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第32章 スポンサー襲来

その頃、網代ケンは事務所に戻っていた。切り落とした左手の小指はジンジンと痛んでいた。しかし、何よりも東雲シマへの怒りが上回っていた。


網代は応接室に入ると、加古川ハルクが迎えてくれたのだ。横にはナツに蹴り飛ばされた、黒パーカーの2人もいた。


ハルクはすぐに網代の左手に気が付く。

「オヤっさん、その手どうしたんでっか?」

「ああ、指を詰めてきた。気にするな」

「へっ、へい……」

「おい、ハルクと2人で話をしたい。お前ら、外に出てろや」

そう言うと、黒パーカーの2人は応接室を出て行った。


応接室には網代とハルクだけになり、2人はソファに腰を下ろした。網代はこれまでの経緯を話した。黒羽とクスリのビジネスが本家にばれたこと。それから、自分が若頭になる可能性がゼロになったことだ。


網代はソファに座って、テーブルを蹴り飛ばした。

「ああ、クソがぁあー。もう、ヤクザとして終わったな」

「でも、破門されへんで、良かったじゃないですか?」

「お前、アホか? 東雲のガキが若頭を襲名したら、縄張りをよこせって言ってくるに決まっている。俺には借金があるから、あのガキには逆らえないんだよ。博徒の借金は恥だからな、それに腐っても若頭だ。だからな、俺はずっと、東雲の風下に立って生きないといけないのさ、クソ」

網代は20歳も年下の東雲シマにいいようにされて、イライラが止まらないのだ。


それを察したハルクは口を開く。

「オヤッさん、東雲を殺ったらエエんとちゃいますか? 暗殺したら、オヤッさんしか、若頭候補はいないって絵図ですわ」

「このバカ、俺がまっさきに疑われるだろうが……。それに、欣二、赤坂のオジキ、冬子ちゃんまで、この話を知っているんだぞ。俺が犯人って言っているようなもんだ。それに会長が跡目は欣也って、ちゃんと遺言があるんだぞ」

「オヤッさん、本当は年下の欣二さんの事を認めてないとちゃいますか? だから、最近はイライラしてはるでしょ?」


網代はその言葉に近くにあった、クリスタル製の灰皿を手に取る。

「テッ、テメー、親に説教するのか? ふざけんなぁー」

そう、大声叫んで、灰皿を空高くに振り上げた。


ソファに座っているハルクは、ガードする様子もなく、網代の目をジッと見ていた。それを見た網代は、灰皿を地面に捨てた。自分の子分に心を読まれたのが恥ずかしくなったのだ。


そして、大きな溜息をついた。

「はぁー、テメーの言う通りだよ。俺が18歳で拳銃を握っていた頃、欣二は小学生だったんだぞ? 東雲なんて生まれてもねえ。この俺がそんな奴らの下に付かないいけねえのか? あいつらなんて、刑務所に入ったこともねえんだぞ? そんなの我慢できるかよ、クソがぁ」

「オヤッさん、文太の親分は立派でしたよ。でも、命を懸ける親分くらいは、ワシらで選んでもエエと思いますわ。ワシは本家がなんというと、網代ケンという男についていくだけですわ」


網代は煙草をくわえて、自分で火をつけた。

「おい、ハルク……。俺に組を割れって言うのか?」

「それは、オヤッさんが決めることです。でも、分裂しても天王洲会の4割は、オヤッさん側についてきまっせ。実子の欣二若頭に不満を持っている親分衆も多いのも事実でっせ」

「しかし、欣二の襲名式の見届人は横浜の大友組がやるはずだ。文太のオヤジと兄弟分だった大組織だ。欣二に手を出したら、大友組が黙っていないはずだ」


大友組とは横浜を牛耳るヤクザである。構成員は900人おり、天王洲文太とは親交も深い。仮に分裂しても、大友組が欣二側に手を貸したら、網代側はズタボロに潰されるだけだ。いくら、網代組が武闘派でも、所詮は数には敵わないのだ。


ハルクが口を開く。

「しかし、大友の親分は糖尿病の悪化で、現在は若頭の石原が仕切っているはずです」

「ああ、あの金にうるさい男か? つまり、金で買収しろって話か……。でもよ、俺達の組にそんな金なんかないだろ? 喧嘩ばかりで、貧乏ヤクザだしよ」


ハルクはそこで、自分のスマホを見せた。

「ちょうど、昨日の夜に賭場で大負けした客がいたんですわ。しかも、7000万近くもでっせ」


それを聞いた網代は思わず、ソファから滑り落ちそうになる。

「なな、7000万って? どこかの大富豪でも来たのか?」

「さあ、若い女らしいですわ」

これは、もちろんナツの事である。


網代はため息をつく。

「それでも、金が全然足りねえわ。不満のある幹部を引き抜くのに最低でも3億、大友組を買収するのに2億は必要だ。それに抗争でかかる金で2億くらいだな。まあ、7億は欲しいところだ」

ハルクは現実的な話を聞いて、7億なんて大金なんか、とても用意が出来ないと判断した。


ハルクは深く頭を下げた。

「オヤッさん、すんまへん。そんな金は用意できまへんわ」

「ああ、分かっている。だから、舎弟頭で我慢するしかねえって事だな。お前らには肩身の狭い思いをさせる事になるな。すまんな」


ハルクは下を見て悔しそうな表情を見せた。

「ワシらはええです。ただ、オヤッさんの気持ちを考えると、ワシは悔しくてたまらへのですわ」

「ふっ、俺は良い子分を持ったな。今夜は飲みに行くか?」

その時、子分の黒パーカーが部屋に入ってきた。


黒パーカーの男が口を開く。

「すいません、親分に会いたいって女がきました」


話を中断されたハルクが鋭く睨む。

「おい、オヤッさんはワシと2人で話したいって言うただろうが? オドレ、耳ついてんのか?」

「えろう、すいません。けど、その女が1億ギルを渡したいって、言うてはるんですよ。武器も持ってへんし、現金も本物みたいなんですけど、追い払ってエエですか?」

網代とハルクが目を合わせる。


それから、網代は黒パーカーの方へ顔を向けた。

「おい、その女をココに連れて来い」

「へい」

黒パーカーはそう言って、深く頭を下げて、部屋を出て行った。


しばらくすると、応接室に若い女が入ってきた。バーバリーのトレンチコートにサングラスをかけた黒髪の東洋人である。背筋がピンとしており、身なりもよくて、銀座や丸の内を歩いていそうな女である。口元はマフラーで隠れており、右手にはジュラルミンケースを持っている。


網代はソファにふんぞり返って座っており、その後ろにハルクが立っていた。網代は女をジロリとみると、座るように促した。

「とりあえず、座れや」


女は頷いて、網代の対面のソファに腰を下ろし、ジュラルミンケースを開けた。そこには1億ギルの現金が入っていた。


網代はそれを見て、ニヤリを笑った。

「まさか、これをタダでくれるって訳じゃないだろ?」

「ええ」

女はそう言って、頷いたのである。


網代は本題に入った。

「それで、俺達に何をさせたいんだ?」

「網代の親分に東京を仕切ってほしいだけです。つまり、天王洲会を割ってほしいのです」

「ふっ、顔の見えない相手とは取引しない主義だ。サングラスはずせや」


すると、女は軽やかにサングラスとマフラーを外したのであった。女の正体は関東移民学生連合会の元最高幹部であるワン・シャンリンであった。そう、


3年前に冬子の父である天王洲会の若頭を射殺した女であった。網代にとっては、兄弟分の仇である。そして、自分の片目をデスドローンで奪った女の姉でもあるのだ。つまり、網代が殺したい相手であった。


網代がパクパクと口を開く。

「おっ、お前……。ワン・シャンリンじゃねえか?」

「ええ、おっしゃる通りです。しかし、過去の事は忘れて、今日はビジネスの話で来たのです。この1億は手付金であり、仕事が成功したら15億ギルを支払います」


網代は15億ギルという言葉に心が揺らぎそうになった。15億ギルもあれば、組を割って抗争出来るチャンスもある。だが、兄弟分の敵討ちをしたい気持ちの2つがあったのだ。


しかし、古いタイプのヤクザである網代の答えは一つだった。

「おい、ハルク……。この女の両手足をへし折って、賞金額をもらってこい。確か、ゴールデン街に賞金稼ぎがいただろ? そいつに警察まで運ばせろ」

「へい。殺さんでええんですか?」

「どうせ、死刑だ。国際的テロリストだし、警察に恩を売って、賞金額も多くもらえた方がいいだろ?さっさと、やれや」

「へい」

すると、ハルクがワン・シャンリンの方へ歩く。


しかし、ワン・シャンリンはニヤリと口元をゆるめる。

「私を殺したら、クルミちゃんが死ぬぞ」

クルミちゃんとは網代の愛人の子供である。年齢は7歳であり、40過ぎて出来た娘なので、網代は死ぬほどに弱愛していた。


ワン・シャンリンはスマホを取り出して、画面を見せつける。そこにはクルミが映し出された。どうやら、公園で砂遊びをしているようだった。

「網代の親分、これがデスドローンからの画像です。私がこのビルから、無事に出られなかったら、爆弾付きのドローンが、クルミちゃんに突っ込むようにしています。さて、話を続けましょうか?」


その言葉はハッタリじゃないと、網代にもハルクにも分かっていた。ヤクザは抗争でも、相手の子供には手を出さない掟があった。しかし、相手は中国のテロリストなので、子供でも殺すことに躊躇をしない事を分かっていた。


なので、2人は一歩も動けなくなっていた。網代は下唇を噛んで、怒りを我慢したのであった。

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