第37章 買収作戦
その頃、網代組の事務所では……。いつもの応接室のソファに網代が腰を下ろしていた。
向かいのソファにはハルクがスマホを確認していた。
「オヤッさん、ワン・シャンリンの部下から10億ギルを受け取りました。残りはクーデターが成功したら、5億ギルを払うみたいです」
「全て、本物の金か? ちゃんと確認しろ」
「ええ、現地で若い衆が、機械で全て確認しました」
「それならいい。もう、ワン・シャンリンに用はない。おそらく、残りの5億は払う気はないな」
網代はハルクに命令をする。
「向こうも、いずれは裏切る気だ。だから、ワン・シャンリンの居場所を探っておけ。全てが済んだら、こっちから殺しに行ってやる」
「わかりやした。これから、どうしますか?」
「とりあえず、東雲に借金をある幹部を呼び出せ。あの女狐のやつ、裏切りそうな幹部を借金漬けにして、コントロールするつもりなんだろ。それをぶっ壊してやるぜ」
こうして、ハルクは仲間になりそうな幹部を呼び出した。
集まられた幹部は全部で3人である。まずは、東雲に恨みがある天王洲会内黒羽組の黒羽である。構成員は87名ほどであり、水商売系のシノギをしている。東雲シマに4000万ギルの借金がある。ピンク色の髪が特徴的なホスト風のヤクザだ。
2人目は天王洲会内府中組の府中サトルという男だ。構成員は120名程である。網代とは5分の兄弟分であるが、性格は真逆で全身がブランド品の見栄っ張りな男である。年齢は47歳で、金髪にサングラスをかけており、怪しいビジネス会社で詐欺をしている。いわゆる、オレオレ詐欺や情報資材の売買だ。東雲シマに6000万円の借金をしている。
3人目は天王洲会内山形組の山形ヒロキという男だ。構成員は50名程である。見た目は背の低い小太りの男であり、赤坂ノブオの舎弟でもある。年齢は63歳であり、寂れたサラリーマンにも見える。晩年はギャンブルに狂って、東雲シマに4000万程の借金があった。
網代組が250名、黒羽組が87名、府中組は120名、山形組が50名である。全員で組めば、507名と天王洲会の半分以上の人数である。網代はこの3人を味方につけようとしていた。
3人が集まった倉庫は、壊れたフォークリフトやパレットなどが放置されており、現在では使われてない事が分かる。小汚いテーブルに網代と3幹部が取り囲む形になっていた。
まず、網代が口を開く。
「悪いな、こんな所に呼び出してな」
まっさきに、府中が口を開く。
「兄弟、なんの用だよ。山形の兄貴と黒羽まで呼び出しちゃてよ。なんか、美味しいシノギでもあるのか? でもな、俺のシノギは順調だからよ。ほら、新作のフランクミュラーだ。これは200万もするんだぜ」
そう言って、みんなに腕時計を見せびらかした。他にも銀座で作ったオーダーメイドのスーツを自慢していた。
すると、網代は府中の懐事情を知っていたので、鼻で笑ってあしらう。
「兄弟、見栄をはるのはよそうや。本当は借金があるんじゃねえのか? あの東雲シマによ」
「なっ、網代の兄弟よ。俺にアヤつけようってのか?」
「いいや、違うぜ。なあ、他の2人も腹を割ってくれないか? 山形の兄さんも、黒羽も結構な借金を抱えているだろう?」
その言葉に、サラリーマンにしか見えない山形が深くため息をつく。
「おい、網代よ。テメー、何が言いたいんだよ?」
すると、網代は大声を出した。
「おい、ハルク」
すると、倉庫の奥からハルクがジュラルミンケースを3つ持ってくる。それらをテーブルの上に置いて、ハルクがケースの中身を開いた。そこには、1億ギルが入っていた。3つあるので、全てで3億ギルになる。
サングラスを外した府中は目を輝かせながら、100万ギルの札束をひとつ手に取った。
「おいおい、本物じゃねえか……。しかも、ピン札だぜ。アハハ、これだけあれば、借金なんか簡単に……。あっ」
そう言って、自分の口を手でふさいだ。
しかし、網代はニッコリと笑顔を見せる。
「なあ、府中よ。若い頃は一緒に住み込みをやった仲だろ? 5分の兄弟だから、見栄なんか張るなよ。他の2人も借金を抱えているはずだ。お前ら、この金を欲しくねえか?」
3人とも、それぞれの事情で借金があり、東雲シマからの取り立てがキツイ状態だ。
一番若い黒羽は冷静な考えのようだ。
「網代の兄貴、この金をどうやって用意したかは聞かねえよ。だけどよ、タダでくれるって訳じゃないんでしょ? 俺達に何をさせたいんですか?」
網代はテーブルをバシンと強く叩いた。
「俺は天王洲会を割ろうと思っているぜ。お前ら、ついてこないか?」
そう、3人を金で買収しようとしていたのだ。
しかし、山形が口を開く。
「おいおい、この渡世で親分を裏切る気かよ。そんな事をしたら、全国のヤクザが黙っていないだろ?」
府中もコクコクと頷いて同意する。
「なあ兄弟、山形の兄貴の言う通りだぜ。それに、横浜の大友組が黙っていないぞ。テメーだって、それ位は分かるだろ?」
網代は大友組を金で黙らせる作戦を説明した。そして、世間では天王洲会のイメージは悪くない。だから、ワン姉妹を殺して、日本国民の味方につける作戦を説明した。網代がテロリスト殺しのヒーローになる件だ。
それを聞いた黒羽は煙草を吸い始めた。
「大友組は金で買収するのは分かりました。しかし、警察でもワン姉妹の居場所が分からないのに、殺すなんて無理でしょ? 夢物語だ」
「俺は確実に居場所を掴んでいる。明日にでも、ワン姉妹をぶち殺す。そしたら、俺の話を信じてくれよ」
府中は苦笑いをする。
「まあ、それが本当なら信じてもいいけどよ。ワン姉妹は簡単には殺れないぞ」
山形も同じような表情を見せた。だが、3人が網代の言葉の心が揺らいでいるのだ。そう、網代は口だけじゃない事をみんな知っているのだ。
山形は少し冷静になった顔をした。
「けどよ、お前はなんもしなくても、次の若頭だろ? こんなリスクを負う必要が何処にあるんだ? 失敗したら死ぬだけだぞ」
網代はここで一気に畳み込みをかけた。
「いや、若頭になるのは東雲シマだ。俺も3人と同じように、東雲シマに嵌められたんだよ。俺は舎弟頭になることになった。だからよ、ここにいる全員が東雲シマに恨みがある仲間だ。アイツの性格からすると、邪魔な俺達を引退させる気だぞ。みんな、あの女が若頭でいいのかよ?」
府中はイライラした表情で床を蹴った。
「俺だって我慢出来ねえよ。アイツは俺よりも、20も年下なんだぞ。欣也だって、もともとは先代の実子だけだろうがよ。七光りで次の会長になるだけだろうがぁ」
それには山形も同じ気持ちだったみたいだ。
「正直言うとよぉ、欣也は東雲組と赤坂組を優遇しすぎだよな。初期のメンバーだからって、俺達には厳しいノルマを与えやがってよ、まったく、腹が立つぜ」
黒羽も同意する。
「俺も若頭の市原が右腕を切り落とされている。しかも、アイツは何も気にしてないんですよ。俺だって、子分の前で恥かきましたよ」
みんながそれぞれの不満をぶちまけた。網代は共通の敵を作る事によって、組織をまとめる事にしたのだ。まあ、よくある手法である。網代は煙草をくわえると、ハルクはライターで火をつけた。
そして、ハルクは3人に頭を深く下げた。
「どうも、加古川ハルクです。お集りの3人の親分には迷惑をおかけします。せやけど、東雲シマが若頭になったら、いずれは皆さんのシノギを奪われまっせ。どうか、網代の親分を男にしてくまへんか?」
すると、黒羽は思い出したように笑う。
「みなさん、確かに東雲はスカウト会社の経営に携わりたいと脅してきました。フフフ、次は府中の兄貴の番かもしれませんぜ。網代の兄貴の言う通り、シノギとられたら、俺ら飯食っていけないですよ」
そう言うと、山形も府中も腕を組んで考え込む。
網代は3人の不安を取り除くように優しい口調をする。
「このままじゃ、東雲のヤローに全てのシノギを取られて、強制的に引退って事になるぜ。だから、俺は組を割って、ここにいる兄弟で新しい組を作りたい。明日、ワン姉妹が死んだニュースが流れる。まあ、今日はタクシー代を出すから、とりあえず一晩考えてみてくれよ」
そう言って、全員にタクシー代500万ギルを手渡した。
次の日に網代がワン姉妹を殺したニュースが流れて、3人は組を割る事を決めたのだ。ニュースではワン姉妹の死亡ばかりの報道していた。
爆弾により死亡した為に、警察は現場から発見されたクローンの小指から、ワン姉妹本人と断定された。網代組の若い衆が自首したので、網代ケンの仕事だとSNSで噂が広がった。その結果、網代組はヒーロー扱いであった。警察がどうにもできなかったテロリストを殺したから、当たり前と言えば当たり前の反応であった。
世間ではヤクザに国を守ってもらっていいのかという意見もあれば、日本を守りたいという気持ちはヤクザも一緒という意見に分かれた。まあ、ヤクザは嫌われるのが仕事なので、好かれるだけでもプラスであった。
一晩にして、網代ケンという男が世間ではヒーローになったのだ。週刊誌やテレビの印象操作では、天王洲会2代目の会長は網代ケンという報道がなされた。それに世間も便乗して、ネットニュースの書き込みが増えて広まっていた。例えばこんな感じだ。
――ヤクザが戦後を守るのは、第二次世界大戦後にもあった。網代ケンに日本を守ってくれ。
そう思う(16432人)、そう思わない(4456人)。
――ふむ、毒を持って毒を制すって事だ。悪い移民はヤクザに任せよう。
そう思う(8756人)、そう思わない(3912人)。
――ヤクザはやっぱり、必要悪であると思う。
そう思う(5756人)、そう思わない(2206人)。
まあ、それぞれに意見はあるが、悪いイメージは少ない方になった。これが、ワン姉妹の狙いであった。自分達は死んだことにして、網代ケンに大義名分を作って、天王洲会を分裂させることだった。
こうして、網代の分裂計画は順調に進んでいった。




