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第74章 冬子 VS 東雲ハコネ

東雲ハコネは心の中で笑っていた。


冬子ちゃんがウチを見てくれている、見てくれている、見てくれている、見てくれている、見てくれている、見てくれている、見てくれている……。あの冬子ちゃんが、自分だけを真剣な顔で、見てくれているのだ。それが、東雲ハコネにとって嬉しかった。


ハコネは冬子の姿に見とれる。長身で細身のスラリとした体つき、切れ長の意思の強そうな瞳、雪のような肌、そして、自分の信念を貫く意思。そして、甘さを捨てられない少女的な性格。全てが、ハコネの心を揺さぶった。


もし、願いが叶うなら、心も体も一つになって、恋人関係になりたかった。そして、一緒に人生を生きていきたかった。しかし、それをナツに邪魔されて、醜い嫉妬で心が歪み、全てを破壊したくなったのだ。


もし、冬子が自分以外の人間に、ファーストキス、又はそれ以上の事をされたら、おそらく嫉妬で耐えられない。たとえ、ナツを殺しても、冬子は自分を選ばないと、ハコネ自身も分かっていたのだ。だから、冬子を殺すしかないのだ。そう、無理心中をせまるメンヘラ女の思考であった。


ハコネの頭で思考がめぐる。冬子ちゃんは誰にも渡さない、冬子ちゃんは誰にも渡さない、冬子ちゃんは誰にも渡さない、冬子ちゃんは誰にも渡さない、冬子ちゃんは誰にも渡さない……。


更に思考が巡る。冬子ちゃんを殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……。


本来とは違った形になったが、ハコネは冬子が自分の事に、一生懸命になっている気持ちが嬉しかった。この殺し合いのだけ時間は、自分が冬子を独占しているのだ。それから、冬子に勝てる自信もあったのだ。


ハコネは現実が見えており、自分の実力がどの程度か分かっていた。まず、普通に冬子と殺し合いをしたら、おそらく1分も持たずに、頭を撃ち抜かれている事は予想できた。


それでも、ハコネは絶対に勝てる自信があった。それは天王洲冬子の研究については、自分が世界一だと自負していたからだ。好きな食べ物はもちろん、性格、ファッション、人生で初めて見た映画も知っていた。更に風呂場では、どの部分から洗うなどまで知っていた。だから、冬子の癖も全て知っていたのだ。


例えば拳銃を抜く時の動作や、攻撃をかわす時のスキなど、その他の全て知り尽くしていた。それは、冬子の拳銃の弾が見えると同じ事だった。つまり、拳銃の弾をさけて、それを切り落とす事さえできるのだ。


それは神の領域であった。その点で有利であり、それが冬子を苦しめる事になるのであった。まさに、東雲ハコネの歪んだ愛情による奇跡だった。



私はハコネと殺し合いをしていた。そう、小さい頃から一緒に過ごした家族である。普通、家族と殺し合いになる事を予想できるか? だけど、人生は色々な事があり、歯車が少しでも狂ってしまうとこうなるのだろう。


もちろん、本気で殺すつもりはない。腕か足を撃ち抜いて、動きを止めるだけだ。その後は病院に連れて行って、私の事を諦めてもらうしかない。時間が経てば、こんな事も笑い話になる日が来るだろう。


ハコネは私には勝てない。実力はこちらが上なのだ。私だって、カワイイ妹をいじめるつもりはない。ちょっとした姉妹喧嘩の話なだけだ。だけど、少しは痛い目にあってもらうぞ。これは私の愛情だぞ、ハコネ。


まず、狙いは右肩と右足だ。私はハコネに向かって、素早く引き金を2回引いた。天王洲アイルに、2発の銃声が響き渡った。しかし、ハコネは素早くかわしてしまった。バカな、人間が弾丸より、早く動けるはずもない。たまたま、運が良かっただけに違いない。


しかし、ハコネ自信満々で、左右ジグザクに走りながら、こっちに向かってくる。なんなんだよ、その自信満々な目は……。くそ、気にならねえ。私はもう一度、ハコネに向かって拳銃を撃った。


1発の弾丸がハコネに向かって飛んでいく。だが、ハコネは日本刀を鞘から抜いて、弾丸を切り落としてしまった。パキンという弾丸を弾く音が、確かに聞こえたのだ。


私は思わず、口ずさんでしまった。

「たっ、弾を切った?」

まず、人間離れした技に驚いた。だが、これが現実である。


私は次に左肩を狙って、拳銃の引き金を引いた。しかし、ハコネはそれよりも早く、日本刀を半回転させ、拳銃の弾を叩き切ったのであった。私が狙おうとしている場所を予測しているのか? まさか、心が読めるのか? そんなことがあるのか? 偶然だ、偶然に違いない。


いや、ハコネは銃口をじっと見ている。そこから、弾の軌道を予測している? つっ、強い……。こんなバケモノになっているなんて……。そう考えている間にも、ハコネとの距離がグングンと縮まってくる。日本刀の攻撃範囲まで来られて、接近戦になったらヤバい。


うっ、この私がハコネ相手に焦っているのか? 落ち着けよ、天王洲冬子。くそ、弾は残り2発だけだ。クールだ、いつだってクールになれ。ふと気が付くと、ハコネとの距離は1メートルくらいになり、刀の射程距離に入ってしまった。


ハコネは日本刀を高くまで上げて、一気に振り下ろしてきた。

「冬子ちゃん、殺ったでぇ」

「ざけんなぁー」


私は拳銃両手で握りしめ、それを自分の顔の前に突き出して、なんとか日本刀をバレル部分で受け止めた。カキンというバットでホームランを打ったような金属音が聞こえた。そして、目の前にはハコネの顔があった。


ハコネは日本刀でグイグイと拳銃を押してくる。

「フフフ、弾を切られてビビっとるな? フフフ、焦る冬子ちゃんの顔、凄くカワイイで……。あのな、冬子ちゃんのことは全部知っとる。拳銃の撃つ時の癖から、スキが出来る所までな。ああ、殺し合い楽しなあぁー、ああぁー」

「殺し合いの最中に喋るなよ、バカ」

「ええな、その強気な所、大好きやで。でもな、こっちは冬子ちゃんを世界一番見ていた女や。だから、ウチが勝つんやぁー」

ハコネはそう叫んで、私の腹を蹴り飛ばした。


すぐに、みぞおちに衝撃が来て、思わず嗚咽する。

「おえっ」

クソッ、胃液が逆流するのが分かる。


ハコネのケリってこんな強かったっけ? おそらく、私と会ってない時に修行していたのだろう。でも、ハコネだって、私の成長した3年間は知らないはずだ。そう、ナツとの出会いで卑怯な戦い方も学んだのだ。


しかし、このままだと殺される。だけど、まだ私も死ねないのだ。もう、覚悟を決めるしかない。そう、ハコネを殺そう……。もう、迷わない。


私は唾を飲み込み、なんとかその場に踏みとどまった。そして、一度後ろに下がって、日本刀の攻撃範囲から離れた。もう、手加減はなしだ。だけどせめて、ハコネが苦しまないように、心臓を狙って殺す事にした。


それから、私はハコネの心臓に向かって、残りの2発の銃弾を撃った。パン、パン、と乾いた音がした。どうだ、殺ったか? しかし、ハコネは弾丸を弾き飛ばしていた。くそ、もう弾がない。そして、ハコネはすぐに距離を詰めてきた。まずい、接近戦だ。


ハコネは大声で笑いながら、日本刀を空高く振り上げた。

「ハッハハハハハー、冬子ちゃん終わりやぁー」

そして、一気に振り下ろしてきた。


くそ、上から来るなら、後ろにさがって避けるだけだ。しかし、日本刀は振り下ろされず、途中で動きが止まった。それから、ハコネは手首を回転させて、素早い突きを放ってきた。


ヤバい、フェイントか……。私は素早く横に動き、突きをさけようとした。しかし、すでに左肩を少し切られた感触を感じた。くそ、遅かったか……。私はそれに気が付いた瞬間、自分の左肩をすぐに確認した。すると、真っ赤な血が噴水のように噴き出していた。


私は思わず大声をあげた。

「あぐっ、痛っ……」

おおお、大ダメージだぞ、こりゃ。


そして、すぐに左肩に激痛が走り、そこから出た血が左頬へかかる。更に、左目に血が入って、私の視界を奪ってしまう。はあ、はあ、左肩と頬が血で生暖かい。くそ、やべえぞ、こりゃ……。それから、その場で片膝をついて、肩で息をゼエゼエとする。


くそ、何が手加減しながら、ハコネを殺さないとかカッコいい事いってんだよ。私が逆に死にそうになっているじゃねえか……。私はバカか? だが、まだ傷は浅いはずだ。それに意識も大丈夫だ。だが、この勝負は長引けば負ける。


私はなんとか、ふんばって立ち上がり、再びハコネと対峙する。とりあえず、ハコネの弱点を探すしかない。でも、もう弾もないし、仮にあっても当たらない。どうするよ? 


くそ、考えろ、考えろ……。しかし、ハコネはその考える時間をくれなかった。再び、日本刀を両手でしっかりと握り、ゴルフスイングように下から上に振り上げた。すでに、お互いの距離は60センチもない。私は残った右目で斬撃をしっかりと見る。それから、私は拳銃を両手でしっかりと握る。


そして、拳銃のバレル部分で、再び日本刀を受け止めた。

「まだ、まだぁーー」

ギンという金属音が耳に響いた。私は拳銃を上から、ハコネは日本刀を下から、腕相撲のように押しあった。どちらも、動きが固まった状態で、互いに歯をギリギリと食いしばる。よし、次の攻撃だ。


私はハコネの額に頭突きを食らわした。

「まだ、頭が動くんだよぉー」

しかし、ハコネは臆する様子もない。

「全然効かへんでぇー」


それから、私とハコネはお互いの額がくっついた状態になる。

「このやろぉー」

「フフフ、冬子ちゃん、ええ顔しとるやん。ごっつ男前やで……。もう、拳銃に弾もないやろ? せめて苦しまないで、楽に殺したるわ。あっ、そうや。首だけはホルマリン漬けにして、永遠に美しく保管したる。ずっと、一緒やで」

「ふっ、そいつは遠慮しとく。最後に勝つのは私だからな」


そう強がっているが、このままだと殺される。それに左肩の出血もヤバい。もって、あと3分くらいか……。弾を装填している暇はない。このままだと殺されてしまう。ナツも助けには来ないだろう。いつだって、最後は自分でなんとかするしかない。それが人生だ。


私はふと思い出した。サナエちゃんのコルトウッズマンを腰に差している事だ。これを使えば……。私は右手のみでリボルバー拳銃を握って、ハコネの日本刀を抑える事にした。ハコネの腕力なら、なんとか右手のみで大丈夫そうだ。それでも、右手がカタカタと震えていた。


それを見たハコネは勝ちを確信した。

「もう、左肩はダメやな。右手だけで、どこまで持つかな?」

「いや、もう終わりだ」


私は素早く左手を腰にまわして、コルトウッズマンを抜いて、ハコネの横腹に銃口を当てた。ハコネは拳銃をもう一丁持っている事を予測していなかった。


だから、ハコネは目を見開いて驚く。

「はっ?」


そして、私はコルトウッズマンの全弾を打ち込んだ。およそ10発の銃声が、天王洲アイルに鳴り響き、沢山の薬莢が音を立てながら地面に落ちた。ハコネの横腹から、血がドバドバと流れ出す。


そして、魚のように口をパクパクとさせた。

「ぐっは、はあああ……。はあ、はあ、冬子ちゃん、ズルいで……。へへへ、もう一丁あるなん……。きっ、きっ、聞いてあらへんよ」

そう呟くと、口から血を吐き出して、その場に倒れた。


ハコネの周りのアスファルトが血だらけになっていく。私はその場に屈んで、瀕死のハコネの背中を支えた。そうは言っても、もう1分ももたないだろう。私は早く楽になってほしいと思った。


ハコネは震える手で、私の頬を触ってきた。

「えへへ……。とっ、冬子ちゃん、泣いている顔も……、カワイイで……」


そう言って、口から大量の血を吐き出した。そして、もう動く事はなかった。私は自分の頬を触ると、確かに涙が出ていたのだ。そう、ハコネが死んだ事にショックを受けていたのだ。


そして、私は見開いていたハコネの瞳を閉じてやった。ハコネ、ゆっくり休んでくれ。いつか、私もそっちに行くから……。それまでお別れだ。それから、私はヨロヨロと立ち上がり、シマ姉さんの方へ歩いていく。


シマ姉さんは煙草に火を点けた。

「冬子ちゃん、本当に強くなったわ。さあ、ウチをさっさと殺してや。どうせ、逃げきれんやろ。せめて、冬子ちゃんに殺されるなら本望や」


シマ姉さんの言う通り、ハコネなしで1人逃げても、途中で欣也伯父さんに殺されるだけだ。それなら、私に殺される方を選んだのだろう。こちらをジッと見ている。


私は銃口をシマ姉さんの額に向けた。お互いに目が合う。その目は自分の妹を殺した人間に向けるものではなかった。私の事を許している優しい目であった。そして、シマ姉さんは瞳を閉じた。


私はその覚悟を受け入れた。

「さよなら、シマ姉さん」

「ああ、アキちゃんに会えるとええな」


私は拳銃の引き金を引いた。パーンという銃声が辺りに響いた。だが、私は空に向けて撃ったのだ。どうしても、シマ姉さんを殺す事はできなかったのだ。


私は地面を見ながら、震える口を開いた。

「これで、シマ姉さんは死んだんだ。欣也伯父さんはそう伝えておくよ。データは渡せないけど、なんとか逃げてよ。これ以上は家族を殺したくない」

「フフフ、冬子ちゃん、ありがとうな。ダメ元でさ、オランダにでも逃亡するわ。そこで整形して、新しい人生でもやるで」

「うん、堅気の仕事なら目立つ事もないと思うよ。生きてよ、姉さん」

「ああ、分かっとる」


それから、シマ姉さんはハコネの髪を少しだけ切った。

「これは形見でもらうわ。じゃあ、もう行くわ。ハコネのワガママに付き合ってくれて、本当に感謝しているわ。さらばや、冬子ちゃん」

そう言って、シマ姉さんは背中を向けて、右手をあげながら、その場から消えたのであった。


しばらくすると、ナツが駆け寄ってきた。

「冬子、大丈夫か? 左肩を止血しねえと死ぬぞ」

「ナツ、ありがと……。こっ、この借りは……」


そこで、私は地面に倒れた。もう、出血多量で限界だったのだ。もしかすると、左肩の傷がもう少し深かったら、死んでいたのはハコネではなく、私だったかもしれない。本当に紙一重の戦いだった。


そして、消えゆく意識の中で、ナツの心配する声が聞こえた気がした。ああ、もう眠くて死にそうだ。シマ姉さん、無事に逃げてくれよ。私はそれだけを祈っていた。

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