第5章 東雲組の女親分
ナツと冬子が日本に帰ってくる1か月前に遡る。
天王洲会は会長である天王洲文太が長くない事が分かり、歌舞伎町の雰囲気は変化しようとしていた。風鈴会館近くにある喫茶店で、刑事2人がコーヒーを飲んでいるところから話は始まる。
50代の刑事は柏木警部、20代後半の刑事は小田原という名前であった。
小田原は新宿署に赴任したばかりの新人刑事であった。
「柏木警部、俺が来たからには、歌舞伎町を平和にしますよ」
「おまえ、ここに来る前には何処にいた?」
「八王子で刑事をしていましたよ。地元のヤクザも。この俺に頭を下げていましたよ、アハハハ」
この言葉はハッタリではなく、それなりの成果を残していたので、小田原には若さ上の自信があったのだ。
それを察したのか、柏木警部はゆっくりと煙草に火をつけた。
「まあ、歌舞伎町は色々とルールが違うから、勝手に動くことはやめろよ。俺に従っていればいい。歌舞伎町のヤクザは特殊だ」
「はい、確か天王洲会というヤクザが仕切っていますよね。ある程度は事前に調べました」
「まあ、そうだな。しかし、あいつらを見ても、ほっておけよ。それが歌舞伎町のルールだからな」
「えっ、それはどういう意味で……」
そこにカランカランと鐘が鳴った。その鐘はお客が来た事を知らせる為の音であった。小田原は扉の方を振り向いた。
そこには銀髪で高そうな着物を着た女性がいた。長身の美人であるが、切れ長の目が冷たく感じさせた。その隣にはセーラー服を着ていた中学生くらいの女の子がいた。その中学生は刀袋に日本刀を入れていた。
その2人の後に3人程の黒服の男がついてきた。5人はボックス席の腰を下ろす。
小田原は柏木刑事に耳打ちする。
「あの銀髪の女って、天王洲会の若頭補佐の東雲シマじゃないですか?」
「ああ、そうだよ。隣の少女は妹の東雲ハコネだ」
小田原はハコネのもつ日本刀を見て、ニヤリと笑った。
「柏木さん、チャンスですよ。妹である未成年に日本刀もたしていますし、銃刀法違反で引っ張れますよ」
そう言って、小田原は席を立った。
「小田原、やめとけ」
しかし、小田原は柏木警部の忠告を聞かずに、東雲姉妹のいるボックス席に近づいた。
東雲シマは煙草をくわえる。すると、子分の一人がライターで火をつけた。
「姐さん、失礼します」
「おう、お前ら好きなモノ食べてええで」
子分達は深く頭を下げてお礼を言う。
「姐さん、ありがとうございます」
ハコネはメニュー表を見て、ニコニコと笑顔を作る。
「姉ちゃん、ハコネはチョコレートパフェがいい」
「ええやん、ハコネが好きなのを、好きなだけ食べたらええよ」
「姉ちゃん、ありがとー」
ハコネはチョコレートパフェを頼み、シマや子分たちはコーヒーを頼んだ。東雲ハコネはチョコパフェが来ると美味しそうに食べ始めた。それから、東雲シマを中心に談話が盛り上がっていた。
その会話中に小田原が入ってくる。
「俺は新宿署の小田原だ。お前ら、ヤクザがのんきに昼から、コーヒーなんて飲みやがってよ。堅気の連中は額に汗を流して働いているんだぞ。偉そうにしやがって、バカヤロー」
すると、子分の黒服達が立ち上がるが、シマは手を軽く上げて止めた。
「お前ら、やめとき……」
すると、子分たちは素直に席に座る。
小田原はニヤリと笑う。
「ハッハハハ。なんだ、子分を止める自分がカッコいいとでも思っているのか? ヤクザなんて、ゴミ以下の存在だぞ。俺が新宿署に来たからには、ヤクザにデカい顔をはさせんぞ」
シマは煙草から紫煙を吐き出す。
「小田原さん、ウチらは喫茶店に来ただけや。別に誰にも迷惑かけておらへんやん。なんか勘違いをしているとちゃいますか?」
「ふっ、そっちの中学生に日本刀を持たしているだろ? 銃刀法違反に使用者責任でも引っ張れるんだぞ。あんまり、警察をなめるなよ」
「あんた、見ない顔やけど、新人さんか?」
「フン、どうでもいいだろ? とりあえず、警察署で話を聞こうか?」
小田原は勝ち誇った表情を作り、東雲シマを見下ろしたのであった。
そこに、柏木刑事が入ってくる。
「これは、これは東雲の女親分さんじゃないですか?」
「柏木さん、この若いデコスケはなんや?」
「いや、大変申し訳ないです。このバカは歌舞伎町のルールを知らなくて……」
柏木は小田原の腕を引っ張る。
「小田原行くぞ、これがここでのルールだ」
「でも、日本刀を持っていますよ。現行犯じゃないですか?」
すると、シマは机の上にカードを置く。
「小田原さん、なんか誤解しているとちゃいますか? これ見てくださいや」
小田原はカードを手に取る。
「これは…」
そのカードとは賞金稼ぎの証明書だった。
名前:東雲ハコネ。
年齢:16歳。
武器使用許可:日本刀
その他の賞金稼ぎの情報などが記載されている。
シマはニッコリと笑う。
「このハコネは賞金稼ぎや。だから、日本刀も日本政府から、ちゃんと許可をもろうてますよ。なんも問題あらへんやろ?」
この時代は日本には賞金稼ぎは100人もいなかった。日本はまだ銃社会ではなく、武器の所持が認められるのが難しいからである。小田原自身も初めて、日本人の賞金稼ぎを見て困惑したのだ。しかも、こんな若い女の子が賞金稼ぎだと思うと、動揺を隠せなかった。
小田原は苦笑いで謝った。
「わっ、悪かった、俺の勘違いだ」
しかし、シマはテーブルを強く叩く。
そして、店内に響く大声を出した。
「オイ、勘違いやと? 勘違いで済んだら、警察はいらんのじゃ、ボケっ―! おどれ、この落とし前どないにしてつける気や? 監察にチンコロしてもええんか、コラっ?」
その怒声に店内がシーンとする。ホストとキャバ嬢のカップルや、水商売のスカウト、普通のサラリーマンなどの客がシマの方に注目する。
ちなみに、監察とは警察の中の警察である。つまり、悪い警察を捕まえる警察のようなものだ。警察が一番嫌がるのが、監察と言っても過言ではない。だから、小田原は何も言えなくなってしまったのだ。
次にシマは柔らかな口調で喋った。
「小田原さん、警察でも間違ったら、ちゃんと謝るのが筋とちゃうんか? なあ、柏木さん。アンタ、この若造にどないな教育しているんや? おっ? 署長に報告するで?」
その言葉に柏木は小田原の頭を手でつかんで、無理やり頭をさげさした。
「東雲の親分、コイツにはちゃんと指導しておきますよ。申し訳ありませんでした。署長には内緒にしておいてください」
「まあ、ええわ。今日は柏木さんの顔を立ててやるわ。ほな、みんな行くで……」
シマが立ちあがると、ハコネや子分も立ち上がった。
すると、喫茶店の店長らしき人物が近づく。
「東雲の親分、何かありましたか?」
「何でもあらへん、ちょっとな……。大声を出して、悪かったで」
「いえ、いつも助けて頂いていますので。お気になさらずに……」
「そうか、また何か良い情報あったら、ウチに教えてな」
それから、シマは大声を出す。
「みなさん、大声を出して申し訳あらへん。お詫びとして、ここの会計はウチが払うわ。店長に100万ギル渡すから、好きなだけ食べてええで。釣りは店長がもらっとき」
そう言って、シマは店長に100万ギルの束を渡して店を後にした。
その背中に妹のハコネと子分もついてく。そして、5人は喫茶店をあとにした。この堅気にも人気があるのが東雲シマという女ヤクザである。そう、警察と堅気にも顔がきくのだ。




