断罪したいと思われている方がいらっしゃったようですわ」


「私以外に……?」


「ええ。ピリアンヌ様です。侯爵令嬢として、ベアトリーチェ様に次ぐ地位をお持ちの方で、他の令嬢と色々考えているようでした」


 思いがけない名に、ディエゴは少し考えるそぶりを見せる。


「フローラ様、何故ピリアンヌ様がベアトリーチェ様にそのようなことを……?」


「アンナ嬢……。気にしなくて大丈夫だ」


「カッシオ様、だって、私……心配だわ」


「アンナ様、落ち着いてください。大丈夫です。私から、ピリアンヌ様には直接的なことはしないように言っておきました」


「流石フローラ嬢だな。もし、途中で出しゃばって来るようであれば……」


 四人が話していると、階下の雰囲気が変わったことに気付く。



「待ち人が来たようだ」



 ざわめきが徐々に大きな音となり響きだす。


 それまで楽しげな笑い声に包まれていたパーティー会場の空気が、一瞬にして凍りついたように変わる。ホールの大きな扉が開かれ、美しい令嬢がその中心へと姿を現したのだ。


「ベアトリーチェ、お姉様……」


 アンナは無意識のうちに名を呟いた。

 周囲の視線が一斉にベアトリーチェへと突き刺さる。


 男子生徒たちの下卑た視線。


 女子生徒たちの軽蔑の視線。



「……ああ、待っていたよ、ベアトリーチェ」



 ディエゴの唇が、醜く歪んだ弧を描く。


 アンナはディエゴの腕に手を添えたまま、静かにその光景を見つめていた。

 胸元にはディエゴが用意した青色のブローチとは別に、アンナ自身が作らせたベアトリーチェの赤いブローチを真似た宝石が光る。



「ベアトリーチェ・ソフィア・リッソーニ公爵令嬢……なんて美しいんだ」



 誰が呟いたのかは分からない。

 ただ、純粋な誉め言葉だったのかもしれない。



「さあ、始めようか」



 ディエゴの心の中の呟きは、知らずに口から零れ落ちていた。


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