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第73章 東雲ハコネのワガママ

俺と冬子はロイド保険の1Fのエントラスにいた。すぐに外に出ると、周りは真っ暗であり、外灯とビルの明かりしかなかった。そして、何よりも雪が積もっており、生足を出している俺は寒かった。


俺達はこれから、東雲姉妹に会うみたいだ。理由は冬子が最後に会いたいからみたいだ。俺はその付き添いをしてくれと頼まれたのだ。


俺達が天王洲アイル駅の方へ向かって歩いていくと、大きな広場のような場所に着いた。冬子いわく、天王洲アイル第9公園と呼ばれる場所らしい。海辺が近くにあり、オシャレなデートスポットみたいな感じで、昼は犬の散歩する人が多そうな雰囲気がある。


だが、今は誰もおらず、寂しい冬の夜の景色であった。ふと気が付けば、夜の8時を過ぎていたのだ。そして、冬子の足がピタリと止まった。なぜなら、俺達の目の前に、東雲姉妹が立っていたからだ。


お互いの距離は10メートルもないだろう。そして、外灯の乏しい光が、2人を照らしていた。俺は東雲姉妹を見た。


姉である東雲シマは、いつもの着物でなく、スーツにトレンチコートを袖も通さずに、昔の映画のヤクザみたいに肩にかけていた。その隣にいるのは妹の東雲ハコネだ。いつものセーラー服姿に、愛用の日本刀を手に持っていた。2人ともずっと待っていたのか、肩には少し雪が積もっていた。


この日本刀女とは殺し合ったが、俺の記憶ではかなり強かった気がする。まあ、ハルク程ではないけどな。東雲シマは煙草に火をつける。


そして、まず口を開いたのは東雲シマだった。

「よお、冬子ちゃん……。元気そうで何よりや」

「シマ姉さん、あの撃たれた傷は?」

「ああ、あれは嘘や。借金のある医者を利用して、拳銃で撃たれたように見せたんや。冷静に考えれば、市原みたいな片腕のチンピラの弾なんか当たらんやろ? それくらい、冬子ちゃんも分かるやろ?」


あの時、冬子は東雲シマが撃たれて、冷静な判断が出来なかった。おそらく、身内が裏切るはずないという思い込みがあったからだ。だが、それは間違いだったのだ。銀髪姉ちゃんは天王洲会を裏切り、自分が撃たれたフリをして、抗争が終わるまで身を隠していたってわけだ。


その間に、天王洲会と網代組が殺し合って、共倒れになる事を期待した。そして、メタンハイドレートを最大のシノギにして、自分が東京のボスになる絵図だった。その新しいシノギも、ワン姉妹が倒されて、白紙になってしまった。


しかし、データがあれば海外で一花咲かせられるのだろう。だから、冬子に持ってこさせた。そう、最後の別れをしたいと同情を誘ってな……。多分、東雲姉妹はスキを見て、データを盗む気に違いない。優しい冬子なら、騙されるかもしれない。だから、俺がしっかりしないとな……。


すると、冬子は少し泣きそうな声を出した。

「なんで、裏切ったのさ?」

「すまん、冬子ちゃん。事情はどうあれ、ウチの父親と母親が天王洲会の犠牲になっとる。まあ、結局は捨てゴマ人生やな。ウチはそれが我慢できなかっただけの話や。いや、自分がトップになりたかったのが、本音かもしれへん。ふっ、ヤクザのサガってやつや。けれどな、冬子ちゃんを巻き込む気はなかった。それと、真一には悪い事したと思っとる。これはホンマの気持ちや」

「今さら、言い訳なんか聞きたくないよ。なんで、私に相談してくれなかったの?」


そこで、ハコネが口を挟んできた。

「冬子ちゃんだって、自分の本音や悩みは話さないやろ? いつもそうや。自分だけ抱え込んで、苦しそうにしてさ……。ウチに本音で話してくれた事なんかあった? けど、その赤毛女には、色々な表情を見せてさ、正直嫉妬したわ。なあ、そないに赤毛の方がええんか? おお、コラっ!」


そう言って、俺の顔を恐ろしい目で睨みつけてきた。そういえば、コイツ、サイコレズだったな。冬子に本気で惚れていたのだろう。女の嫉妬は怖いね。


東雲シマは苦笑いする。

「ハハハ、ハコネは冬子ちゃんに惚れていたからな。それにウチも妹として好きや。だから、抗争に巻き込まれんように、海外に逃がそうとしやんや。それとな、ウチら姉妹に日本での居場所はもうない。海外勢力を組んで、テロ事件を起こしたんや。まあ、仮に警察にバレたら、おそらく内乱罪で死刑やろうな。まあ、ずっと国内を逃げまわっても、欣也に捕まって殺されるだけや」


確かに、2人とも日本にいたら確実に死ぬだけだ。警察もヤクザも情報網が凄いのだ。だが、海外に逃げられると、特定がかなり難しくなるのだ。もう、2人は残りの人生は海外で生きていく気なのだろう。


ハコネは冬子の顔を見つめた。

「だから、もう海外に逃げるしかないってことや。どや、冬子ちゃんも一緒に逃げへんか? そのパソコンにあるデータがあれば、海外でも遊んで暮らせるで。もう、この際だから、最後に言っておくわ。ウチは冬子ちゃんの事が、ずっと好きだったんよ」

ここで、愛の告白かよ。クソ、先を越され……。いや、今はそういう状況じゃねえだろ。


だが、冬子は下を向いて悲しそうな顔をした。

「ごめん、2人とは行けないよ。今思えば、ハコネも真一も、私に過剰なスキンシップがあったと思う。なんとなく、私もそれに気が付き、怖くて知らないフリをしていたかもしれない。私は家族の関係を壊したくなかったんだ。ごめんね、ハコネ」

「冬子ちゃん、あやまらんでや。ウチが惨めやん」

「それにさ、このデータを渡したら、日本の治安がもっと狂ってしまう。日本の資源を他国に渡せないよ。だから、私はこのデータを破壊するよ」

ふう、ハコネの奴、振られてやがるぜ。あっー、良かった、良かった。


だが、ハコネは日本刀を抜いて、大声を出して恫喝する。

「じゃあ、冬子ちゃんを殺して奪うだけや。ウチは冬子ちゃんに振られて、もう失うものはないんや。冬子ちゃんと恋人になれない人生なんて、ウチにとっては死んでいるのと一緒や。なら、せめて海外で大悪党として成り上がるで……。冬子ちゃん、さっさとチャカ抜けや。いつだって、勝った方が正義や」

ハコネの目には涙らしきモノが溜まっていた。


すると、冬子は覚悟をした顔つきで、背広のホルスターに手をかける。

「ハコネ、本気かよ。私に勝てるとでも思っているのか? 本当は泣き虫なくせに……」


ハコネは涙声になって、日本刀をこちらに向けた。

「とっ、冬子ちゃんが他人の手に渡るなら、ウチの手で殺したいだけや。他の人間と幸せな光景を思い浮かべただけで、ウチは嫉妬で気が狂ってしまいそうなんや。それは絶対に耐えらへん」


おいおい、メンヘラレズだな。このセーラー服お嬢ちゃんはよ……。まさか、コイツら、本気で殺し合いでもする気か? ずっと家族だったんだぞ。しかも、失恋で人を殺すか?


そこで、東雲シマが止めにはいる。

「もう、ええわ。ハコネ、さっさと逃げるで、データはあきらめたる」

「けど、データがなかったら、これからどうすんねん? 今まで稼いだ金だって、海外に持ち出せんやろ? 口座は締結され、ウチら一文無しやで?」

「ふっ、それでもええ。妹同士が殺し合うのは見たくないわ。海外で新しいビジネスでもやろうや。行くで、ハコネ」


ふう、これで無事完結だな。土地台帳のデータは破壊して、東雲姉妹は海外へ逃亡。冬子にとって、これがベストエンディングだろ。もう、会えないけど、どこかで生きていれば満足なはずだ。ナイス、銀髪姉ちゃん。


しかし、ハコネは日本刀を収める気にはならない。

「なあ、姉ちゃん……。ウチと冬子ちゃんって。どちらがカワイイ?」

「そりゃ、ハコネに決まっとるわ。実の妹やもん。けどな、イジメで自殺しそうだったハコネを救ったのは冬子ちゃんや。ウチは姉として何よりも感謝しているんや。それは分かるやろ?」


それを聞いたハコネは涙目でダダをこね始める。

「だからや、海外に逃亡する前に、冬子ちゃんとケリをつけたい。ウチを生かしたのは冬子ちゃんや。なら、殺されるのも冬子ちゃんがいい。なあ、姉ちゃん死ぬ場所くらいは、自分で選ばせてや。ウチは姉ちゃんの言う事に、一度も逆らった事はあらへん。でも、今回は譲れんわ。ウチは自分の手で、冬子ちゃんを殺したい。最初で最後のワガママや」


この日本刀女は、冬子が自分のモノにならないなら、殺すか自殺までしそうな勢いだ。冬子も東雲シマも、その熱意は嘘じゃないと分かっているはずだ。さて、どうするつもりだ?


それを察した東雲シマは、煙草を地面に捨てた。

「ほんなら、仕方ない。カワイイ妹の最後のワガママを聞いてやるわ。お前の好きにしてええ。これまで、ウチに仕えてくれた恩がある。だから、ハコネの好きなようにしたらええ。ウチもハコネが自殺でもしてしまったら、お父ちゃんたちに顔向けできへんしな」


ハコネはその場で、小さな女児のようにジャンプした。

「やったー、ウチの手で冬子ちゃんを殺せる。覚悟はええか、冬子ちゃん?」

「ハコネ……。私は手加減しないぞ。まだ、私は死ねない」

「それでええよ、狂ったウチを止めてみぃや」

そう言って、ハコネは日本刀を冬子に向けた。


そして、ハコネはニヤリとした表情をする。

「幼稚園、小学校、中学校とずっと見ていたわ。そして、ずっと憧れていたわ。いつかは冬子ちゃんを超えたいと思っていたんや。この機会を逃したら、もう2度と会う事もない。それにこの先、これほど人を好きになる事はもうないやろ……。ここで、ウチの未練を断ち切る」


冬子はしばらく黙って、俺の方へ振り向いた。

「ナツ、私が殺されても、この2人は手を出さないでくれ。絶対に約束してくれ」

「ああ、冬子はそれでいいのか?」

「実はハコネも真一も、私の事が好きだったことに、うすうす気が付いていたかもしれない。私はずっと見ないフリをしていた。家族の関係が壊れるのが怖かったから……。だから、ハコネとは私がケリをつけるよ。こうなったのも、私にも責任はあるはずだ」


これが冬子の出した結論なのだろう。冬子の人生は冬子だけモノだ。俺には俺の生き方がある。それぞれに干渉する年齢でもない。そして、人の意見に流される冬子も見たくない。


俺は頷いて返事をした。

「分かったよ、冬子が殺されても手は出さない。2人が逃亡しても追わない事を約束する」


それから、冬子は東雲姉妹にもお願いをする。

「シマ姉さん、私が勝っても、負けてもナツの借金をゼロにしてくれ。それと、私が死んでもナツには手を出さないでくれ。その約束を守るなら、ハコネとの決闘を受ける。そっちが勝てば、パソコンを持っていけばいい、シマ姉さん、約束出来るか?」

「ええやろ、ハコネも約束は守れるな?」

ハコネは黙って頷いた。


冬子が勝てば、東雲姉妹が死ぬ。なぜなら、東雲シマだけ逃げるのは難しいだろう。この女の戦闘力はゼロなのだ。逆にハコネが勝てば、2人はデータを持って海外に逃亡できる。そうなれば、日本は滅茶苦茶になる。


だけど、俺は絶対に手は出さない。相棒との約束なのだから……。だけど、冬子は優しいので、嫌な考えが頭に受かんだ。


俺は冬子の肩に手を置いた。

「おい、わざと負ける気じゃないだろうな? 自分が自己犠牲になって、あの2人に生きてもらおうと考えているんじゃねえの? 冬子ってそういう所あるじゃん」

「ふっ、バカ言うなよ。私はまだやる事があるんだ。だから、必ず勝つよ。アキ姉さんに会って聞きたい事もあるからね。ここでは死ねない。それに、ナツみたいなバカを残して死ねないだろ? 地球が心配だ」


まったく、俺をバカにしているのか、けなしているのか分からない。俺は冬子と目を見つめ合う。おそらく、家族を殺す覚悟をしている顔つきだ。俺もジョバンニを殺すときは、こんな目をしていた気がする。


俺はその覚悟に笑みを浮かべた。

「へっ、好きにしろや」

「ああ、そうするよ」


ハコネは大声を出す。

「おーい、冬子ちゃん、そろそろ始めようや。早くしないと、こちらも海外行きの船に間に合わなくなるんや。もう、ええやろ?」

「分かった、ケリをつけよう」


冬子とハコネはお互いに1歩前に出る。俺は冬子の背中を見守り、東雲シマはハコネを見守る形になる。冬子は右手をブラブラして、いつでも拳銃を抜ける構えをする。ハコネは日本刀を一度鞘に閉まって、腰を落として抜刀の構えをする。冬子はリボルバー拳銃、ハコネは日本刀だ。


俺の分析によると、実力的には冬子の方が上だろう。しかし、冬子も疲労がピークだから、今の実力は互角くらいなはずだ。だけど、殺し合いは何が起きるか分からない。


けれど、5分後にはどっちかが死ぬだけだ。まあ、相打ちって事もあるな。だけど、俺は見守るだけだ。そう考えていると、冬子はホルスターから拳銃を抜いていた。


そう、殺し合いが始まったのだ。

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