第42章 カチコミ
その頃、関東網代一家は事務所開きをしていた。本部は網代組の事務所をそのまま使う事にした。応接室には新体制の幹部が集まっていた。
網代がソファに座って、すぐ近くには加古川ハルクが立っていた。他には府中、黒羽、山形もソファに座っていた。そして、網代はジュラルミンケースから、1億ギルを取り出した。その光景をハルクがカメラで撮影して、全ての子分に生配信をした。
網代がカメラに向かって大声を出す。
「いいか、天王洲欣也を殺した奴は1億ギルをやる。それから、新大久保の縄張りもくれてやる。組を持っていない奴は直系の盃をかわして、自分の組をもたしてやる。だから、俺に命をかけろ」
その言葉に末端の若い衆も、自分にチャンスがあると思って、ザワザワと盛り上がりだしていた。
賞金という言葉に、若頭である府中がニヤリと笑った。
「もちろん、幹部も参加してもいいんだよな?」
「ああ、当たり前だ。ただ、実際に殺したヒットマンには賞金の半分はくれてやれ。それと、組を持つ権利くらいは与えてやれ」
「ああ、分かっているぜ」
そこに若頭補佐の黒羽が会話に入ってきた。
「網代のオヤジ、他の幹部を殺した場合は賞金出るんですか?」
「ああ、まだ決めてなかったな」
そこで、網代はワン・シャンリンが言っていた言葉を思い出す。東雲シマは殺すなと言っていた件である。理由は東雲シマの金の流れを把握するためだ。
なので、網代はカメラに向かって命令をした。
「いや、待て……。東雲シマは殺すな。あいつのシノギはあいつしか分からん。全てのノウハウを奪ってから殺すつもりだ。だから、東雲は後回しだ」
「まあ、東雲組はサラリーマン集団だから、戦闘では役に立ちませんから大丈夫でしょ?」
「そういう事だ。いつでも、潰せるからな」
すると、黒羽は煙草をくわえて、クロムハーツのジッポで火をつけた。
「となると、問題は赤坂組って事か……。オヤジ、赤坂組を殺したら、賞金は出るんですか? ノブオのオジキとサナエは強敵ですぜ」
「ああ、あの2人は厄介だ。まず、簡単には殺れん」
網代は短期戦なら、自分側が勝つと信じていた。この世界は将棋と一緒で、王将が殺されたら負けなのだ。だけど、天王洲欣也という王将を取る前に、赤坂サナエという飛車と赤坂ノブオという角がいる事を知っていた。だから、この2人を最初に潰さないと動けない。
なので、網代は賞金を付けることにした。
「みんな、聞いてくれ。赤坂組の組長である赤坂ノブオ、若頭の赤坂サナエには、各5000万ギルの賞金をつける事にした」
その言葉に小心者の山形も、歓喜の表情をあらわした。
「よし、俺も参加するぜ」
府中は山形の肩を叩く。
「山形の親分も歳なんで、無理しないでくださいよ」
「おう、分かっている、分かっている」
その光景を見て、網代は心の中で笑っていた。
網代は赤坂ノブオには若い頃は助けてもらった恩があった。そして、彼が70歳近いが、戦闘のプロであることも知っていた。そして、孫であるサナエがハルクに匹敵する強さなのも認めていた。
だから、府中や黒羽みたいなチンピラに、殺せるわけがないと分かっていたのだ。なので、自分かハルクしか殺せないだろうと踏んでいた。
府中、黒羽、山形も抗争経験はあるが、現場に出たことがないタイプなので、赤坂組が本気になったら、逃げないか心配であった。幹部が逃げたら、集団心理で若い衆も逃げてしまう。そしたら、負けだという事も分かっていた。
そこで、天王洲会を相手にビビらないようにする為に、若い衆も含め賞金という名目でやる気を出させたのだ。網代も武闘派であるが、本家の看板の重みは知っていた。そう簡単には、天王洲欣也を殺せない事も分かっていた。網代はハルクと目を合わせると、彼だけはその事を理解していたのだ。
だから、網代は心から願った。すぐに、この抗争が終わりますようにと……。
それから、2日後の事である。天王洲会の本家の窓ガラスが割られたのである。もちろん、割った武器は拳銃である。それと、同じ日に天王洲系列の事務所で、同じように窓ガラスが割れられる事件が発生した。その数は6件にも及んだ。
天王洲欣也と赤坂ノブオはとりあえず、挨拶代わりだから、まだ動くなと組員に伝えたのであった。下手に相手の挑発に乗って、罠に誘いこまれる可能性があるからだ。その言葉に組員は黙って従った。
しかし、天王洲会の若頭補佐である金沢は違った。50代で角刈り頭であり、左手の小指が欠損しており、強面の大柄の男である。金沢は古いタイプのヤクザであり、赤坂ノブオに憧れていた男である。若い頃はイケイケの金沢と呼ばれて、歌舞伎町で網代と双璧をなす有名人であった。
金沢の事務所も、窓ガラスが割られたのであった。この件について、金沢は赤坂ノブオに抗議をしていた。応接室のソファに座りながら、激しい口調で大声を出していた。
しばらくすると、金沢は電話を床に叩きつけた。
「くそったれがぁー。赤坂のオジキも老いぼれたわ。ヤクザは引いたら、終わりだっつーのに……」
近くにいた子分の一人が口を挟む。
「オヤジ、何かあったんですかい? 窓ガラスを割られたカエシの件ですか? 動きますか?」
「いや、動くなって命令だったわ」
「なら、待機しますか?」
金沢はソファから立つと、目の前のテーブルを蹴り飛ばした。
「ボケ―、籠城しても抗争には勝てんわ。二代目は抗争が分かってないんじゃ。なら、ワシらが動くしかないわ。おい、網代の所へカチコミに行くぞ。道具用意しろ」
「でも、本家に逆らって大丈夫ですか? しかも、オヤジが自ら行くんですかい?」
「当たり前だ、チンピラに網代が殺れるかよ? ワシが動くしかねえだろ? はやく、道具出せや」
「すっ、すいません。すぐに用意します」
そして、金沢と5人の子分が拳銃を握りしめて、事務所から飛び出したのであった。
金沢は2チームに分けた囮作戦を実行する事にした。
1台目の車が網代組の見張りに発砲をして、ワザと遅いスピードで逃走をする。すると、網代組の若い衆は逃走する車を追いかける。結果、網代組を守っている人数が減る事になる。そのスキに2台目に乗った、金沢と2人の部下が事務所に乗り込んで、網代を殺すというものであった。
1台目の車はヤクザが乗っていそうなベンツでおとり用だ。2台目はハイエースで電気工事会社の記名されたものだ。そこには金沢と2人の部下が、作業服姿で待機することにした。
見張りが殺されれば、パニック状態になる。そこで、電気ケーブルを切って停電をさせる。あとは電気工事業者のフリをして、網代を殺すシンプルな作戦であった。
こうして、2台の車は網代の事務所に向かった。その事務所は3F建てあり、古びたオフィスのようだった。入口には2人若いスーツの男が立っていた。
金沢が乗ったハイエースは、事務所から少し離れた場所に停車した。それから、金沢は電話でベンツに乗っている3人の部下に命令をした。
すると、ベンツは網代組の前まで移動した。そして、助手席と後部座席から、部下が拳銃を突き出して、網代組の見張りの2人に向かって発砲をした。計12発の弾が発射されたのだ。
見張りの男の一人は頭を打ち抜かれて死亡した。そして、残りの一人は腹に喰らって、その場でのたうちまわった。
すぐに銃声に気がつき、網代組の事務所から多くの若い衆が出てきた。
「カチコミじゃあー」
「あのベンツだ、ボケっ」
「おい、逃がすんじゃねえぇー」
様々な暴言が飛び出して、ゆっくり発進したベンツを数十人の若い衆が追いかけ始めた。すぐに、事務所から2台の車も出て、囮のベンツの後を追いかけた。
金沢はそれを見て、ハイエースの車内でニヤリとした表情を見せた。計画通りに、網代組を手薄な状態にできたからだ。
そして、金沢は笑いながら、懐に手を入れた。
「よし、あとは俺らが乗り込むだけだ。この44マグナムで、網代の脳みそをぶち抜いてやるぜ。俺が一番槍だぜ」
そう言って、網代は愛用のスミス&ウエッソン社のM29を取り出した。
M29は大型のリボルバー拳銃であり、車のエンジンを撃ち抜ける噂もあったくらい有名である。ただ、反動が強く、金沢のような体格の良い男しか、扱えないシロモノである。
隣の子分がそれを見て、ゴクリと唾を飲んだ。
「それって、マグナム弾が撃てる拳銃ですよね?」
「ああ、ダーティーハリーが使っていた奴だ。もう、100年以上前の映画の話だけどな。さてと、行くとするか……」
そう思って、弾の装填を確認しようとした瞬間だった。
後ろから、ランドクルーザーがカマを掘ったのだ。その衝撃に金沢は何があったのか、理解するまでに数秒の時間がかかってしまった。これが命取りになる。しかし、すぐに自分の車が後ろから、何者かに衝突された事に気が付いた。だが、もう遅かった。
金沢が座っていた後部座席のガラスに、ハンマーを打ち付けたようなパンチが飛んできたのだ。すぐに窓ガラスは粉々になって、破片が車内にパラパラと入り込む。
そして、その巨体な両手が、金沢の首を掴んできたのであった。その巨大な両手の主は、加古川ハルクであった。ハルクは両手で、金沢を後部座席から外に出して、首を絞めながら、空高くあげた。金沢は苦しそうに足をバタバタと動かす。
金沢はハルクと目があった。
「うぐぅ、ハ、ハルク……。テ、テメー……」
「まんまと、罠に引っ掛かりおって。このドアホ」
それから、ハルクは金沢の首をポッキーのようにへし折った。そして、金沢の首は後ろにダランと垂れ下がり、背中にくっ付いた。痛みを感じる事もなく、即死であった。
金沢の残りの子分も、ハルクの子分である黒パーカー達に引きずられて、首をへし折られて殺されたのであった。こうして、金沢と子分の2人は最初の犠牲者となった。
ハルクはドスの効いた声で子分に命令する。
「おい、この3人の死体を天王洲家の本家前に捨てて来いや。開戦の挨拶替わりや」
「へい」
そう言って、子分達は3人の死体を車内に運んだ。
網代ケンの提案で、頭に血が上りやすい幹部のいる事務所の窓ガラスを割ったのだ。そして、報復に来ることを見込んで、罠をしかけていたのだ。
ハルクは網代の頭のキレに笑みを浮かべた
「とりあえず、若頭補佐は殺ったで……。次は天王洲欣也や」




