第40章 新宿署の署長さん
それから、私達は本家に足を運んだ。畳張りの居間には欣也伯父さん、ノブオ爺ちゃん、シマ姉さんと他に2名の幹部がいた。
シマ姉さんがこちらを見る。
「冬子ちゃん、こないな事になってすまんわ。ウチが調子にのって、網代を追い込みすぎたみたいや。冬子ちゃんまで、危険な目に合わせてしまって、本当に心苦しいと思っとる。ウチらといたら、冬子も流れ弾に当たって、おそらく死んでしまうで。今から、海外にでも……」
私の事を心配して、逃げろと言っているのだ。
しかし、私は逃げないと決めた。
「いや、私もここに残るよ。みんなを守りたいんだ」
「けど、冬子ちゃんはヤクザやないやろ? ウチは冬子ちゃんを巻き込みたくないんや」
シマ姉さんは自分の意見を曲げないタイプだから、説得するのに時間がかかりそうだ。さて、どうしよう?
すると、ノブオ爺ちゃんが割って入ってきた。相変わらず、Tシャツに背広を羽織っているカジュアルなヤクザだ。サングラスに白髪がオシャレでカワイイ。
ノブオ爺ちゃんはニヤリと笑った。
「シマ、心配するな。冬子ちゃんは赤坂組が守るよ、なあ、サナエ」
「はい、私が命を懸けてお守りします」
サナエちゃんの目が軍隊時代に戻っており、野生の狼のような目をしていた。それは初めて、ナツに出会った時と同じ目をしていた。ナツと互角かそれ以上の強さだと思う。
欣也伯父さんがこちらに近づいてくる。
「冬子、無茶はするなよ。お前を死なせたら、死んだ兄貴やオヤジに顔向けが出来ないからな。だから、死ぬな」
「大丈夫、拳銃の腕はこの組で一番だから。それにナツもいるしね」
そう言って、ナツと肩を組んだ。
「なあ、ナツ」
「ちょっ、なんで俺が……」
「まあさ、借金を返すアルバイトだと思えばいい。だって、シマ姉さんの借金あるだろ?」
「まあ、そうだけど……。タダなのかよ? 金がないとやる気が出ねぇー。賞金でも出してくれよ」
すると、シマ姉さんが笑った。
「だったら、網代組の幹部に賞金首をかけてやるわ。それで、借金を返したらええやろ? いつも、敵対組織を殺すときは、ワイルドバンチに登録しとる。それから、賞金稼ぎのハコネにやらしとるからな。そしたら、刑務所に行くことはあらへん」
確かに、賞金首にしてしまえば、殺しても罪にはならない。それは全世界で共通である。
それにしても、他の幹部もみな協力的な態度である。とりあえず、天王洲会の初期メンバーであり、団結力はあるみたいだ。しかし、戦闘力では、あっちが上である事は間違いない。武闘派の網代組は天王洲会を前線で守ってきた集団だ。
特に加古川ハルクという男は、最強であることは間違いない。だが、人間である以上は不死身ではないが、あのナツを一発で吹っ飛ばした男だ。私でも殺せるか難しい相手だ。
そんな事を考えていると、部屋の障子が開いて、住み込みの若い衆が入ってきた。
「失礼します、お客様がお見えになりました」
ジャージ姿の若い衆は正座で、こちらに頭を深く下げていた。
すると、東雲姉さんは大声を出した。
「アホ、誰も入れるなって言っただろうが、ボケっ。おお、こっちは忙しいんじゃ」
「すっ、すいません。でも、新宿署の署長さんなんですぅー」
シマ姉さんの迫力に、若い衆は恐怖で涙目になっていた。
欣也伯父さんがため息をつく。
「とりあえず、ここにあがってもらえ」
「はっ、はい」
5分後、新宿署の署長が部屋に入ってきたのだ。すると、先程の若い衆がお茶を持ってきた。
新宿署の署長は地味なスーツ姿であった。年齢は50代後半で、短髪に銀縁眼鏡の背の高い男だった。
まず、欣也の目の前に座って、お茶を啜った。
「よぉ、欣也ちゃん、元気?」
「署長さん、世間話をしにきたわけじゃないでしょう? こっちも暇じゃないんでね」
「だよな、天王洲会が分裂して、それどころじゃねえか?」
「なんで、その事を知っているんだよ」
署長は胸ポケットから、煙草を取り出して火をつけた。
「ああ、先日に網代から挨拶があったんだよ。組を分裂するから、抗争については黙認してくれって事だった。そして、俺はその話を受け入れた」
シマ姉さんがこめかみをピクピクとさせた。
「なるほど、アンタも買収された口やな。警察がこんなんしてええんか? 職務怠慢ちゅことで、監察にチンコロしてもええんか? なめくさりやがって、コラっ」
「まあ、そう熱くなるなよ、銀狐。俺だって、先代との付き合いがあるし、お前らに不利になる事はしない。公平な話をしにきただけだ」
すると、署長は今回の抗争の件について話を始めた。天王洲会と関東網代一家の抗争については、警察は一切手を出さないつもりらしい。その理由は2つある。
1つ目は網代ケンが日本国民に英雄扱いをされているので、警察も簡単に動けない状態らしい。警察が弱まっている日本で、これ以上の好感度と信頼を落としたくないらしい。つまり、網代には関わりたくないと、警視庁の上層部で指示があったらしい。
2つ目はお台場のカジノで、移民解放連盟の二階堂という男が銃を持って、立てこもっているらしい。他にも、数名の仲間が同じように銃を持っているみたいだ。いわゆる、あさま山荘事件の現代版って所だ。警察としての見解は、ワン姉妹の敵討ちと見ているみたいだ。
今から、2時間後にはそのニュースを流すらしい。だから、東京はパニック状態になる。警察としては、ヤクザの抗争とテロ事件の2つが同時に起きるのは、かなりキツイらしい。
だから、当初は警察側から、組の分裂を先延ばしにしてくれと、網代組に頼み込んだみたいだ。しかし、網代のオジさんはそれを拒否したのだ。
そこで、逆に警察は条件を出したみたいだ。ヤクザ同士だけで殺し合って、堅気は絶対に巻きこまないようにする。もし、堅気を巻き込んだ時点で、使用者責任で逮捕する条件を出した。
すると、網代のオジさんは納得をして、その条件を飲んだみたいだ。確かにここで、抗争を先延ばしにしたら、自分が東京を仕切れるチャンスはないと踏んだのだと思う。
警察としても、堅気が巻き込まれず、クズ同士が殺し合うなら、別にどうでもいいと判断したのだろう。歌舞伎町の治安は勝った組に任せればいいだけだ。
署長は煙草を灰皿に投げた。
「つまり、お前らが殺しあっても、警察は動かない。だけどな、堅気を巻き込んだら、速攻で逮捕してやるからな。それは欣也も同じだから、そこは覚悟しておけよ。今日はそれを言いにきただけだ」
ノブオ爺ちゃんが口を開く。
「署長、その言葉を信じていいんだな?」
「これは、これは、赤坂さん。お元気そうで……。アンタと先代には若い頃に世話になった。俺だって、それくらいの義理ある。あくまでも中立は約束しよう」
「ああ、分かったよ」
それから、署長は立ち上がって、欣也伯父さんの方を見下ろした。
「じゃあ、俺はこれで帰るよ。お台場のテロ事件で忙しいんだ。あと、欣也ちゃんよ、先代との付き合いもあるから、助言はしておいてやるよ。これくらいの抗争でヒイヒイ言っているようでは、天王洲会を引っ張っていけねえぞ。この世界は、親の七光りは通用しねえ。じゃあ、頑張れや」
そう吐き捨てて、部屋を出て行った。
シマ姉さんが煙草に火をつける。
「あのオッサン、先代に世話になっておきながら、コロコロと手の平を返しおって……。ホンマ、面白くない男やなあ」
ノブオ爺ちゃんが笑う。
「ふっ、あいつは昔から風見鳥だからなあ。味方になっても、たいした役にはたたんぜ。それに若い頃は足を撃たれて、泣きながら小便を漏らしていたしな。それなのに、カッコつけやがってよ」
「アハハハ、アホやな。せやけど、オジキ。こっちに味方してくれてもええやろ?」
「まあな。アイツも金で買収されているかもしれん。あんまり、信用するな。それより、明日にでも網代はヒットマンで送ってくるぞ。サナエ、準備しているだろうな?」
サナエちゃんが会話に入ってくる。
「はい、すでに情報収集のために、10名が内偵に潜り込んでいます。他の20名は道具を持たして、本家の警備に充てるようにしています。残りの10人はヒットマンとして、私を中心に動きます」
「それで、上出来だな。こっちはとりあえず、最初は防衛戦だな。向こうは、金で集まった連中だ。言うならば、網代組以外はチンピラみたいなもんだ。だから、抗争慣れをしてないので、時間が経つと緊張感がなくなり、ストレスで勝手な行動に出やすくなる。府中や黒羽だって、網代が死ねば自分が跡目に座れるしな。そのスキを叩けば絶対に勝てる」
赤坂組は天王洲会の懐刀であり、殺しの集団とも呼ばれているのだ。サナエちゃんは私の師匠であり、加古川ハルクと匹敵すると言われているのだ。
この日は、幹部は自分の事務所を守るように命令が出された。本家は赤坂組を中心に守って、東雲組の事務所はハコネを中心に守りを固めた。
残りの幹部の金沢さんと福山さんも組事務所を守るように動き始めた。守りの弱そうな所は、先代から仕えた子分が補填に入ったのだ。私とナツは本家でとりあえず待機になった。




