第31章 冬子ちゃん、怒る
その時、聞きなれた声が聞こえてきた。
「おーい、おーい」
その声の方向を振り向くと、冬子が手を振りながら走ってきた。うげー、最悪なタイミングだ。
冬子は少し怒っているようだった。
「お前ら、昨日帰って来なかったから心配したんだぞ。ナツはともかく、真一は高校生だろ? 心配かけるなよ」
そう言って、真一の顔を覗き込んだ。すると、真一は膝から崩れ落ちた。
冬子は心配そうな顔をする。
「真一、なんで泣いているの?」
「ごっ、ごめん、ごめん、ごめんなさい」
真一が震える声を出して、スマホを冬子に手渡した。あっ、バカ。
冬子はすぐにスマホの異変に気がついたようだ。
「あれ、組の管理費が消えている? 7000万以上はあったはず……。まさか、ナツ……」
冬子の目は敵意と疑惑を混ぜたような禍々しいものだった。そう、俺を疑っているのだ。
俺が真一を脅して、組の運営資金に手をつけて、ギャンブルにつぎ込んだと思っているのだ。まあ、その通りだけど……。もうダメだ、真一に全ての責任を押し付けるしかない。自分の身の安全が一番だ。
俺は冬子の胸に抱きついた。
「うわぁーん、助けてくれ。冬子、俺は脅されただけだ」
オランダ時代のように、上目使いで、メロメロにしてやる。
そして、真一に全ての罪を擦り付けてしまおう。しかし、冬子のジト目は冷え切っていた。東京の冬が寒いように、冬子の心も冷めきっていた。
だけど、泣いて誤魔化し通すしかない。
「うわーん、冬子」
そう叫んで、頬を胸に擦り付けてやった。わおっ、結構柔らかいなあ。しかし、冬子が顔面に張り手を放つ。
俺は地面に尻餅をついた。
「ぐえ、痛ってええ……」
冬子もヤンキー座りで、俺の目線に合わせる。
「おい、動くなよ」
いつのまにか、冬子は拳銃を抜いており、俺の胸に押し付けていた。それから、スマホで誰かに電話をかけた。
電話が終わると、ポツリと呟いた。
「やっぱりな……」
「何がやっぱりなんだよ?」
「ああ、網代組の賭場に問い合わせをしたんだ。そしたら、花札、雀荘、丁半などの賭場で、赤毛の外国人が暴れて大変だったみたいらしい。これって、ナツだろ?」
俺は首を左右にブンブンと振った。
「違う、違う……。俺じゃないよ」
なんとか、誤魔化すしかない。証拠はないはずだ。
しかし、冬子がスマホの画面を見せてきた。そこにはスカジャンを羽織った赤毛の女が映っていた。どうみても、俺だった。防犯カメラでもあったのだろう。
冬子が問い詰めてくる。
「ちょっと、裏路地で話そうや」
そう言って、胸倉を掴まれて、ズルズルと裏路地へ引きずられていった。
裏路地は狭く、2人並んだらギュウギュウな状態だ。そこで、俺は冬子に壁ドンをされたが、恋愛漫画とは違う展開みたいだ。だって、片手には拳銃が握られているのだから……。
そして、銃口は俺の腹に当てられていた。
「これなら、ナツでも避けられないだろう?」
表情はニヤリとしているが、その目には殺意のようなものを感じられた。
俺は素早く、色々な言い訳をマシンガンのように繰り出した。
「ちょっと、ちょっと待って……。真一が全部悪いの、俺はまったく……」
しかし、ドスの聞いた声で遮られてしまった。
「いいから、黙れ。これからの返事はイエスかノーの2択だけだ。それ以外は、へそが一つ増えるぜ。正直に答えたら許してやる。分かったか、ナツ?」
俺はマジな雰囲気にうんうんと頷く。
すると、冬子が神妙な顔つきで口を開く。
「この金を使い込んだのはナツか?」
「ノー……」
そう言うと、冬子が拳銃の撃鉄をカチッと起こす。いや、嘘はダメだ。このバカ、マジで撃つ気じゃん。
冬子はもう一度同じ質問をしてきた。
「この金を使い込んだのはナツか?」
もはや、正直に話すしかない。逃げようとしても、この距離の拳銃を避けられる自信はない。ましては、相手は一流のガンマンなのだから……。
なので、俺は素直に答える。
「イエス」
「よし、次はこの借金を返す気はあるのか?」
「イ、イエス……」
「なら、私の仕事を手伝え。ワン・シャンリンが6000万ギル、妹のワン・マーメイが4000万ギルだ。これで借金はチャラにできるだろ?」
冬子の父親の仇のチャイナ姉妹か……。かなり手ごわい相手なので、生け捕りは難しいな。半額だと5000万ギルってところだな。まあ、他に借金を返す方法はない。
それに、冬子だって一人だと、倒すのは厳しいと思っているはずだ。だから、俺の力が必要なのだろう。遠まわしに手伝ってくれと言っているのだ。
冬子は確認の意思を再度聞いてきた。
「ナツ、やるか? イエスかノー?」
「イエス」
すると、冬子が額を俺の額につけてきた。
「ナツ、約束だぞ。逃げたら許さないからな」
「おっ、おう」
唇が触れそうになったので、ドキドキしてしまった。
とにかく、俺は冬子の敵討ちを手伝う事にした。しかし、俺には金が入らないのがキツイけどね。まあ、仕方にない。命があっただけ感謝しよう。
冬子は不機嫌そうに、背中を向けて歩き出した。
「なら、すぐに行くぞ」
なんかカリカリしていて、怖い感じだな。
俺は緊迫した雰囲気をぶち壊そうと、冬子にギャグを放った。
「そんなにイライラするなよ。生理かな? なーんちゃって」
すると、冬子が振り向いて、俺に向けて発砲してきた。ふと頬を触ると、少し血が出ていた。
冬子がこちらを睨んできた。
「殺すぞ?」
「ごっ、ごっ、ごめんなさい」
下半身が少し冷たく感じた。少し漏らしたかもしれない。
こうして、俺はワン姉妹と戦う事を決めた。




