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第33章 交渉

ワン・シャンリンは優しい口調になる。

「安心してください。私は網代の親分の味方です。いや、目的が同じと言った方が信じてもらえるかな? ところで、網代さんは若頭の候補からはずれたらしいじゃないですか?」

「なっ、なんでそれを……。まだ、ハルクにしか言ってねえぞ」

「我々の情報を甘くみないで頂きたい。どうやら、東雲って女が若頭になるみたいですね。そして、親分は舎弟頭になる。本当にそれで納得しているんですか?」


図星を付かれた網代は大声を出す。

「うるせぇ、それが渡世の掟ってやつなんだよ。それでも、舎弟のトップだ。文句あるのか?」

「東雲シマを調べましたが、非常に狡賢く、金に汚い女みたいですね? そんな女がアナタを舎弟頭のまましておきますかね?」

「どういうことだ?」


ワン・シャンリンはやれやれという顔をする。

「親分の借金の件や、他にも因縁を突き付けてきますよ。それで、最後には縄張りを全て奪って、引退でもさせる気に決まっていますよ。少し考えが甘いんじゃないですか?」

「たっ、確かに……」

網代は東雲なら、そこまでやるタイプだと知っていたからだ。そう思い、少し下を見てうなだれた。


ワン・シャンリンは人をコントロールするのが得意だった。心理学を学んでおり、相手が落胆しているところに、更に悪い情報を吹き込んで落とす。それから、希望の糸を垂らす方法で人を動かしてきた。


ワン・シャンリンは笑顔を見せる。

「あまりに酷い話ですよね? 天王洲会の歴史を作ってきたのは網代組ですよね? 抗争では最前線で戦い、死んだ子分も多いと聞いています。これで、親分が引退したら、死んでいった子分も報われないでしょう? そこで、天王洲会を分裂させて、新しい組を作って頂きたいのです」

「新しい組だと?」

「ええ、あなたが東京を仕切るんですよ。アナタ程の男なら自分より、年下の天王洲欣二に大きい顔をされるのが耐えられないはずだ。だって、会長の実子だっただけで、大した実績も残してない。自分より下だと思う人間に命を懸けられますか?」


そこで、ハルクが口を挟んでくる。

「それで、あんたらは銭を出して、ワシらに組を割ってくれ言っとるんか?」

「ええ、その金で幹部に金を配れば、半分くらいはついてくるでしょう? それに、横浜の大友組だって、今は若頭の石原が仕切っています。あいつは金を出せば、なんでも言う事は聞くはずです。これで、アナタ方の障害はないはず」


網代が組を分裂するには条件があったのだ。まずは幹部を買収する金、大友組を買収する金である。これは15億もあれば可能だった。


しかし、3年前に当時の若頭を射殺されている。これの落とし前はとらなきゃいけないのだ。つまり、ワン・シャンリンを殺さないといけないのだ。


ハルクはその事を聞いた。

「しかし、ワシらかて、仁義の掟があるで。おどれらに、日本を滅茶苦茶にされて、その落とし前をつけない限りは世間も納得せえへんで?」

「つまり、私と妹の命が欲しいと?」

「そういうこっちゃ」


ワン・シャンリンはコートから、ビンを取り出して笑った。

「それは大丈夫です。私達は殺されますよ、網代の親分によってね」


ワン・シャンリンの計画はこうである。簡単に言えば、天王洲会を割って、網代組に東京を仕切ってもらいたい。まずは15億ギルを使って、幹部を金で引き連れて、大友組を動かないように買収する。すると、天王洲会VS網代組になる。


しかし、世間ではヤクザが親分を裏切るのはご法度であり、信用をなくすことになる。そこで、網代ケンという男をヒーローにする必要がある。つまり、世間を納得させる大義名分が欲しいのだ。


ワン・シャンリンが取り出したビンの中には2本の指が入っていた。それは最新のクローン技術で作られたモノである。それはワン姉妹の指であった。


網代はその指を見て首をかしげる。

「そんなもんをどうすんだよ?」

「ええ、実は……」


ワン・シャンリンは説明を続けた。まず、丸焼きの死体を2つ用意して、あとは爆弾を仕掛けて、爆死したと思わせる。その近くにクローンの指を置いておく。


あとは警察の鑑識を買収して、ワン姉妹を死んだようにみせるのだ。その後、2人は整形手術をうけて海外へ逃亡。その爆弾でワン姉妹を殺したのは網代という事にする。


そうすれば、日本を混乱させたテロリストを倒したヒーローの誕生である。ヤクザであるが、網代ケンという男が裏社会のトップに相応しい印象操作ができるのだ。そうすれば、天王洲欣二という男を支持する人間はいなくなる作戦であった。


ハルクは腕を組んで頷く。

「なるほど、世間を味方につけるってことやな」

「ええ、そうです。そうなれば、天王洲会から、幹部の引き抜きの大義名分ができる。いずれは、天王洲欣二は一人になって終わりってわけです」


網代もコクコクと頷く。

「なるほどな、大義名分が出来るわけだ」

「ただ、東雲シマは手を出さないで頂きたい。あの女のシノギを潰してしまうのはもったいない。東雲のシノギについては、抗争後に分けて頂きたい。全てのケリがついた後は、そちらで殺しても結構です」


網代が煙草をくわえると、ハルクがライターを取り出して火をつけた。

「それで、お前らに何のメリットがあるんだ? 東雲のシノギだけで、日本を混乱させたわけじゃねえだろ?」

「ええ、理由はもう一つあります。天王洲欣二はクスリ嫌いでしょう? しかし、網代の親分はクスリを裏で扱っている。そこで、我々の流通する商品を買ってもらいたいわけです。ご存じの通り、中国で捌くにはリスクが高いのは知っているでしょう?」

「まあ、テメーらの国じゃ、確実に死刑になるからな。だから、日本で覚醒剤を捌きたいけど、天王洲欣二が邪魔ってわけだな?」

「ええ、簡単に言えばそうです」


そこで、ハルクが疑い目を向けた。

「そう言って、ワシたちを争わせて、共倒れにさせようとしているんやないやろうな? ワシらがいなくなったら、おどれら中国人が仕切るって絵図や」

「いえ、捌くルートは土地勘のある日本人しかできませんよ。そして、東雲シマの不動産データがあれば、外国人の顧客も多く増やす事が出来るはずです。移民を食い物にしているのは有名なのでね」

「なるほどな、移民をターゲットにするってわけか。中々と絵図が出来ているじゃねえか」


網代は足を組みなおす。そして、ハルクの方に顔を向けた。

「ハルク、俺達に選択権はないぜ。このまま、天王洲会に残って、引退をさせられるか、組を割って一花咲かせるかだ? ハルク、俺は組を割るぞ。仁義に反するが、この俺についてくる気があるか?」

「オヤッさん、ワシはついてくだけです」


ワン・シャンリンはパンと手を叩く。

「どうやら、決まったみたいですね。15億ギルは3回に分けて、お支払いをします。明日にでも部下に持ってこさせます。では、これで失礼します」

そう言って、ソファから立ち上がる。


そして、ワン・シャンリンは頭を深く下げた。

「では、よろしくお願いします。これは足が付かないスマホです。何かあったら、ご連絡ください」

それから、サングラスをかけて部屋から出て行った。


網代とハルクは応接室で冷めきったお茶を啜っていた。

「オヤッさん、あの女を信用しているんでっか?」

「いや、してねえよ。だけど、金はおそらく本当に渡すはずだ。天王洲会が邪魔なのは本当なのだろう。だが、クスリのシノギは嘘だろうな」


ハルクは頷く。

「それはワシも思いました。日本人と中国人は見た目が変わらへんでしょ? 土地勘のある中国人なんて、歌舞伎町には腐る程おるでしょ。あいつらが、直で覚醒剤を捌いた方が儲かるはずですわ。となると、やっぱり共倒れさせて、自分達が歌舞伎町を仕切るのが目的では?」


網代はニヤリを笑いながら、ソファに背を倒す。

「俺もあの女の真の目的は分からねえ。だから、俺達が歌舞伎町を手に入れたら、ワン姉妹も殺してしまうつもりだ」

「まあ、ワシもそれがええと思いますわ」

「さて、これから忙しくなるぞ。東京は俺のもんだ」

そう言って、網代はテーブルに置かれた1億ギルを見ていた。

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