第31章 冬子とマリン(メキシコ編)
教会の中は目茶目茶だった。入口前には死体の山が積んであり、シャンデリアも派手にブチまかれていた。
私とマリンは祭壇の裏に隠れていた。残りの2人のシスターも表口に一番近い、身廊の横にある机の下に隠れている。お互いに姿は見えずに居場所は分からない。
敵との距離は約30メートル程だが、2人は身を潜めて動こうとしない。自分の仲間があっという間に9人も死んだから無理もない。敵もかなり警戒して沈黙状態だ。
私も敵に居場所を気づかれないように息を飲んでいた。なので、教会には静寂な空気が流れていた。おそらく、敵も考えている事は同じであり、音で場所を特定されないようにしている。このままじゃ仕方ない、ラチがあかないな。こっちから動いて、敵を燻りだすとするか。
マリンは頭を押さえながら震えている。沢山の人が、目の前で死んだから無理もない。まだ、ほんの9歳の子供なのだから……。私はマリンと目を合わせて、優しく頭を撫でてやると、マリンは落ち着いた顔になったように見えた。
私は空の薬莢を遠くへ投げた。すると、薬莢が落ちた場所にカランカランという音が響いた。その音に反応して、1人のシスターが机から上半身を乗り出した。そして、薬莢の方に向かって拳銃を発砲した。
錯乱したシスターは焦ったように叫ぶ。
「よし、そこかぁあああー。死ね、死ね、死ねぇええええー」
だが、その拳銃はすぐに弾切れになった。よし、スキが出来たな。
私は祭壇から上半身を出して、錯乱したシスターの心臓を撃ち抜いた。
「がっ……」
あまり声を出さずに床に倒れた。ほぼ即死で痛みも感じなかったと思う。
すると、最後の1人のシスターも身を乗り出した。私が祭壇にいる事が分かったのだ。向こうも決着をつける気だ。
最後のシスターが手榴弾を握りながら吠える。
「そこか、死ねぇええええー」
そして、手榴弾のピンを外して祭壇側に投げて来た。だが、私は手榴弾の端を掠るように拳銃で撃った。
狙いは手榴弾の軌道を変えて、持ち主に返すためだ。その結果、手榴弾は宙を舞って方向を変えて、投げてきたシスターの足元に転がった。
私はマリンを抱えて床に伏せた。シスターは叫んだ。
「なっ、バカな……。ちょっと、待っ……」
私は彼女のセリフを最後まで、聞くことなく手榴弾は爆発した。
激しい爆音と共にシスターの肉片が辺りに飛び散る。そして、表口の扉も森の方へ吹っ飛んでいった。これで、ジャスト10人だ。まあ、大した敵ではなかったな。あとはナツの方を待つだけだな。
私はマリンに声をかける。
「もう、終わったよ。全員倒したよ……」
マリンは泣きながら抱きついてきた。
「うわぁああー」
顔をくしゃくしゃにして泣いている。目の前で人が死んだのを見て、ショックを受けているのだろう。
私は優しく抱いて頭を撫でてやった。
「もう、大丈夫だから。頑張った、頑張った」
「うん。ありがと……」
マリンは私に強く抱きついてきた。涙でスーツがクシャクシャになる。
戦争孤児で、ずっと虚勢を張って生きて来たのであろう。だが、今は年相応の顔を見せてくれた。だけど、感情を露わにして泣きっぱなしだ。マリンを笑わせて、明るい気持ちにさせてやりたかった。
私は不器用なので笑わせるのは得意じゃない。こういうのは、ナツの天然ボケが一番笑えるのだけどね。ナツ、早く来てくれよ。その時、祭壇の方の裏口が開いた。私は裏口の方を見た。
ナツが顔を黒くして、ヨロヨロと歩きながら声をかけてきた。
「ふう、年増女は倒したけど、お金は手に入らなかったわ。ああ、イラつくわ、マジで……、タダ働きだ、クソ」
ナツはしょぼくれた顔で、地団駄をドタドタを踏んでいた。おそらく、ルビーの貯めた金を手に入れられなかったのであろう。それよりも、顔が黒い煤で覆われていたので、泥棒の髭のように見えた。
更に髪は跳ね上がり、歌舞伎役者のような髪型になっていた。
それを見たマリンが思わず笑った。
「アハハハハハ、髪が凄い事になっているわ」
私も一緒に笑ってしまった。
「アハハハハハハ、どうした? 大昔の爆破コントみたいになっているぞ」
「仕方ねえだろ、年増女が火を放ちやがったんだよ。おかげで、お宝は全部が灰になっちゃったぜ。あれを手に入れていたら、もう働かなくてよかったのにさ……」
「じゃあ、何か? 今回はタダ働きって事?」
「そういう事だな。ただ、疲れただけだ」
つまり、今回の事件は骨折り損のくたびれ儲けって事だ。
それを聞いて、おもわず笑ってしまった。
「ナツ、もう金がないぞ。明日からどうするよ? フフフフフ」
「明日から強盗に転職だぜ。ワハハハハハハハハ」
私達はヤケクソ気味で、狂ったように笑い転げた。人間は楽しい時だけではなく、恐怖で笑いが出てしまう事がある。それもそのはず、明日から生活で出来ないからだ。
ついに、ハコスカを売却する日が来てしまった。それだけは嫌だった。何とかならないと頭を抱えるポーズをして考えた。だが、そんな都合の考えは出る事もなく、ただ意気消沈してしまった。やっぱり、金がないって辛い。
その時、マリンが私に声をかけてきた。その手には札束が握られていた。
「はい。100万ギルしかないけど……。冬子さん、今回の依頼料って事で使ってね」
私は札束の100万ギルを受け取った。どうやら、本物のお金である。
マリンは無一文のはずなのに、どうやってこの大金を手に入れたのであろう?
「このお金はどうしたの?」
「マリア像の中にディスクと一緒に入っていたの。ルビーが逃走資金で隠していたと思うわ。まあ、本当のところは分からないけどね」
「なるほど、本当に貰っていいのかい?」
「うん、命の恩人だもん」
「ありがとう、マリン。大切に使わしてもらうよ」
「うん」
そこに、ナツが乱入してきて札束を奪いやがった。ナツは札束を握りしめながら笑う。
「わーい、俺の金だぜ。おお、本当に100万ギルあるぜ」
「ナツ、冬子さんと分けるのよ。全部取っちゃダメよ」
「おう、分かっている、分かっている。」
「本当かしら、ウフフフ……」
ナツは札束を抱えて喜んでいるようだった。まったく、本当に子供だな。
私はマリンに声をかける。
「ナツに代わって礼を言うよ。本当にありがとう」
「うん。それより、友達が危ない目にあっているかもしれないし……。ディスクを早く、警察に送って欲しいわ」
そうだ、忘れていた。マリンの友達が早くしないと売られてしまう。私はスマホから証拠のデータを警察に送った。しばらくすると、警察から折り返し電話が来た。私は事件の概要を簡単に説明した。教会のシスターが人身売買に関わっていた件だ。
そして、マリンの友達が売られるのを救出してほしい事を伝えた。警察がすぐに調査するという返事を聞くことができた。その言葉を聞いたら、ドッと疲れが出て床に座り込んでしまった。ナツは床で爆睡していた。
警察が来るまでの間に、私はマリンと床に座って話しをしていた。
「なあ、マリン心配するなよ。すぐに解決するさ」
「うん、ありがとう。冬子さんに言われると大丈夫な気がしてきた」
「いや、大丈夫な気じゃない。絶対に大丈夫だよ」
「うん」
マリンがこちらを見て呟く。
「冬子さん、ひとつ聞いてもいい?」
「ああ、いいよ」
「何で賞金稼ぎなんて危ない事をやっているの?」
「うん、大切な人を探しているのさ」
マリンは続けて聞いてくる。ちょっと遠慮がちに目を伏せていた。
「恋人とか?」
「いや、家族だよ。大切な姉さんを探す旅だよ。姉さんもこういう業界にいるからね。いつか、会えると思ってさ……」
私は行方不明の姉を見つけるために海外に飛び出したのだ。色々あって、正直あまり話したくないのが本音だ。私の表情を読み取ったのか、マリンはそれ以上のことは聞いてこなかった。
今度は私から話題をふってみた。
「これから、マリンはどうするんだ?」
「私は修道院の友達と生きてきたい。ここを大きくして、みんなが安心して生活できる教会を作りたい。
いつか大人になった時に、同じような子供を助けたいと思うの。私に出来るかな?」
そう言って、マリンは私の肩に寄りかかって来た。
私はマリンの顔を見て言った。
「うん、出来るよ。勉強も沢山しないといけないと思うけどね……。とりあえず、行動する勇気が大事だと思うよ」
「うん、ありがとう。私頑張ってみる」
それから、色々な話をした。すると、マリンの年相応の表情が見られて良かった。あとは時間が心を癒してくれるはずだ。




