第22章 東雲ハコネ VS 市原
突然の来訪者は東雲姉妹であった。銀髪に着物姿の東雲シマ、セーラー服に日本刀を持った東雲ハコネ。
2人は機嫌の悪そうな顔をしていた。東雲シマが黒羽の前のソファに腰を下ろす。そのソファの後ろに、賞金稼ぎであるハコネが立っていた。東雲シマは18金のシガレットケースから煙草を取り出す。
それから、煙草をくわえて、黒羽に命令したのであった。
「黒羽、火は?」
黒羽は自分より年下でありながら、役職が上である東雲シマが嫌いだった。なので、子分の前でライターをつける事はしたくなかったが、断れない理由もあったのだ。それは後で説明するとする。
黒羽は渋々、ライターを差し出した。
「東雲の姐さん、失礼します」
「おう」
「それで、今日は何の用ですか?」
「おい、何の用じゃないやろ? 借金の催促や。今月中に4000万ギル返す話やろ? さっさと、金出してや。ウチも忙しいんや」
黒羽は東雲組に金を借りていた。それはホストクラブを作って、新しいシノギをするつもりだった。しかし、黒羽は経営がうまくいかず、赤字状態であった。なので、4000万ギルをすぐに返せる状態ではない。
そこで、黒羽は媚びたような笑顔を見せる。
「姐さん、もう少し待ってくださいよ。そうだ、そこのお前、ドンペリがあっただろ? それとグラスを2個もってこい」
そう言われた若い衆が返事をする。
「へい」
すぐに若い衆がドンペリとグラスを持ってきて、テーブルの上に置いた。黒羽は慣れたように、ドンペリの栓を開けて、バカラのグラスにトクトクを注いでいく。
それから、シマに飲むように笑顔で言った。
「まずは喉を潤しましょうや、ハハハ……」
黒羽はホストを経験したこともあり、東雲シマの気分をよくして、借金の話を逸らそうとする。
シマがグラスを受け取る。
「ほう、ドンペリか……」
「これ、ドンペリのゴールドですよ。まずはググっと一杯行きましょうや」
その返事にシマは手に持っていたドンペリを黒羽にぶっかけたのであった。
それから、空のグラスをテーブルの上にドンと置いた。
「黒羽の、誰が酒持ってこいって言うたんじゃ? ウチは金を持ってこいって言うたんやぞ。本家の若頭補佐を軽くみてるんか? コラっ?」
ずぶ濡れたなった黒羽は怒りを抑えながら、ペコペコと頭を下げる。
「いえ、そんなつもりは……。俺に出来ることなら、なんとかします。だから、あと3か月、いや2か月待ってください」
「ほんなら、ウチのワガママを聞いてくれるか?」
「そりゃ、もちろんですよ。なんでも言ってくださいよ」
シマはニヤリとした表情を浮かべた。そして、髪を軽くかき上げたのであった。
「今日、お前のスカウト会社でトラブルがあったやろ? なんでも、市原が赤毛の少女にボコボコにされたそうやないか? それでな、赤坂組にスカウト会社のケツモチを手伝わせようと思うんや。赤坂組なら、誰にも舐められないやろ。ハコネ、ええ考えと思わへんか?」
そう言って、ハコネの方を見る。
ハコネはニコニコ笑いながら答える。
「姉ちゃん、優しいわ。若頭があんな弱かったら、ケツモチに向いておれへん。向いてない子に仕事をさせるのは可哀相や。黒羽組の親分も嬉しいやろ?」
黒羽は東雲シマの目的が分かった。自分のスカウト会社を乗っ取ろうとしている事だ。市原が公共の場で、ボコボコにされた事で評判が落ちている。
そこをつけこんで、東雲シマがケツモチを手伝ってやると、嘘の優しさを見せつつも、徐々に乗っていくのが目的だと分かったのだ。これには黒羽も反対しなければならない。なぜなら、黒羽組のメインの仕事はスカウトなのだから……。
黒羽は怒りを露わにする。
「姐さん、人の茶碗を取ろうとしないでくださいよ。こっちだって、限度がありますぜ」
「いつ、ウチがオドレの茶碗を取ろうとしたんや、コラっ?」
そして、東雲シマは黒羽に煙草を投げつけた。黒羽は怒りが限界を超えて、テーブルに拳を叩きつけると、ドンペリやグラスが床に転がった。
それから、事務所に響き渡る大声をあげた。
「今だろうがぁー、この守銭奴がよぉー」
黒羽組の事務所がシーンと静かになる。若い衆も抗争になりそうな雰囲気に恐怖して、一歩も動けない状態になる。
しかし、黒羽は更に頭に血が上っていく。
「もし、スカウト会社をとられる位なら、ウチは東雲組と抗争だって考えますよ。あとがなくなりゃ、こっちだって前に出るしかねえんですから……」
「アハハ、抗争やと? 元半グレが本家に立てつくんかい? 80人ぽっちの黒羽組が、1000人近い本家に喧嘩を売るんかい? おどれ、アホとちゃうんか?」
東雲組と構えるという事は、兄弟分である赤坂組も動くことになる。そうなったら、黒羽組は壊滅状態に追い込まれることになる。
そこで、黒羽は一度冷静になった。
「姐さん、アンタ弱い者いじめをして、楽しいのかよ?」
「まあ、組の掟を破る奴には厳しくいくで」
「俺が一度でも、本家に弓を引いたんかよ。ちゃんと、上納金もなんとか収めているだろうがぁー」
東雲が煙草をくわえて、自分のライターで火をつけた。
「おどれ、本家に隠している事があるやろ?」
「いや、なんもないですよ」
「ほんまか? 例えば未成年の売春クラブとか? プチデビルとかいうやつや」
その言葉に黒羽は動揺を隠せない。2年前に黒羽は市原と相談して、新しいシノギをやることにした。それが未成年の売春クラブ『プチデビル』の経営だった。
裕福層の会員制にして、未成年の女の子をスカウトして売春させていた。しかし、利用者の中に警察関係者がいたのだ。それは新宿署の柏木警部という悪党だった。
柏木警部は黒羽を脅してきた。
「黒羽、天王洲会と新宿署は未成年の売春婦はご法度だ。お前も分かっているだろう? つまり、破門か逮捕の2択って所だな。だけどよ、お前と俺の仲もあるし、第三の選択もあるぜ」
その第三の選択とは口止め料をよこせという事であった。
黒羽は渋々と条件を飲んだが、プチデビルでいくら売上を上げても、柏木警部に搾取されていく状態になっていった。やれ、高級腕時計や外車が欲しいなど、だんだんと要求は高くなっていった。
黒羽はプチデビルを辞めたかったが、柏木警部は許してくれなかった。なので、労力の割は全然儲からないシノギになった。そこで、新しいシノギのホストクラブをやるのに東雲組に金を借りたが、これが失敗して借金を抱えてしまうのであった。
黒羽は額に汗を掻きながら、パクパクと口を開いた。
「ねっ、姐さん、証拠でもあるんですかい? 黒羽組が関わっているっていう証拠は?」
「ふっ、ヤクザに証拠はいらんと言いたいところやけどな。ちゃんと、証拠はあるで」
そう言って、封筒のようなものを差し出してきた。
黒羽は無言での封筒の中身を確認する。そこには若頭の市原が女の子をスカウトしている証拠があった。他にも金の流れや、柏木警部とのことまで知っていた。もはや、黒羽に言い逃れは出来なかった。
黒羽は額の汗をぬぐった。
「姐さん、本家は知っているんですか?」
「いーや、知っているのはウチとハコネだけや。それにお前を破門にするつもりもあらへん。その代わりとしてな、口止め料として、スカウト会社の売り上げ半分だけでええで」
黒羽は破門よりは、スカウト会社を手伝わせる方が良いと判断した。それに東雲シマなら、売上を伸ばすことも可能だと思ったのだ。
なので、この条件を飲むことにした。
「分かりました、その条件でいいです……」
しかし、そこで若頭の市原が暴走をした。自分のせいで、プチデビルのシノギが、東雲にバレてしまったと思ったのだ。そして、ここで動かないと、後で黒羽にヤキを入れられると判断してしまう。だから、市原は拳銃を懐から出して、東雲シマに向けた。
市原はニヤリと笑いながら、東雲シマの顔を見る。
「姐さん、欲張りはダメっすよ。ウチはカツカツなんですよ。全て見なかった事にしてくださいよ」
しかし、拳銃を向けられても、東雲シマは怯えもしない。
黒羽が慌てて、市原を説得する。
「バカ、やめとけ。市原、チャカをしまえ。撃ったら、抗争になるぞ」
「オヤジ、そう言って、全部を俺のせいにする気でしょ? そして、破門にして自殺にでも見せかけて、俺を殺すんでしょう? 全部責任を負わしてさぁ、クソがぁ」
「市原、おちつけ」
市原は疑心暗鬼に陥っていた。ナツに蹴り飛ばされて、黒羽に木刀を背負わされて、プチデビルの証拠が自分のせいでバレて、男のプライドがズタズタだった。だから、ここで引くわけにはいかなかった。黒羽組のナンバー2として、子分の前でこれ以上の失脚は出来ない。その気持ちが強くなっていく。
市原は拳銃のハンマーを起こした。
「姐さん、俺は引かないですよ。全て見なかった事にして帰ってくれません? 俺は会長だろうが、若頭だろうが、撃つ時は撃つ男ですよ」
「残念やな。ウチもチンピラに脅されて、おめおめと帰るわけにはいかんのや」
「ふっ、東雲姉妹の口を封じてしまえば、今まで通りの黒羽組だ」
「市原、撃てるもんなら、さっさと撃ってみいや。このチンピラがぁー」
黒羽は冗談じゃないと思っていた。東雲姉妹を殺したら、赤坂組が乗り込んできて皆殺しにされる事は分かっていた。
なので、なんとか市原を止めようとする。
「市原、やめとけ。親である俺の命令だぞ」
「オヤジ、俺が引き金をひけないと思っているでしょ? 俺は根性なしじゃないですよ。なんなら、見せましょうか? この俺が……」
しかし、市原の言葉は途中で途切れしまう。
なぜなら、ハコネが素早く刀を抜いたからである。気が付くと、市原の拳銃を握っていた右手首がテーブルの上に落ちる。それから、市原の切られた断面図から、血がドバドバと吹き出した。
市原はそれに気が付き、左手で右手首を抑えながら、床にゴロゴロのたうち回った。
「あっー、あっー。熱いぃいいいぃーー」
それを見たハコネが刀を鞘にしまった。
「誰に拳銃を向けておんねん、チンピラ」
そう、超人的な抜刀で、ハコネが市原の右手首を切り落としたのだ。
東雲シマがソファから立ち上がる。そして、茫然としている黒羽を見下ろす。
「まあ、市原の右手首に免じて、今日は帰ったるわ。ほな、1か月後にまた来るで。その時は4000万ギルか、スカウト会社のシノギのどっちかを用意しておいてな。行くで、ハコネ」
「うん、姉ちゃん。ウチ疲れたから、チョコレートパフェ食べたい」
「ほんなら、帰りに喫茶店よろうな」
「わーい」
東雲姉妹は意気揚々と事務所後にした。黒羽組はこの件で本家に牙をむくようになっていく。




