第8章 ナツの生い立ち(オランダ編)
オランダ編に入ります。
再び、舞台は現代に戻る。私は都庁前に車を停めようとしたが、警察やマスコミの車両で駐車スペースがなかった。くそ、父さんの仇が逃げてしまうじゃないか。
私は仕方なく、少し離れた有料駐車場に停めた。そして、都庁に向かって、自分の足で走り出した。都庁前は人ゴミでパニックになっている。野次馬はスマホを持って、都庁の爆発した部分の写真を撮っていた。
私はそこで冷静になった。もう、犯人が近くにいるわけがないだろうと思った。別に遠隔操作や時間設定で爆弾は起動できる。そんな事を考えていると、スマホから着信が来た。画面を見ると、ナツからであった。
私は電話に出た。
「ナツか、なんか用か?」
「冬子、一人で行動するなよ。俺も連れて行けよ、一応は相棒だろ?」
「ああ、悪かったな」
「今何処にいる?」
私は地図のデータを送って、都庁近くの新宿中央公園にあるナイアガラ滝の前で待ち合わせをした。しばらくすると、原チャリのようなエンジン音が聞こえてきた。
ナツはサイボーグブーツのローラースケートで来たようだった。
「おう、冬子」
「うん」
「しかし、ここは広い公園だな」
新宿中公園は広く、地元の人でも迷う事も多い。ナイアガラ滝は分かりやすいので、ナツでも分かると踏んでいた。私達は近くのベンチに腰を下ろした。
まず、ナツが口を開く。
「まあ、少し落ち着けよ。親父の仇討ちだから、感情で動くのは分かるけどさ」
「ああ、でも、親が殺される気持ちが分かるか?」
「いや、分からねえ。俺は物心ついたら、スラム街にいたしな」
そういえば、ナツはストリートチルドレンだった。親の愛情を知らないで、生きてきたのだろう。その分、私は家族が沢山いて幸せかもしれない。
私はナツに謝る。
「悪い、変な事聞いて」
「いや、別にいいよ」
「そういえば、ナツの本名って、早乙女ナツだっけ?」
賞金稼ぎの証明書を見せてもらった時に名前を見たので覚えている。ナツはどう見ても、欧州の外国人なのに、日本の苗字が疑問に思っていた。私はナツの生い立ちや家族について、あまり知らないのだ。
ナツはベンチに寄り掛かり、こちらの顔を覗いてきた。
「気になるか? 俺の生い立ち? フフフ、顔にかいてあるぜ」
「いや、別に言いたくなければ、言わなくてもいいよ。ただ、日本名が気になっただけだ」
「まあ、生活費を出してもらっているから、暇つぶしに昔話でもしてやるよ」
こうして、ナツは自分の生い立ちを話してくれた。
俺の名前は早乙女ナツ。
今回は俺の生い立ちを話すぜ。そうだな、6歳~7歳の頃だったな。俺はオランダのスラム街で生きていた。それ以前の記憶はまったくないが、ナツという名前だけは憶えていた。どこかで、そう呼ばれていたのだ。なぜこうなったかの理由も分からないが、普通に両親に捨てられたとかなのだろう。
オランダは移民の国だ。世界でも珍しく、150国籍の外国人が集まる国である。1970年代に労働移民が移住してきて、その祖先の2世、3世が固まって、生活をする町を作った。日本のチャイナタウンと同じようなものだ。
その為にオランダに住んでいるのに、オランダ語が喋れない人間が沢山いるのだ。俺は赤毛が特徴で、グリーンの瞳で目立つと思われたが、特に差別などはなかった。なぜなら、オランダでは差別が犯罪として、刑務所に送られる国なのだ。
だから、色々な国で訳ありの人間は身を隠しやすい所でもあるのだ。2090年ころには、犯罪をする移民で集められたスラム街で暮らす人々は増えていた。国の差別を許さない寛容さが、治安悪化につながり、移民政策の失敗した国の一つだ。
まあ、とにかく、俺もスラム街で生きていた時は窃盗をして食べていたのだ。しかし、それも長く続かずに、地元の少年ギャング団に捕まってしまう。目を閉じると当時の光景が目に浮かんできた。そう、俺の周りには5人の少年に囲まれていた。
しかも、袋小路で逃げ場はない。
「このガキ、やっと捕まえたぞ」
「最近、この辺りの市場を荒らしやがって、覚悟できているだろうな?」
このスラム街は市場が広く、そこでは大量の食糧があるのだ。干し肉、バナナ、リンゴ、ナッツ類など色々だ。俺はそこで少しずつ盗んで食べていた。まだ、働ける歳でもなく、保護者もいない。
だから、こうやって生きていくしない。少量なら、バレないと思っていたのだが、客観的に見ると、盗みの才能がなかったという事なのだろう。だが、生きる為には何でもやる。底辺には選択肢ないのだ。
俺はナイフを出した。
「おい、近づいたら刺すぞ」
少年の一人がニヤリと笑う。
「この人数相手に勝てると思っているのか? このチビがよ」
「いや、勝てないよ。でも、最初に近づいた奴だけ刺す」
「ハッハハ……。残り、4人に殺されるだけだぞ」
少年は笑っているが、目には怯えや迷いが見られている。本音は怪我をしたくないのだ。
俺はココでハッタリを最大限にかます。
「それでいい、最初の一人だけ殺せれば満足だ。さあ、誰が最初に死ぬんだ?」
その言葉に5人は動きが止まる。よし、相手がビビっている。あとはスキを見て、逃げるだけだ。
そこで、5人の少年の後ろから、拍手をしている金髪の美少年が登場した。
「いや、お見事、お見事……。いい、根性だね」
名前はジョバンニという男であり、スラム街の一部を仕切っている少年ギャングのボスだった。
ジョバンニはニッコリとした表情を見せた。
「俺達も孤児だ。女の子が一人で生きるのは限界がある。どうだ、仲間にならないか?」
「うるせー、俺は誰も信用しない」
スラム街は弱肉強食であり、人を信じたら痛い目にあう。俺はナイフを見せつける。どうせ、ナイフを捨てさせてから、ボコボコに殴りまくるに決まっている。ここにいる人間はクズしかいないのだ。
すると、ジョバンニは優しい言葉で話しかけてきた。
「うん、うん。分かるよ、俺達も大人は信用しない」
そう言うと、ジョバンニは財布から、3万ギルを出した。そして、それを俺に握らした。
なんだ、コイツ? お人好しのバカか?
「お前何のつもりだ? なんか企んでいるのか?」
「いや、俺も昔はこうやって、ここの町の人に助けてもらったのさ。お前と同じで、親無し、家無しだよ」
それから、1枚の地図を渡してきた。
「なんか、あったらココに来いよ。仕事をくれてやるよ。だから、この町で盗みをするなよ。貧乏人が貧乏人から盗んでも、ロクな事にならねえよ。余裕ある奴から盗めばいい」
今までに会ったことのないタイプの人間だった。
俺はこの少年に興味を持った。
「お前、名前は?」
「俺はジョバンニだ。このエリアの少年ギャングのボスだ。じゃあな、赤毛のお嬢ちゃん」
そう言って、ジョバンニと5人の少年達は去っていった。
俺はその背中に叫んだ。
「お嬢ちゃんじゃねえ、俺はナツだ」
ジョバンニは振り向かず、右手だけを高く上げた。
思えば、これが初恋だったのかもしれない。俺は初めて優しくしてくれたジョバンニに心を惹かれたのだ。翌日に貰った地図を見て、古びた酒場に足を運んだ。中に入ると、数十人の少年少女がたむろっていた。もしかしたら、タコ殴りにされるかもしれない。だから、ポケットに入れたナイフは握ったままだ。
すぐに、ジョバンニにこちらを向く。
「おっ、ナツ来てくれたんだ? ありがとう。みんな、新しい家族が増えたぞ」
そう言うと、ジョバンニの周りの仲間が歓迎してくれた。
「よろしく、ナツ」
「これからは、家族同士で守るから安心しろ」
「悩みや不満があったら、なんでも言ってくれよ」
みんなに話を聞くと、俺と同じような状態であった。沢山の優しい言葉に貰ったために、ふと涙を流してしまう。今まで、1人で強がって生きてきたので、我慢していた感情が溢れてしまったのだ。
すると、ジョバンニがギュッと抱きしめてくれた。
「ナツ、大丈夫だよ。これからは一人じゃない。家族として協力して生きていこう。みんな、嫌われて、仲間外れにされてココに集まった。もう、嫌われ者同士が、お互いに嫌う必要もないだろ? 助け合おうよ」
俺は心からの安心感を覚えた。この家族の為に生きようと誓ったのだ。




