102、『不遇令嬢は実は聖女で、溺れる王子を真実の愛へ導く』最終巻⑥《3年目》
本日夜にも更新します。19時以降になります。
ベアトリーチェは学園主催のパーティーの翌日から、寮で謹慎生活を強いられていた。
今回の処分で、ベアトリーチェは寮の管理人に近い部屋である、一階の角部屋に移された。
女子寮の周囲には形ばかりのフェンスが設置されているが、これは学園内では予期せぬことは起こらない、という前提だからだった。
そのフェンスは背丈も低く、高さも僅か数十センチ。
フェンスの下には寮母が管理している、鮮やかな花々が植えられている。
フェンスのすぐ横には低木が植えられ、生徒が男女問わず誰でも使える空間として整えられていた。その空間で何かが起きた際に、寮母が声をかけることができるため、寮母の部屋は一階の目立つ場所に設置されていた。
ベアトリーチェが今回移された部屋は、上級貴族の令嬢が使用するような部屋ではなく、本来であれば下級貴族の令嬢が二人で使用する部屋を、謹慎部屋として改装されたものであった。
謹慎処分で部屋を移ったため、同室の生徒はおらず、ジルダもこの部屋では寝泊まりをしない。
また、今回の処分によりベアトリーチェ付きの侍女であったジルダは、その役目を解かれていた。
初日に部屋を移動してきたベアトリーチェを見て、寮母は顔を顰めながらあからさまな溜め息を吐いた。
『あたくしが管理する女子寮で、問題を起こすのはやめてくださいね? あたくしは貴女が公爵令嬢だろうが、平民だろうが、分け隔てなく接します。よろしいですね?』
『承知しております』
『迷惑をかけないように、慎ましく過ごしなさい』
『はい』
寮母はベアトリーチェの礼儀正しい姿ですら、この場所から抜け出すための演技だと決め込んでいた。
そのまま忌々しげにベアトリーチェを横目で見やり、寮母は足音を立てて部屋を出る。
ベアトリーチェはすぐに部屋の鍵を閉めた。しかし、閉めた扉のドアノブを手荒く回される音で、すぐに部屋の前での異変に気付いた。
『ねえ……、本当にここなの?』
『ええ、ここに移ったと聞いたわ』
『あら……確かにそうかもしれないわ。だって、鍵がかかっておりますもの』
『まあ! それなら、名札を出しておいてあげないといけないわね』
『そうね。皆様に分りやすいようにしておいてあげましょう』
部屋の前で数人の気配を感じ、ベアトリーチェは扉から遠ざかる。
何をしているのかは分からないが、外にいる人間が中に話しかけてくることはなかった。
その代わり、外で何かをしている音が聞こえ、クスクスと漏れ聞こえる嘲笑。
そして、笑い合いながら去っていく足音。
困惑していると、すぐに隣の部屋から寮母が出てくると、ベアトリーチェに声をかけた。
『開けなさい』
『は、はい……』
すぐに扉を開けると、寮母はヒクリと口端を引くつかせながら部屋へと入って来る。
その手には握りしめられた数枚の紙が持たれており、先ほど聞いた溜め息よりも大きな息が吐かれた。
『はあ……、ベアトリーチェさん。あたくしはつい先ほど、問題を起こすなと言いましたよね?』
『……はい』
『僅かの間で扉の前に、このような物が貼られておりました』
見せられた紙に、ベアトリーチェは驚く。
名札の代わりのあだ名や、本から破り取ったと思われる挿絵の数々。
先ほどの声の主たちの仕業だということは、すぐに分かった。
『先ほど部屋の前に人が……』
『お黙りなさい。何ということを仕出かしてくれたのですか。学園長よりあなたが行った、非道な行いの数々を聞きましたが、これほど恨まれているとは。はあ……。あたくしが部屋を出て行って、僅かな時間で、あなたの部屋の前の扉や廊下は、酷い有様ですよ』
『で、ですが、私は本当に何も……っ』
『お黙りなさい! 言い訳は無用! このようなことになったのは自業自得なのでしょう!? 見苦しい! 今の環境では、あたくしは他の生徒を今まで通り見ることは難しいと考えます。よって、私は別室にて寝泊まりをしますので、あなたはこの部屋から必要な時以外は出ないように。また、謹慎中ですので、部屋に誰かを連れ込もうなどという、愚かな考えは持たないように』
『…………っ』
『返事をなさい!』
『……分かりました』
ベアトリーチェの返事を聞くと、くるりと身を翻し、寮母は床に紙を落として部屋を後にした。
―――私が何か言っても、誰にも耳を傾けてもらえることはないのね。言うだけ無駄なら、何も言わないことが一番……。
寮母が隣の部屋にいなくなったことで、ベアトリーチェの部屋の前はさらに騒々しくなった。
女子生徒の甲高い声と、嘲笑。
ドアノブが乱暴に回される音。
扉や壁を叩く音に、呼び出すかのような声。
朝方と夜中以外は四六時中、部屋の前には人の気配があった。
『…………あと少しの辛抱よ。登校しなくていいのであれば、直接的な悪意の目からは逃れられるじゃない……。良いことだと思いましょう』
この件は全て初日に起こったことだ。
寮母は自身が告げた通り、初日から管理人室で寝泊まりすることはなく、夜に女子寮の戸締りの確認時に前を通るだけになった。
それから数日後だった。
寮母が部屋に尋ねて来たのだ。
ベアトリーチェは部屋の扉を開けると、横に避ける。寮母は部屋の奥まで入ってくることを拒否するかのように閉じられた扉の前に立ち、用件だけを話し出した。
『こちらあなたにと預かっております。そして、今身に着けているそちらのブローチは返却するように、と』
差し出されたのは飾り気のない質素な箱。
胸元の赤いブローチは、絶対に外すなと渡されたものである。
『え? これは……レベッカ様から……』
『そのようなことは、あたくしは存じ上げません。ですが、リッソーニ公爵家の名でそのように伺っております』
『……はい』
すでにベアトリーチェの名は地に落ちていた。
寮母ですら、ベアトリーチェのことを浅ましいものを見るような視線を向けていることに、気付かないわけがない。
ベアトリーチェは寮母から飾り気のない質素な箱を受け取ると、胸元のブローチを外し、新しく同じように赤く輝く魔石のブローチを胸元につけた。
『返却、お願いいたします』
『全く……。学園の生徒だというのに、このような高価なものを身に着けて……。全く……。確かに預かりました』
『……はい』
ベアトリーチェは外したブローチを箱に入れて寮母に渡すと、寮母は雑にその箱を受け取ると、足音を立てて歩き、乱暴に扉を閉めて出て行った。




