第11章 コンビ誕生秘話(イタリア編)その1
その頃、パブはパニック状態だった。
赤毛の少女が投げた煙幕で、みんながゴホゴホと咳き込んでいた。しばらくすると、煙幕がなくなって視界がハッキリと見えて来た。
私は辺りを見回すと、パブの中は滅茶苦茶だった。椅子やテーブルがひっくり返って、パニック状態の客が出口付近で揉めていた。しばらくは営業するのは難しいだろう。
私は左手を抑えていた。確認すると、手首は折れてはないがヒビが入っていそうだ。
おそらく、腕時計がクッションになったのである。床に腕時計の部品が、バラバラが散らばっている。なんて、キック力だ……。おそらく、靴に鉄板とかを仕込んでやがるな。
クソッ、私としたことが油断した。もう一人の賞金稼ぎが、あんな小柄な少女なんて……。
私はマロンの方に駆け寄って尋ねる。
「ボス、大丈夫ですか?」
「ああ、無事だ。ミス冬子……。しかし、さすがだ。あの化物みたいな少女に勝つなんてな」
「いえ、勝っていませんよ。今回は引き分けって所です」
「だが、ミス冬子がいなかったらと思うと恐ろしいよ。おそらく、俺は殺されていた」
「いえ、金目当てで殺す気はないみたいですよ。多分、賞金が半分になると困るのでしょう」
そう言うと、マロンは安堵の顔をしていた。
そこにブレンドが割り込んできた。そして、私の胸倉を掴んで罵声を浴びさせてきた。
「てめえ、何が大丈夫ですかだよ? ボスを危険な目に合わせやがってよ。用心棒のくせに何やってんだよ。コラッ? まんまと、あんなガキに逃げられやがってよ。恥ずかしくねえのかよ?」
「それはすまない。私の力不足だ」
マロンはブレンドを止める。
「やめろ、ミス冬子がいなかったら捕まっていたぞ」
ブレンドは舌打ちをして、不満顔で胸倉から手を放す。
「チッ……」
ブレンドの奴、だんだんとマロンにも反抗的になってきたな。相当な不満が溜まっているのであろう。私にやられて、賞金稼ぎの少女にも倒されてしまった状態だ。もはや、ナンバー2の面子が丸つぶれだ。他の子分にも舐められてしまうだろう。だが、今は人の心配をしている場合ではない。
とりあえず、私はマロンを安心させる。
「男の賞金稼ぎは捕まえましたよ。トイレに縛っています。それに少女の賞金稼ぎの顔は覚えました。赤毛なんて珍しいから、見つけるのは時間の問題でしょう」
私はブレンドに言った。
「ブレンド、ボスの身を隠してくれ。3日以内にケリをつける。部下にも情報が入ったら、私のスマホに連絡するように言ってくれ」
「ああ、3日で捕まえろよ。こっちは大金払っているからよ。逃がしたら、タダじゃおかねえからな。分かっているのか? おお、コラッ?」
赤毛の少女に一発で倒されたくせに、よくいけしゃあしゃあと偉ぶれるものだな。
それに気が付いたマロンはブレンドを批判した。
「ブレンド、1発で床に倒されたのに偉そうな事は言うな」
「すいません。ボス。1発ではなく、2発ですぜ」
「そんなのどうでもいいだろう? いつから、俺に言い訳をするようになったんだ? お前は俺の事をバカにしてんのか?」
「いえ、失礼しました。以後気をつけます」
ブレンドの方を見ると、怒りで拳を握り締めているのを見た。今にも私の顔をぶん殴ってきそうな雰囲気だ。まあ、来たら殴り返すだけだ。
それから落ち着くと、私は左手首に激痛が走っていた。マロンはそのことに気が付き、財布から20万ギルくらいある金を渡してくれた。
「とりあえず、病院に行ってきてくれ。あの蹴りを喰らったんだ、ダメージを受けているだろう。少ないが使ってくれ」
「ボス、ありがとうございます」
私は20万ギルをポケットにしまった。治療費にしては十分すぎる位のお金である。まあ、左手首の怪我だけで済んで良かったと考えよう。それにしても、マロンは人の使い方が上手いな。仕事をした分だけ、ちゃんと評価してくれるタイプだ。金を稼いでいる理由が分かる。普通の社長の感覚なのだろう、ビジネスに限っては……。
マロンは頭を下げる。
「いやいや、お礼を言うのはこちらだ。ミス冬子、明日はガードはいらない。十分に休んでくれ」
「いえ、仕事ですから……」
「これは命令だ。俺は屋敷に引きこもるから大丈夫だ。あそこは防犯システムが完璧だ。そう簡単には侵入は出来ないはずだ。それと、来週の取引にはミス冬子が必要だ。それまでに怪我を直しておいてくれ」
私はマロンの行為に甘える事にした。なぜなら、左手の痛みが強くなってきたからである。まあ、敵も深手を負ったはずだ。明日は襲ってくることはないだろう。それに屋敷には簡単には忍び込めない。大人数で攻め込まれることはない。赤毛の少女は一人だ。
私はマロンの行為に甘えた。
「では、明日は休ませて頂きます。ボス」
「こちらこそ、今日は助かったよ。また、頼むよ」
「今夜から自宅で待機していてください。あそこなら安全ですからね。家からは一歩も出ないようにお願いしますよ。出たら殺されますよ」
「ああ、分かっているよ」
しばらくすると、マロンの部下が車をまわしてくれた。それから、病院に連れて行ってくれた。もう時刻は12時を過ぎていた。診療室に入ると、医者からレントンゲンを撮るよういわれた。しばらくして、レントンゲン室に入って写真を撮ってもらった。そして、私はレントゲンの結果を聞いた。やはり、手首にヒビが入っていた。
だが、2週間後には治るようだった。大した怪我じゃなくて良かった。私は利き腕が無事であれば、何とかガードも続けられる。しかし、夜の病院は不気味なほど静かだった。
私は思考をめぐらす。
あの赤毛の賞金稼ぎが強くても、要塞のような家に忍び込むのは難しいはず。それに部下も周りにいるから、簡単にはマロンに手を出せない。
しかし、私が拳銃で外すとは思わなかった。あの赤毛の少女はタダ者ではないな。見た目から、私よりは年下であろう。見た目からは想像もつかない強さであったな……。
まるで、野生の虎のような動きだ。しかも、互角に渡り合うとは思わなかった。相当な修羅場をくぐっているはず。次に戦ったら、どちらが死ぬだろう。まあ、勝つのは私だけどね。次でケリをつけてやる。
そして、嵐のような夜が過ぎて、ようやく朝がやってきた。病院で治療後にマロンの部下に、滞在しているホテルに送ってもらったのである。
私は少し寝た後に、朝食をホテルのラウンジで食べていた。ラウンジは広く、沢山のイスとテーブルが設置されていた。天井も高くて、高級そうなシャンデリアがぶら下がっていた。いかにも、高級ホテルのラウンジって感じだ。
私はイスに座って、食後のコーヒーを飲んでいる時に電話が鳴った。
スマホの表示を見ると、ブレンドだった。何かあったのか? 私は電話に出る。
「冬子だ。ブレンドどうした?」
「おい、ボスが殺されたぞ、どうすんだよ?」
「本当か? どうやって、殺された?」
「ああ、拳銃で心臓を撃たれた。あの赤毛の賞金稼ぎの仕業に違いない。お前が昨日捕まえないから、こんな事になったんだぞ」
拳銃だって? あの女は生け捕りで捕まえる気だったはず。しかも、拳銃なんかもっていなかったぞ。何かがおかしい?
「おい、ブレンドどういう事だ? あの女は拳銃なんて持ってなかったぞ。お前も見ていただろが。素早い足技で戦っていただろう?」
「ふん、そんな事は知らんわ。とにかく、今から事務所に顔を出せよ。詳しく説明してやるからよ。お前にも責任はあるんだからな。いいか、分かったな?」
その時、誰かが背後にいる気配がした。そして、私の耳で何者かが囁いた。
「日本人女、行くなよ。これは罠だぜ」
私は振り向くと、昨日の賞金稼ぎが立っていた。赤毛で童顔であり、日本の女子高生の制服にスカジャンを羽織ったような服装だ。健康そうな生足はカモシカのように引き締まっていた。間違いなく昨日会った少女であった。なんだ、コイツ。私に何の用だ?
とりあえず、ブレンドに伝える。
「ブレンド、ちょっと悪いな。後で折り返す」
「あっ、てめえ、ちょっ……」
私はブレンドの文句を聞く前に電話を切った。赤毛の少女は笑みを浮かべて話しかけてきた。
「お前さあ、冬子って名前だっけ? 罠に嵌められたぞ。キャハハハ……」
なんだ、罠だと?




