第18章 歌舞伎町最強の男
俺はスカジャンの裾で、顔にくっついたクリームを拭くと、ホスト風の男に後ろ回し蹴りを食らわした。ホスト風の男は体重が軽く、数メートルも転がって、電柱に激突した。
坊主男は口をパクパクしながら、その光景を見ていた。それから、俺は坊主男の腹に前蹴りを放つと、パチンコ店のガラスまで吹っ飛んだ。すぐにガシャーンと、ガラスの割れた音が響いた。
ホスト風の男、坊主男の2人はピクリとも動かない。まだ、俺は暴れ足りずに、怒りがおさまりそうもない。
すぐに辺りがザワザワと人が集まってきた。
「何? 喧嘩?」
「あの外人の子が、スカウトマンを蹴っていたよ。こわっ」
「いや、普通の女の子じゃん。映画のロケじゃね?」
うるせえな、邪魔だと思った。それから、5分後には人込みを分けて、スーツの男3人があらわれた。
その中の茶髪男が大声をあげる。
「はいはい、みなさん、どいてくださいよ」
そして、俺の目の前にスーツの男3人が道をふさぐ。茶髪男の左右には強面の男が2人だ。おそらく、茶髪男がリーダーだ。一人だけスーツが派手で高そうだ。
その茶髪男が髪をかき上げながら、笑顔をこちらに見せてきた。
「お姉さん、なんかあったの?」
「つーか、お前誰だよ?」
茶髪の男は名前を名乗った。
「俺は天王洲会内黒羽組の若頭の市原だ。スカウト会社の管理をしている。まあ、スカウトマンのトラブル処理が仕事だ」
「そのスカウトマンに、しつこく絡まれたから、蹴っただけだぞ。文句あっか?」
「まあ、スカウトマンがしつこかったのは、こちらの落ち度からしれない。でも、こんな大けがさせちゃダメだよ」
市原はそう言って、ヨロヨロ歩く坊主男の顔を見せた。
確かに前歯がなくてなっているな。だけど、俺悪くなくね?
そして、市原はニヤリとした表情を見せた。
「それじゃあ、事務所来てよ。治療費の話を……」
俺は市原が言葉を言い終わる前に、腹を蹴り飛ばしたのであった。
だって、俺は悪くないからね。コイツらが、勝手に声をかけて、服を汚して、その果てに治療費を払えと? 全員ぶっ殺すまで、気が済まねえぞ。俺に蹴られた市原は、そのまま人込みに突っ込んでいった。
すると、市原の子分の一人が、俺に襲い掛かってきた。
「若頭に何してんじゃ、ボケェー」
俺は後ろ回し蹴りで、ソイツの顎をたたき割った。男は口から白い泡を出して、そのまま地面に倒れた。
そして、野次馬がザワザワと騒ぎ出して、スマホを出して撮影をはじめた。
「ヤバい、ヤバい。ヤクザに喧嘩売っているぞ、面白れぇー」
「あの子、天王洲会を知らないかしら?」
「赤毛の姉ちゃんいいぞ、俺はヤクザ嫌いだぁー」
「早く、早く……。動画撮っておけ、動画撮っておけ」
まったく、人の不幸を撮影しやがって、ロクな死に方をせんぞ。それから、残った一人の子分は逃げ出した。
市原の子分は歌舞伎町を走っていた。男は自分の組の若頭が一発で倒されるなんて、どうしたらいいか分からなかった。とにかく、兄貴分を守るよりも、自分の身を優先させたのだ。
つまり、ナツに圧倒的な恐怖を覚えたのだ。あの場所にいたら、自分も殺されてしまう気がしたので、戦線離脱を選択するしかなかったのだ。そして、前も見ないで走っていたので、人にぶつかってしまう。
ぶつかった相手は2メートルを超える大男だった。そう、歌舞伎町で最強と呼ばれている加古川ハルクであった。天王洲会内網代組の若頭をつとめる男であり、一重の目が虎のような威圧感を与える。白いスーツに黒いシャツに黒いネクタイ姿も、巨体であるハルク専用の特注品であるのだ。
市原は身長220センチ、体重190キロのバケモノを見て、その場に腰を抜かしてしまう。それ以外にも、相撲取りやプロレスラーを病院送りにしたのを知っていたからだ。人間よりはヒグマを見た感覚に近い感じだった。
その加古川ハルクの周りには、2人の子分がいた。上は黒パーカーで、下は黒スウェット姿である。あきらかにプロレスや格闘技をやっている体格をしている。身長も190センチ近い。ハルクが地下格闘技をやっていた時の仲間である。
その黒パーカーの一人が市原の子分に凄む。
「お前、兄貴にぶつかって挨拶なしか? この街でハルクの兄貴を知らないとか言わせないぜ」
すると、加古川ハルクが止めにはいる。
「やめとき、おそらく同業者や。そうやろ?」
「はい、そうです。自分は黒羽組の若い衆です」
「そんなに慌てて、何かあったんか?」
ハルクはヤクザであったが、昭和のヤクザのように懐は大きかった。だから、天王洲会でも頼りにする人は多かった。なので、市原の子分は事情を説明した。そう、ナツとの喧嘩の件である。
加古川ハルク説明を聞くと頷く。
「良かったら、ワシが止めてやろうか?」
「本当ですか? でも、本当に強い女ですよ。大丈夫ですか?」
ハルクの子分が怒声をあげる。
「テメー、ハルクに兄貴を軽くみているんか? 殺すぞ、コラっ?」
「いいから、やめとき。身内同士で争って、どうすんねん」
「ハルクの兄貴、すいません」
「まあ、ええわ。天王洲の縄張りを荒らす奴は、誰だろうと許さへん」
その巨体はゴジラのある映画館まで移動した。こうして、リアルゴジラのハルクとナツが喧嘩する事になるのだった。
俺は野次馬に囲まれていた。顔や髪についた生クリームが甘くて、気持ち悪い状態である。くそ、怒りが収まれねえ。クレープ代、クリーニング代、銭湯代は誰が払うんだよ。
なんで、こんな目に合わないといけないのだ。俺は仕方なく、気絶している市原の背広で顔を拭く。ふう、ハンカチ代わりだぜ。
すると、先程逃げた男が戻ってきた。
「あの、女です」
そう言って、俺を指さしてきた。
それから、黒パーカーを羽織った男を2人連れてきた。でかい、身長が190センチ近くあって、いかにも強そうだ。なるほど、市原の報復ってところか……。ふん、面白そうじゃねえかよ。
そして、更に遅れて大男が来た。うおっ、でかい、でかい……。第一印象はそれしかなかった。先程のパーカーの男達より、頭一つでかいし、横幅も体2つ分くらいある。
おいおい、身長2メートルは余裕で超えているだろ? 本当に同じ人類なのか? 刃牙に出ているキャラクターだろ? 出る作品は違うんじゃないの?
野次馬もモーゼの十戒のように道を開ける。
「ヤベッ、ハルクが来たぞ」
「うぉー、歌舞伎町最強の男じゃん。マジで大きいな。あの姉ちゃんどうするんだろう?」
「俺も初めて見たけど、デカすぎじゃね?」
ハルク? コイツの名前か……。それに歌舞伎町最強の男? この町で一番強いってことか……。まあ、これと喧嘩したいと思う奴はいないだろうな。俺も普段なら、戦いを避けると思うのだが……。しかし、クレープの件で腹が立っていたので、こっちも冷静になる事はなかった。
黒パーカーの一人が声をかけてきた。
「姉ちゃん、人に迷惑かけちゃいけねえよ。向こうで話そうや」
「はっ? 俺が迷惑かけられたんですけど?」
最初から、俺が悪いような言い方にカチンと来た。
だが、黒パーカーはそれに気が付かない。
「テメーが天王洲の人間を蹴ったことは事実だ。いいから、こっち来い」
「はっ? 行かないけど」
「このガキ……」
黒パーカーは手を伸ばして、俺を捕まえようとしてきた。とりあえず、俺は挨拶代わりに、右ローキックを食らわした。しかし、相手は勢いを殺すために前に出てきて、左腕で右足首をガッチリと掴んできた。くそ、右足を封じられちゃったぜ。てへぺろ。コイツは格闘技の経験者の動きだな。
黒パーカーはニヤリと笑顔を見せた。
「姉ちゃんも、多少やるようだけどな、黒羽組の子分と一緒にするなよ。ウチは格闘技を習っているんだぞ」
「ふん、そうかい」
俺は残った左足でハイキックを、黒パーカーの顔面にぶち込んだ。すると、男は右足首から手を放して、地面に倒れる。
俺はそのまま、黒パーカーの腹の上に両足で着地する。
「うごあっ」
そう叫んで、黒パーカーは動かなくなった。あんまり、大したことないな。
もう、1人の黒パーカーが敵意をむき出しにする。
「テメー、なめやがって。ハルクの兄貴、次は俺にやらしてください」
そこで、ハルクと呼ばれている男が止めにはいる。
「やめとき、お前じゃ勝てへん」
「いや、まぐれで勝っただけでしょ?」
「よく見てみ、あの嬢ちゃんの両手や。スカジャンのポケットに入れっぱなしや。まだまだ、全然本気を出していないっていうこっちゃ」
ふん、ご名答だ。右足を掴まれた時は少し驚いたけどな。この黒パーカーが弱いとは思わない。このナツ様が強すぎるのだ。
ハルクがこっちに近づいてきた。
「嬢ちゃん、何があったのか説明してくれへんか?」
なんだ、コイツ? ヤクザなのは間違いない、それなのに腰が低いのが逆に怖いな。
俺は仕方なく、今までの事情を説明した。無理やりスカウトをされて、クレープを顔面につけられて、黒羽組というチンピラと喧嘩になった経緯だ。
すると、ハルクは頭をさげてきた。
「それは、ワシらが悪いな。すまんかったな」
そう言って、財布から10万ギルを取り出した。
「これはクレープ代とクリーニング代や。あとは、迷惑料と思ってくれ、お嬢ちゃん」
普段なら、金を貰えば喜んで許している。しかし、ハルクという男に見下されているようで、マグマのように怒りがおし寄せてきた。そう、この男は強い。だから、対等だと思われたかった。
そう、この俺を子供扱いされたのが、プライドに傷がついたのだ。お嬢ちゃんだと? なめやがって……。いや、なによりも、俺は直感的にコイツと殺し合う運命を感じた。




