第17章 新宿スカウト通り
しばらくすると、眼鏡をかけた少年を連れ来てきたのである。
「ナツ様、冬子お嬢様の弟で、天王洲真一様です。真一様が賭場を案内します」
「サナエちゃん、なんで俺が……」
「真一様、組のものは手が空いていないのです。みな、抗争に向けて忙しいのです。冬子お嬢様のご友人なので、なにとぞお願い致します。あと、ついでに銀行の振込もお願いします。先日の寿司屋の代金の支払いがまだなので……」
「ああ、分かったよ。仕方ない、俺が行くよ」
へえ、冬子に弟がいたのか。しかし、顔は全然似ていないなあ。ブレザーの制服姿で、少年って感じだし、身長も低く、顔も童顔で弱そうなオーラだ。真一は頭を掻きながら、面倒な感じで、俺の顔を見てきた。
俺はニコリと笑って挨拶をした。
「よろしく頼むよ、俺はナツって呼んでくれ」
「俺は真一でいい。じゃあ、歌舞伎町に行こうぜ、ナツ」
俺達は新宿駅へ向かった。街には人が溢れており、もうクリスマスの雰囲気が溢れていた。サンタクロースの恰好をしたやつがケーキを売っていた。
俺は真一に声をかけた。
「真一は何歳なんだ?」
「ああ、俺は高校2年で17歳だよ。ナツは?」
「俺は16歳。しかし、真一は冬子に似ていないな」
「まあ、本当の姉弟じゃないからね」
事情を聞くと複雑みたいだ。天王洲文太の友人の子供であり、両親をなくして、戦争孤児になって引き取られたらしい。それが10年前の話であり、そこから住み込みで、料理係を担当しているみたいだ。
まあ、よくある話だし、両親がいないのは悲しいけど、良い家族に引き取られて羨ましいぜ。俺はオランダで辛い目にあったから、そう思ったのかもしれない。
今度は真一が質問をしてくる。
「なあ、ナツはずっと、冬子と暮らしていたんだろ? サナエちゃんから、賞金稼ぎのコンビを組んでいたと聞いたぞ。ところで、冬子はどんな人間と交流があったんだ?」
「まあ、色々とだな。情報屋や警察とかいたな」
「そういうんじゃなくて、冬子の男友達とかさ」
真一は少し照れたような顔をしていた。あっ、この眼鏡は、冬子に好意があるに違いない。まあ、血は繋がってないなら、冬子を女として見てしまうのは仕方ない。
俺はニヤニヤした顔で聞く。
「お前、冬子が好きなんだろ?」
「はぁー? 別に興味ないし」
しかし、真一は顔を真っ赤にしているので、おそらく図星なのだ。
俺はイタズラ心が芽生えてしまった。
「そうか、興味ないのか……。冬子の彼氏の情報を教えようと思ったのにさ」
すると、真一が胸倉を掴んできた。
「おいおい、彼氏がいるのかよ? どんな男? 仕事は何している? もう、キスはしたのか?」
「このぉ、痛いだろがぁ……。落ち着けって、このバカ」
俺は真一の腹を軽く殴った。すると、真一はフラフラと地面に倒れた。
それから、四つん這いで腹を抑えながら、苦しそうな顔をした。
「うぐうう」
バカな、相当軽く殴ったのに効いたのかよ。なんて、弱い奴なんだ。
「お前、クソ弱いな」
「ハアハア、うるさい、それより、冬子の彼氏について教えてくれ」
俺は嘘だと教えてあげると、真一は嬉しそうに喜んでいた。そう、冬子のことが好きなのを白状しやがった。まあ、あれだけ綺麗だったら、普通の男はほっておかないはずだ。まあ、このヘタレでは冬子のハートを掴むのは無理だろう。冬子から見ると、カワイイ弟って感じなんだろうな。
その時、制服を着た小柄な少女が近づいてきた。そして、真一に声をかけた。
「先輩」
「ああ、沢村か……」
「先輩、そちらの方は?」
「ああ、冬子姉ちゃんの友達だよ。新宿を案内しているのよ」
そう言うと、少女はホッとした顔をしていた。
どうやら、沢村って少女は、真一の部活の後輩らしい。部活は料理部で、真一はそこの部長みたいだ。沢村はニコニコとして、礼儀正しい感じであった。
「先輩、明日は部活出てくださいね」
「分かった、分かった」
「約束ですよ」
そう言って、沢村は人込みに消えていった。
沢村の目はキラキラしており、あきらかに真一に恋している乙女だった。まあ、2人はお似合いだと思った。チンチクリンのカップルだけどな。
俺は真一にアドバイスをした。
「なあ、お前に冬子は無理だよ。今の子にしとけよ、向こうも好意もっているみたいだしな。お前ら、お似合いだよ」
「バカ、俺は冬子にまだ告白もしてねえよ」
「まあ、勝手に頑張れよ。それより、賭場に連れていってくれ」
「ああ、任せろよ。歌舞伎町一番街に向かおう」
ふと気が付くと、時刻は夕方の4時過ぎになっていた。歌舞伎町周辺が薄暗くなっていった。俺はアルタ前まで来ていた。近くにはクレープ屋があったので、ちょっと覗いてみるか……。
メニューにある写真は、どれも美味しそうだな。特にツナマヨネーズとチョコバナナアイスに目を奪われた。俺はその2つを買うことにした。だって、両方食べたいんだもん。俺はクレープを2つ受け取る。
すると、真一がニコニコと手を差し出す。
「なに、ナツのおごり? 案内料なんていらないのにさ、アハハ」
「いや、2つとも俺が食べるんだ、バーカ」
「お前って、本当に意地悪な女だなあ」
「ふん、大きなお世話だぜ」
俺はアルタ前の横の通路を歩こうとした。ここからなら、歌舞伎町は近いはずだ。初日に一人で観光したので覚えている。
しかし、真一が何故か止めようとしてきた。
「ナツ、そこはスカウト通りだから、遠回りしていこうぜ」
「えっ、なんで? 近い方がいいじゃん」
俺は一人でスタスタと歩き始めた。
右手にツナマヨネーズ、左手にチョコバナナアイスで気分は爽快である。ウフフ、これから賭場に行くと思うと、更にテンションが高くなる。
すると、そこにホスト風の男が声をかけてきた。
「お姉さん、お姉さん、ちょっと話さない?」
「いや、話さない」
「シカトしないなんて、お姉さん優しいなあ……。つーか、滅茶苦茶カワイイじゃん。芸能人? それかモデルでしょ?」
名馴れ馴れしく、やせ形のホスト風の男が後をつけてくる。これがナンパってやつか?
俺は適当に返事する。
「いや、賞金稼ぎだ」
「また、また冗談でしょ?」
うるさいけど、俺は気にもせずに、早足で歩く。
そこに、坊主頭のスーツの男が入ってきた。
「おいおい、境界線超えているぞ。もう、声かけんなよ。ルール守れや」
ホスト風の男は大声を出す。
「うるせー、今日はプレイベートのナンパだ。あのスカジャンの子を見ろよ」
「どれどれ……。あっ、上物だわ」
そして、2人が俺の後をついてきた。めんどくさいぜ、まったく。
俺の右側にはホスト男、左側には坊主男の2人がステレオのように話かけてくる。
「ちょっと、話そうよ。なんでも奢るしさ」
「お姉さん、今の店の2倍、いや3倍だすからさ。ソープって興味ある?」
こいつら、俺が売春婦だと勘違いしているのか? どうやら、後に聞いた話によると、ここは新宿のスカウト通りいう場所らしい。数メートルごとに縄張りがあって、その範囲で女の子をスカウトして、キャバクラや風俗で働かすらしい。
つまり、ジョバンニがやっていた仕事だ。俺はそう思うと、少しイライラしてきた。なので、シカトして歩いていく。そうしている内に歌舞伎町一番通りまで着いた。
赤い看板を潜って、そのまま前に進んでいくと、ゴジラのある映画館が見えてくる。スカウトマンの2人はまだ、ついてきたのである。いい加減にしつこいぜ。
俺は気が短いのだ。
「お前ら、いい加減にしとけよ」
ホスト風の男はめげない。
「うわっー、怒った顔もカワイイね」
坊主頭もしつこい。
「ねえ、ウチに店で働きなよ」
そうしている内に、男2人が喧嘩を始めたのであった。
「テメー、歌舞伎町のルール守れや」
「お前が先に、境界線を越えたんだろがぁ、ボケ」
どうやら、2人はお互いに胸倉を掴みはじめた。
よし、クズ同士で殺し合え、殺し合え……。しかし、俺もそのケンカに巻きまれてしまうのであった。まず、坊主男が体重の軽そうなホスト風の男を突き飛ばした。ホスト風の男はバランスを崩して、こちらに倒れてきた。
そして、そのまま、俺の右肘に激突してきたのである。俺は右手にもっていたツナマヨネーズをパイ投げのように、自分の顔面にぶつけてしまう。しかも、クレープの生地がまだ熱かった。
「熱ちちちちぃー」
更に俺は本能的に顔を覆ってしまった。だが、左手にはチョコバナナアイスを持っていた。だから、それも顔面に張り付く。
「冷てえええぇー」
くそ、ついてない日だ。もはや、俺の顔はクレープだらけでグチャグチャである。顔だけではなく、髪の毛から、洋服までがクレープだらけだ。
無性に人を蹴りたい衝動に襲われた。こいつら、殺す。




