第71章 冬子 VS ワン・シャンリン
私はエレベーターの中で、様々な思考を巡らしていた。ワン・シャンリンはもう逃げたのか? それとも、まだビルにいるのか? いるとしたら、エレベーターの扉が開いた瞬間、マシンガンでズドドドって事もありえる。
私は念の為に、エレベーターのスイッチの前に身を顰めた。ここなら、なんとか攻撃が防げるはずだ。しばらくすると、20Fに到着して、チーンという音と共に扉が開いた。私は顔を少しだけ出して、20Fのエントランスを見渡した。
しかし、誰もエントランスにおらず、待ち伏せはしてなかったみたいだ。いや、冷静に考えれば、向こうは私の命なんかより、ハッキングしたデータが目的だ。私と戦う方がデメリットだし、それで死んだら意味がないはずだ。もう、逃げたかもしれない。とりあえず、コンピューター管理室へ移動するか……。
んっ? コンピューター管理室のドアが少し空いているし、電気もつきっぱなしだ。誰かがいるか、それとも、さっきまでいた可能性が高い。もう、ここで考えていても仕方ない。もう、一気にケリをつけてやる。私は音を立てずに中に突入した。
そこは大きなオフィスだった。ビジネス用の机とイスが沢山あり、ノートパソコンが何台も置かれている普通のオフィスだ。ふと、一番奥の窓際の机を見ると、ノートパソコンを操作している女がいた。
その女は黒髪のロング姿で、トレンチコートを羽織っていた。間違いない、ワン・シャンリンだ。どうやら、向こうも気が付き、お互いに目が合った。私とワン・シャンリンは、オフィスの机とイスを挟んで対峙した。
私はすぐに拳銃を抜いて発砲した。すると、1発の銃声がオフィスに鳴り響き、ワン・シャンリンは後ろに倒れた。それと同時に、イスも倒れた音がフロアに響いた。それから、シーンとした静寂の時間が訪れた。もう、何か動く音は聞こえない。
もしかして、弾が当たって死んだのか? あのワン・シャンリンが、こんなにあっけなく死ぬか? 死体を確認しなければ……。目の前には、沢山の机とイスがある。私が一番奥の窓際の机を乗り越えて、向こうの様子を確認しないと、本当に死んでいるか分からない。
しかし、迂闊に近づいて大丈夫か? もしかしたら、死んだフリをしたのかもしれない。または、防弾チョッキを着ていたかもしれない。そう、考えていた時だ。ワン・シャンリンは急に立ち上がり姿を現した。そして、両手にはサイレンサー付きの拳銃を握りしめていた。
ヤバッ、私はすぐにその場に伏せた。プシュー、プシューと、サイレンサー音が何十発も部屋に響いた。近くにある掲示板や、本棚が穴だらけになる。
そう言えば、仇名はダブル・ノリンコだったな。それから、ワン・シャンリンは全弾を撃ち尽くしたらしく、ノートパソコンを抱えて、奥の扉の向こうへ逃げていった。くそ、逃がすかよ。
私は警戒しながら、ワン・シャンリンの後を追った。奥の扉の向こうは、階段が連なっていた。よく耳をすますと、上の方で階段を駆け上がる音が聞こえた。なるほど、屋上まで逃げる気だな。
私は階段を一気に駆け抜けた。すると、途中でノートパソコンが捨ててあった。おそらく、ハッキングしたデータだけ抜いたのだろう。あとで、回収しておくかな。もしかしたら、何か残っているかもしれない。私はノートパソコンを階段の隅に移動させた。もう、目の前は屋上の扉だ。奴の逃げ場はもうない。よし、ワン・シャンリンを倒しに行くか……。
私が屋上へ出ると、ビル風が予想よりも凄くて、体が動きづらかった。まあ、長身な上に体重が軽いから仕方ない。なんとか、足で踏ん張るしかない。もう、日が落ちかけており、神秘的な夕日が屋上全体を照らしていた。
屋上の印象は植物園みたいな感じだった。沢山の木や花があって、まるで小さいジャングルのように見えた。今話題の観光名所で、バビロンの空中庭園とか呼ばれていたはずだ。確かに、これだけの植物や木を、屋上に運ぶのは手間と金がかかると思った。
それから、バサバサという音が聞こえたので、その音の方角を見ると、ロイド保険の社旗が風で揺れていた。10メートルはある鉄のポールに、2本のロープで旗を固定しているが、風が強すぎてロープが切れないか心配になる。なんとなく、海をイメージしたような旗のデザインで、SNS映えしそうである。
それより、ワン・シャンリンは何処へ隠れた? これだけ暗くなると、場所を特定するのは難しい。しばらくすると、バタバタという音が更に激しく聞こえた。さっきの社旗の音か? いや、少し違うぞ。他にも、エンジン音が混じっている。一体なんの音だ?
ふと、上空の方を見ると、眩しくて目が眩んだ。その正体はヘリコプターであった。そう、ヘリコプターのライトが、私を照らしていたのだ。そして、ヘリコプターにはワン・シャンリンが乗っていた。しかも、半分身を乗り出して、95式自動歩槍を構えていた。あれは中国軍のアサルトライフルだ。
そして、銃口をこちらに向けて撃ってきた。ヤバい、風が強くて素早く動けない。もう、死んだと覚悟した。しかし、誰かに両腕で体を持ち上げられて、私はその場を移動したのであった。
その誰かとはナツであった。サイボーグブーツをローラスケートモードにして、私をお姫様抱っこしてくれたのだ。そして、先程までいた場所にライフル弾が撃ちこまれていた。ふう、危なかった。
ナツが私の顔を覗きこんだ。
「冬子姫、おむかえにあがりましたよ。フフフ、危なかったな」
「ナツ、助かった……。あっ、その、ありがと……」
「いや、礼はいい。こっちはパンク女を倒したぜ。後はラスボスのヘリコプター女を倒すだけだ。とりあえず、俺がエンジン音を出して、おとりになってやる。その間に冬子が倒す方法を考えろ」
ナツはそう言うと、私を姫様抱っこから解放した。ちょっと、白馬の王子に見えてドキッとした。正直、ナツの真剣な表情はカッコイイな。いつも、こういう表情ならいいのに……。しかし、恥ずかしいので、これは私の胸の中にしまっておこう。すぐ調子に乗るからな……。
それにしても、あのワン・マーメイをあっけなく倒すとは……。まったく、頼りになる相棒だ。よし、ヘリコプター女は私が倒す。だけど、どうするよ?
その頃、ヘリコプター内部では……。ワン・シャンリンはヘリの中で、屋上を見下ろしていた。そして、状況を冷静に整理した。ナツも冬子も屋上にいる。つまり、自分の妹が倒された事を理解した。正直、信じられないが、ワン・シャンリンはこれが現実だと受け入れた。
すると、隣でヘリを操縦にしている部下が口を開く。
「シャンリン様、どうしますか? 目的のデータも手に入りましたし、この場から離脱しますか?」
「バカ、妹を見捨てられるか。マーメイの生存を確認するのが優先だ。もっと、屋上へ近づけ。まず、あの2人を殺す」
「はっ、はい」
「ふっ、心配そうな顔をするな、向こうの武器は拳銃だけだ。このヘリコプターを落とす事は絶対にできん。しかも、チンピラ2人を殺すくらい訳もない。私はワン・シャンリンだぞ」
しかし、ヘリコプター側から見ても、辺りが暗くなっており、2人の場所の特定が難しい状態になっていた。いくら、ライトで照らしても、植物園のような屋上なので、隠れようと思えば色々な場所に隠れられた。その点に関しては、ワン・シャンリンが不利であった。
しかし、アサルトライフルの武器があり、ヘリコプターに乗っているので、圧倒的に有利な状況であるのは変わらなかった。
その一方、ナツはサイボーグブーツのエンジン音を鳴らしながら逃げていた。なので、ワン・シャンリンは、ナツの場所をおおむね特定していた。しかし、これはナツがワザと爆音を鳴らし、おとりになっている為であった。
そう、ナツは冬子の攻撃にかけていたのだ。だが、ワン・シャンリンはそこまで考えておらず、場所が分かるナツを狙った。
ワン・シャンリンは、愛銃の95式自動歩槍を構えると、ナツに向かって発砲をした。
「死ね、赤毛女」
そう叫ぶと、激しい銃撃音とライフル弾がナツを襲った。
私は植物園に隠れながら、ワン・シャンリンを倒す方法を考えていた。まず、ヘリコプターに撃っても、距離が届かずに当たらないだろう。くそ、ロケットランチャーでも持って来れば良かった。ヘリコプターなんて、卑怯すぎるだろ。だけど、今は拳銃しかない。これで倒すしかない。
それに、私はビル風を甘くみていたみたいだ。ここから、普段のように素早く移動するのは無理だ。おそらく走った瞬間に追いつかれ、アサルトライフルの餌食になってしまう。つまり、この場から動けないのだ。
仮に、ワン・シャンリンを目がけて撃っても、ビル風の影響で当たるか分からない。そもそも、ヘリコプターの高度も高く、拳銃の射程の範囲外である。もし、奇跡的に当たっても、防弾チョッキでも着ていたら、全てが無駄になる。
おそらく外したら、逆に銃声で場所が特定されて、私もナツもハチの巣にされる可能性が高い。つまり、1発で決めないと負けだ。今この状況で、確実に1発の弾丸のみで、ワン・シャンリンの額を仕留められる自信はない。つまり、絶望的な状況だ。
しかも、この場から動けない、弾はヘリコプターに届かない。くそ、どうすればいい? ならば、ナツを使って、何とかするか? いや、ナツの攻撃ではヘリコプターに届かない。
そのナツは必死で時間を稼いでくれている。まるで、アイススケート選手のように滑りながら、アサルトライフルの攻撃をギリギリで避けている。だが、もう限界も近いはずだ。ヤバい、このままだと2人ともゲームオーバーだ。
ナツは大声で叫んでいる。
「冬子、早くしろぉー。もう、限界が近いぜぇー。ヘリコプターなんて、デカいドローンみたいなもんだろ? さっさと、なんとかしろよ」
いや、ヘリコプターはドローンより大きいぜ。でも、飛ぶ原理はほぼ同じだな。そういえば、ナツが品川埠頭でデス・ドローンを倒したな……。 あの時は投網を使って、プロペラを破壊したんだよな。
でも、飛ぶ原理が同じなら、墜落する原理も同じだ。ならば、ナツと同じ事をすればいい。私は周りに投網に近いモノがないか探す。そしたら、あるものが見えてきた。そうか、その手があった。
私は植物園から飛び出して、ナツに声をかける。
「ナツ、こっちの旗の近くまで来いぃー」
「分かったぁー」
すぐに、ナツはこっち向かって走ってきた。すると、サイボーグブーツのエンジン音も聞こえてきた。その音につられて、ヘリコプターもこちらへ来た。そして、私とナツはヘリコプターのライトに照らされた。
その瞬間、私はワン・シャンリンと目が合った。奴の口元には、笑みが浮かんでいた。おそらく、バカ2人が同じ場所に集まり、まとめて殺せると判断したからであろう。もう、勝利を確信したのだ。そして、それを確実にするために、ヘリコプターの高度を下げてきた。よし、よし、予定通りだ。
私は風向きを確認して、拳銃の照準を社旗のロープに合わせた。よし、完璧だ。
「妹によろしくな」
私はそう呟いて、旗を支えているロープに向けて引き金を引いた。
パン、パンと2発の銃声音が響き、鉄のポールからロープがちぎれて、ロイド保険の社旗が空をさまよった。その旗は風向きに乗り、ヘリコプターのプロペラへ向かっていく。すると、ワン・シャンリンは、私の狙いに気がついた。
そして、パイロットに向かって大声を出した。
「バカ、高度をあげろぉおー」
しかし、すでに時遅し。旗はすでに、ヘリコプターのプロペラに絡みついていた。その結果、プロペラの回転が止まり、機体のバランスが崩れていく。それから、ヘリコプターは地上を向けて、ゆっくりと落下していった。
しばらくして、下からドーンという爆発音が聞こえた。そう、ワン・シャンリンは墜落死したのだ。あの日本を混乱に陥れたテロリストは死んだのだ。
そして、私は疲れ果てて、その場に座り込んだ。それから、屋上に大の字で寝転んだ。夕日は落ちて、本格的な夜になろうとしていた。そのマジックアワーを見ながら、自分の父親の顔を思い出していた。
父さん、仇は討ったよ。




