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無能と蔑まれ処刑される悪役貴族に転生したので、原作最強の隠しスキルを全部回収して無双する  作者: 秋葉 詩


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第5話 父上にも、俺の魔力は見えない

翌朝。


 俺は屋敷裏の訓練場に立っていた。


 目の前には父、アルベルト・ヴァルハルト。


 昨日と同じ黒い服。


 同じ無愛想な顔。


 違うのは。


「遅い」


「まだ約束の時間前ですよね?」


「訓練とは、始める時間に来るものではない」


 完全に教官の顔をしていることだった。


「……厳しいな」


「何か言ったか」


「何も」


 少し離れた場所にはアンナもいる。


 昨日のことがあるから、念のため立ち会うらしい。


 父は俺を上から下まで見た。


「まず確認する」


「はい」


「昨日の力を使え」


「《内界循環》ですか?」


 父の眉がわずかに動く。


「その名は石碑から?」


「はい」


「……内界循環」


 口の中で確かめるように呟く。


「聞いたことは?」


「ない」


 即答だった。


「古い文献にも?」


「少なくとも、私の知る限りではな」


 王国でも五本の指に入る魔術師が知らない。


 やっぱり、相当古い技術らしい。


「使ってみろ」


「はい」


 呼吸を整える。


 身体の奥にある、あの重い感覚へ意識を向ける。


 細く。


 ゆっくり。


 胸から肩へ。


 腕へ。


 脚へ。


 魔力を全身へ巡らせる。


 視界が澄む。


 身体が軽くなった。


「できました」


「……」


 父は俺を見ている。


「どうです?」


「何も感じない」


「やっぱり」


「やっぱり?」


「昨日も測定器は反応しなかったので」


 父がこちらへ近づいてくる。


「腕を出せ」


「はい」


 右腕を差し出す。


 父が手首を掴んだ。


「そのまま維持しろ」


「はい」


 数秒。


 十秒。


 やがて、父の指先から微かな熱を感じた。


「父上、魔力を流してます?」


「気づいたか」


「なんとなく」


 父が手を離す。


「私の魔力は分かる」


「はい」


「お前の魔力は?」


「自分のなら分かります」


「私には分からん」


 父の眉間に深い皺が寄った。


「外へ一切漏れていない」


 やっぱり。


「魔力を使っているのに、外からは観測できない」


「便利ですね」


「まず危険だと思え」


 即答だった。


「なぜです?」


「自分の出力を、他人に確認してもらえない」


「……あ」


 なるほど。


 昨日、木人を吹き飛ばしたのもそうだ。


 俺は感覚だけで出力を調整していた。


 普通の魔術師なら、教師が魔力の流れを見て、


『出しすぎだ』


 と止められる。


 でも俺の場合。


 父ですら分からない。


「つまり」


「制御は全部、お前自身で覚えるしかない」


「面倒だな」


「自分の力だろう」


「そうなんですけど」


 強ければ何でも解決。


 そんなに都合よくはいかないらしい。


「始めるぞ」


「何を?」


「基礎だ」


 父は地面に一本の線を引いた。


 その十メートルほど先に、もう一本。


「走れ」


「また?」


「昨日は、速く走れることを確認しただけだ」


 父が俺を見る。


「今日は、同じ速さを何度出せるかを見る」


「同じ速さ?」


「ああ」


 そういうことか。


 ただ速ければいいわけじゃない。


 毎回出力が変わるようでは、戦闘で使えない。


「最初は強化なしだ」


「はい」


 位置につく。


「始め」


 走る。


 十メートル。


 戻る。


「次。最小限で強化」


「はい」


 脚だけに内界循環を流す。


「始め」


 地面を蹴る。


 速い。


 けれど、昨日ほどではない。


「戻れ。同じ出力でもう一度」


「はい」


 走る。


「もう一度」


 走る。


「もう一度」


「……はい」


 また走る。


 何度か繰り返すうちに、違いが分かってきた。


 同じくらいのつもりでも、少しずつズレる。


 強すぎる。


 弱すぎる。


 踏み込みだけ強い。


 途中で出力が落ちる。


「難しいな……」


「当然だ」


 父は淡々としている。


「普通の魔術師は、術式が出力をある程度整える」


「そうなんですか?」


「お前は基礎講義を何だと思っていた」


「嫌な時間?」


 父の目が細くなった。


「明日から必ず出ろ」


「出ます」


 危ない。


 元レオンの感覚で答えてしまった。


「内界循環には、その補助がない」


 父が続ける。


「お前自身が術式の代わりをしなければならん」


 なるほど。


 ゲームではボタン一つ。


 現実では。


 流す量。


 流す場所。


 速度。


 維持時間。


 全部、自分で調整する。


「ゲームより面倒だな」


「何か言ったか」


「独り言です」


 父は訓練場の端から、小石を一つ拾った。


「次はこれだ」


「石?」


「握れ」


 受け取る。


 手のひらに収まる程度の丸い石。


「右腕だけ強化しろ」


「はい」


「ただし、割るな」


「……難しくないですか?」


「だからやる」


 やっぱり厳しい。


 右腕だけへ魔力を流す。


「力を込めろ」


 ゆっくり握る。


 何も起きない。


「もっと」


 少し増やす。


「もっと」


「まだ?」


「まだだ」


 さらに。


 ミシ。


「止めろ」


 すぐに魔力を切る。


 手を開く。


 石に細い亀裂が一本入っていた。


「おお」


「感心するな」


「でも石ですよ?」


「昨日は木人を壊しただろう」


「そうでした」


 感覚が麻痺してきている。


「今の出力を覚えろ」


「はい」


 次の石。


 同じように握る。


 ミシ。


 三つ目。


 また亀裂。


 四つ目。


 パキン。


「あ」


「出しすぎだ」


「少しだけです」


「その少しをなくせと言っている」


「はい」


 厳しい。


 でも。


 面白い。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 自分の中の魔力が、ただの巨大な塊ではなくなっていく。


 どれくらい流せば。


 どれくらい動ける。


 それが分かり始める。


 ゲームでステータスを上げる感覚とは違う。


 これは。


 自分で強くなっている。


 そんな感覚があった。


「休憩だ」


「え?」


「三十分経った」


「もう?」


 俺はその場へ座り込む。


 汗を拭う。


 脚は少し重い。


 息も上がっている。


 けれど。


「……魔力、ほとんど減ってないな」


「何がだ」


「魔力です」


 父の表情が止まった。


「分かるのか?」


「なんとなくですけど」


「どれくらい残っている」


「ほぼ全部」


「……」


 また黙った。


「何かおかしいですか?」


「お前は今、三十分近く継続して魔力を使っている」


「はい」


「身体強化は、一般に燃費が悪い」


 それは知っている。


 ゲームでも同じだった。


「普通なら?」


「今のお前ほどの強化を続ければ、三十分も保たない者が大半だ」


「……そうなんだ」


 俺の場合。


 疲労はある。


 けれど、それは魔力切れじゃない。


 走ったせいで脚が疲れている。


 それだけだ。


 魔力の底は。


 まだ、まるで見えない。


「測定器を」


 父が言う。


 アンナが水晶を持ってくる。


「またですか?」


「確認だ」


 触れる。


 当然。


「反応なしです」


 アンナが言った。


 父は黙って水晶を見る。


「父上?」


「レオン」


「はい」


「お前、自分がどれほどの魔力を持っているか分かるか」


「正確には」


「私も分からん」


「測れないから?」


「それだけではない」


 父が腕を組む。


「今の強化量と持続時間だけで逆算しても、異常だ」


「異常」


「ああ」


「どれくらい?」


「……」


 父は少し考えた。


「今は断定できん」


「気になるんですけど」


「不確かな数字を教える意味はない」


 堅い。


 でも。


 その顔を見る限り。


 俺が思っていた以上らしい。


「午後もやるぞ」


「え?」


「今度は体力だ」


「魔力は余ってますけど、脚は疲れてるんですが」


「だからいい」


「どういう意味です?」


「魔力が残っていても、肉体が保たなければ意味がない」


「あ」


 その言葉に。


 少しだけ背筋が伸びた。


 そうか。


 内界循環がどれだけ強くても。


 使っているのは十二歳の身体だ。


 筋肉。


 骨。


 腱。


 心肺。


 そこまで一瞬で成長するわけじゃない。


「つまり」


「調子に乗って出力を上げれば、お前自身が壊れる可能性がある」


「……怖いこと言いますね」


「昨日、木人を吹き飛ばした人間に言っている」


「否定できません」


「なら覚えておけ」


 父は俺を見る。


「今のお前に必要なのは、より強い力ではない」


「じゃあ?」


「今ある力を、壊れずに使う身体だ」


 その言葉は。


 妙に腑に落ちた。


 魔力はある。


 それも、たぶんとんでもない量が。


 内界循環もある。


 ゲーム知識もある。


 だけど。


 それだけでは足りない。


 使いこなす身体。


 技術。


 経験。


 必要なものはいくらでもある。


「午後は走るぞ」


「やっぱり?」


「嫌ならやめるか?」


 父が振り返る。


 その目を見て。


「やります」


 即答した。


 一瞬。


 父の表情が止まる。


「……そうか」


 それだけ言って歩いていく。


 アンナもその後を追った。


 俺は座ったまま、自分の手を見る。


 昨日までは。


 九年もあると思っていた。


 今は。


 九年しかないような気もしてきた。


 でも。


 悪くない。


 何をすればいいのか分からず、ただ破滅へ向かっていった原作のレオンとは違う。


 俺には。


 やることがある。


 まず、この身体を作る。


 内界循環を完璧に制御する。


 その次は――


「……二つ目、か」


 ゲームの記憶を探る。


 内界循環だけじゃない。


 原作で誰にも使われなかった力は、まだいくつもある。


 全部を今すぐ取りに行く必要はない。


 けれど。


 次に狙うべきものくらいは、もう決めておいていい。


「その前に午後も走るのか……」


 遠ざかっていく父の背中を見る。


 破滅回避への道は。


 どうやら、俺が思っていたよりずっと地味らしい。


 まあ。


 その先にあるものが派手なら。


 今はそれでいい。

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