第59章 ヤクザの意地
山形が死んでから、3日が経っていた。
関東網代一家の事務所では、網代ケンが覚悟を決めていた。そして、その覚悟を聞くために、加古川ハルクは応接室に呼び出されたのだ。
ハルクはノックをして応接室に入った。
「オヤッさん、失礼します」
「おう、ハルクか。まあ、座れや」
「へい」
ハルクはソファに座っている網代の前に腰を下ろした。
網代が煙草をくわえると、ハルクがライターで火をつけた。
「おう、すまんな」
「いえ」
「この抗争負けだな。幹部はみんな殺されて、堅気の人間も巻き込んじまった。真一には悪い事をしたよ。若い衆もメンタルがやられ、しばらくは使いモノにならん。それに警察がガサ入れをはじめた。お前も聞いただろ?」
ハルクが拳を強く握りながら、溜息を深くつく。
「ええ、錦糸町の事務所で6人が逮捕されて、賭場でも逮捕者が8人出ていますよ。他にも、別件逮捕でパクられてまっせ。おそらく、30人近くになるかと……。ほぼ、でっちあげ捜査でっせ」
「ああ、分かっている。さっきな、新宿署の署長から電話があったよ。警察は天王洲会をバックアップするみたいだ。つまり、こっちを本気で潰すみたいだ。それでな、俺は解散届を出すように言われたよ」
ハルクは悔しそうに頭を下げる。
「すんまへん、ワシが不甲斐ないばかりに……」
「ハハハ、子供が親に頭下げんなよ。全ては俺の責任だ。府中や黒羽の若い衆はどうした?」
「へい、みんな寝返りましたわ。山形の親分の子分も天王洲会と連絡をとっているみたいです。それ以外の奴は逃げたましたわ」
「すると、俺の元々の子分しかいねえか……。そうは言っても、病院で31人殺され、別件で30人パクられて散々だな。他にも、抗争で12人が死んだし、入院中の奴も多数いる状況だ」
元々の網代組は250名の組員がいた。しかし、現在は200名以下になっていた。武闘派と言っても、病院での大虐殺をみて、ビビっている若い衆の方が多い状態だ。これは、もう戦える人間はいないという意味になる。みんな、長い抗争で心が折れたのだ。
更にワン姉妹とは連絡がとれず、横浜の大友組は傍観するだけの存在。他にも警察を敵にまわして、東京を支配できる可能性はゼロに近い。
つまり、網代ケンは将棋でいえば詰みの状態なのだ。これ以上は無理に戦っても、犠牲者が増えるだけの戦いになる。
だから、網代は決意したのであった。そう、組の解散だ。
「なあ、ハルク。俺は関東網代一家の解散届を警察に出す事にした。それでな、俺の組員は関西の兄弟分に預けたいと思っている。お前も大阪に行け。場合によっては堅気になれば、欣也は絶対に手を出さない男だ」
「オヤッさんはどないしはるんですか?」
「俺は別だ。裏切りの首謀者だから、殺さないと面子が立たないだろう。まあ、俺が死ぬまで、天王洲会はヒットマンを送ってくるはずだ。だから、俺はヤクザの意地を見せるだけだ」
すると、網代は立ち上がり、金庫から日本刀を取り出す。
「これは虎鉄っていう名刀で、先代の会長がくれたものだ。俺はこれで、天王洲家に殴り込みに行く。最後はヤクザとして死にたい」
「なら、ワシも行きますわ」
「バカに死ぬだけだぞ」
しかし、ハルクは立ち上がり、頭を深く下げた。
「ワシの妹を助けてくれた恩があります。だから、一緒に死なせてください」
「バカだな、オメーはよ……」
すると、応接室の外で立ち聞きをしていた組員が中に入ってきた。全員合わせても、10人程であり、みんな50歳前後のオッサンばかりである。
しかし、ただのオッサンではなく、網代ケンと網代組を結成した初期メンバーであった。戦後の日本を愚連隊として、一緒の暴れてきた友人でもあった。
その一人が口を開く。
「ケンちゃん、結局はこのメンバーになっちまったな。俺達は関西にはいかねえよ。死ぬ時は東京で死ぬつもりだ。みんなもそう思っているぜ、なあ、みんな?」
すると、全員が大声で返事をする。
「オッー」
そう言って、拳銃やドスなどの武器を見せた。
網代は嬉しそうに口元を緩める。
「まったく、お前らはいつまでたってもガキだな。まあ、死ぬにはいい時期だ。それに、それに欣也も俺を殺される程度の男だったら、この先の天王洲会を任せられんしな。最後に2代目の器量を見ておきたい」
こうして、網代とハルクを含む12人の男達は、天王洲会に乗り込むことを決めたのだった。それは武闘派ヤクザの最後の意地だった。
それから、2日後。
俺は天王洲の本家で門番をしていた。
「うっう、冬の門番は寒いぜ」
俺は誰だって? 最近は出番が少ないナツ様だぜ。美少女主人公なのに……。
話は変わるけど、今回の抗争の件だけどな、関東網代一家が解散届ってやつを出したらしい。よく分からんが、網代ケンって敵のボスが白旗をあげたって事だ。つまり、天王洲会が事実上は勝利した事になる。
それでも、門番は必要みたいだ。俺は居候で借金持ちなので、こんなくだらない仕事もしなければいけない。現在の本家を守っている兵隊は、俺を含めて30人くらいしかいない。まあ、十分な数だろう。
それよりも、俺はハルクを倒せない事を後悔していた。だって、借金が返せないし、人生で負けた歴史を作ってしまったのだ。しかし、あのデカブツは、腹立つ顔をしていたな。
そんな事を考えていると、スーツのサラリーマン風の男が近づいてきた。ヒットマンかと警戒を強めた。だが、殺気がないので普通のサラリーマンみたいだ。こんなヤクザの家になんの用だろう?
気弱そうなサラリーマンはペコリと頭を下げる。
「どうも、東雲不動産の中野って言います。オーナーの東雲様と連絡がとれないので、こちらへ来ました。この資料を渡しておいてもらえますか? 調査依頼の報告書です」
それはA4の封筒に入っており、分厚い資料に見える。実はナイフでグサリとかあるかもしれない。
俺は念のために中身を確認しようとこころみた。
「いまどき、紙の資料かよ。怪しいな」
「いえいえ、東雲様には大切なデータは紙で渡すように言われています。ネットでやり取りすると、ハッキングされる可能性があるのを警戒してみるみたいです」
「俺に中身を見せろよ」
「いえ、オーナーから誰にも見せるなと言わております。だから……」
俺はサラリーマンの胸倉をつかんで、無理やり資料を奪った。もし、ヒットマンだったら、俺が冬子から怒られてしまうのだ。
すると、サラリーマンは情けない声を出した。
「ああ、オーナーに怒られちゃうよぉー」
「確認するだけだ」
俺は資料の中身を取り出すと、紙の束になっていた。そして、中身を読み始めた。
――メタンハイドレートの発掘調査の件について
原発に依存できない日本のエネルギー事情を変える必要理由がある。そこで、火力発電に必要な化石燃料などの調達が必要である。
そこで、日本にあるメタンハイドレート(通称 燃える氷)に中国企業も注目をしている。日本海にはメタンハイグレードが埋没している場所は200カ所ある――。
そもそも、メタンハイドレートはうんたらかんたら……。はにゃ? なんじゃこりゃ? まあ、難しい事が書いており、俺にはよく分からない。
だが、メタンハイドレートってのは、天然資源って事は分かる。ただ、今の日本の技術では実用化は出来てないみたいだ。しかし、中国の最新技術で、南沙区の竜穴島で発掘したメタンハイドレートは実用化に成功をしたらしい。簡単に言えば、天然ガスが作れる技術みたいだ。
そして、東雲シマがメタンハイドレートの採掘地域である南海トラフ(本州、四国、九州)の土地を買いあさっているらしい。おそらく、新しいビジネスでも考えているのだろう。
まあ、俺にはどう金に換えていいか分からない資料だ。まあ、ゴミだな。でも、借金を立て替えてくれた人だから渡しておくかな。
いや、待てよ。確か、東雲シマは撃たれて、病院に入院していると聞いたな。とりあえず、本家の中に入って、冬子に資料を渡せばいいだけだ。もう少しで、門番の交代の時間だしな。
ふと気が付くと、サラリーマンは消えていた。おそらく、俺にビビったのかもしれない。まあ、どうでもいい。それにしても寒い日だなあ。クソ、雪が降ってきやがったぜ。嫌な1日になりそうだ。




