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無能と蔑まれ処刑される悪役貴族に転生したので、原作最強の隠しスキルを全部回収して無双する  作者: 秋葉 詩


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3/8

第3話 誰も使えなかった隠しスキル

 石碑の角が欠けた。


 俺はしばらく、その破片と自分の右手を見比べていた。


「……いやいや」


 おかしいだろ。


 力を込めたつもりはない。


 ただ、教え込まれた通りに魔力を身体の中へ流しただけだ。


 それで石が割れる。


 少なくとも十二歳の人間に許される握力ではない。


「まず制御からだな」


 調子に乗って全力を試す。


 そんな馬鹿なことをして訓練場ごと崩したら、父に何をしていたのか説明しなければならなくなる。


 俺は石碑から離れ、訓練場の中央へ移動した。


 改めて【内界循環】を意識する。


 ゲームでは地味なスキルだった。


 身体能力を一定割合上昇。


 消費魔力も多い。


 しかも魔法職が使えば、わざわざ魔力を身体強化へ回すより攻撃魔法を撃った方が強い。


 攻略サイトでも評価は低かったはずだ。


 だが、それは普通のキャラクターが使った場合。


 俺の中には、十二年間ほとんど使われることなく溜まり続けた魔力がある。


 しかも外へ逃げない。


 相性が良すぎる。


「とりあえず……本当に少しだけ」


 呼吸を整える。


 さっきは感覚のまま流してしまった。


 今度は意識して量を絞る。


 身体の中心にある重い塊から、細い糸一本分だけを引き出すようなイメージ。


 胸。


 肩。


 腕。


 脚。


 魔力がゆっくり全身へ巡っていく。


 さっきほどの変化はない。


 それでも明らかに身体が軽くなった。


「これくらいなら……」


 俺はその場で軽く跳んだ。


「おっ」


 思ったより高い。


 だが着地も普通にできた。


 床も割れていない。


「よし」


 次。


 壁際に置かれている木剣を一本取る。


 かなり古い。


 だが軽く振る程度なら問題ないだろう。


 握る。


 折れない。


 振る。


 ブンッ、と風を切る音がした。


「……速いな」


 剣術なんて、この身体もほとんどまともに習っていない。


 構えも雑だ。


 それなのに、腕そのものが速く動く。


 技術はなくても、身体性能が勝手に底上げされている。


 俺は木剣を元の場所へ戻した。


 今度は訓練用の木人を見る。


 人間ほどの大きさ。


 何度も剣で叩かれた傷が残っているが、太い木材で作られていて簡単には壊れそうにない。


「一回だけ」


 魔力を少し増やす。


 さっきの倍。


 いや、感覚だから本当に倍かは分からない。


 体内を巡る圧力が強くなる。


 脚にも力が入る。


 俺は木人の前まで歩いた。


 拳を握る。


「軽く、な」


 念のため自分に言い聞かせる。


 そして腹のあたりを狙って、拳を突き出した。


 ゴッ。


 鈍い音。


 木人が大きく揺れた。


「おお」


 壊れてはいない。


 拳も痛くない。


 十分すごい。


 十二歳が殴った結果とは思えない。


 少しずつ増やせば、どこまでいける?


 そんな好奇心が湧く。


「あとちょっとだけ」


 魔力をさらに流す。


 身体の内側が熱を持つ。


 嫌な熱ではない。


 今まで詰まっていたものが、初めて正しい道を与えられたような感覚。


 俺は再び構える。


 今度は腰も入れる。


「せいっ」


 拳が木人へ当たった。


 バキッ。


「え?」


 木人の胴体が割れた。


 いや。


 割れただけではない。


 上半分が後方へ吹き飛ぶ。


 そのまま壁へ激突。


 ドンッ!


 地下訓練場に轟音が響いた。


「…………」


 俺は拳を突き出した姿勢のまま固まった。


 木人を見る。


 胴体から真っ二つ。


 壁には薄い亀裂。


「……軽くって言ったよな、俺」


 誰に確認しているんだ。


 とにかく分かった。


 【内界循環】は強い。


 想像以上に。


 同時に、とんでもなく扱いづらい。


 俺の感覚では「少し増やした」だけでこれだ。


 もし最初から全力で使っていたら、どうなっていたか。


 考えたくない。


「ゲームと現実じゃ、そりゃ違うか」


 画面の中では身体能力上昇の数値でしかなかった。


 現実では、足を踏み込む力も、拳を止める力も、全部自分で調整しなければならない。


 強くなった。


 はい、無双。


 そう簡単な話でもないらしい。


 もっとも。


 弱いより何百倍もマシだが。


 俺は床へ座り込んだ。


 【内界循環】を止める。


 途端に身体が重くなる。


「うわ」


 今までこれが普通だったのか。


 一度身体強化を経験したせいで、元の身体が妙に鈍く感じる。


 それと同時に、少しだけ疲労が来た。


 魔力そのものは、ほとんど減った感じがしない。


 むしろ身体を動かした疲れの方が大きい。


「燃費までおかしいな」


 ゲームでは消費魔力が欠点だったはずなのに。


 俺の場合、その欠点すらほぼ存在しない。


 やっぱりレオンというキャラクターは、使い方さえ分かれば相当強い。


 どうして原作ではあんなことになったんだ。


 答えは分かっている。


 誰も知らなかったからだ。


 父も。


 教師も。


 レオン本人も。


 この力に辿り着けなかった。


 もし俺にゲーム知識がなければ、同じだっただろう。


「さて」


 休んでいる場合じゃない。


 まずは、魔力を流す量を細かく調整できるようにする。


 日常生活でいちいち扉を壊していたら意味がない。


 俺は立ち上がった。


 最小。


 少し。


 もう少し。


 止める。


 再開。


 何度も繰り返す。


 最初は身体全体へ一気に流れていた魔力が、少しずつ狙った場所へ動かせるようになってくる。


 腕だけ。


 脚だけ。


 背中。


 視界。


「これは……」


 目の周辺へ流すと、遠くの傷がよく見えた。


 耳へ流す。


 地下の外から微かな音。


 誰かが階段を下りてくる。


「まずい」


 集中を切る。


 直後。


 扉が開いた。


「レオン様?」


 アンナだった。


「昼食のお時間が近づいておりますので――」


 そこまで言って止まる。


 当然だ。


 壊れた木人。


 壁の亀裂。


 欠けた石碑。


 俺。


 アンナの視線が順番に動く。


「…………」


「…………」


 気まずい。


「レオン様」


「はい」


「何をなさったのですか?」


「訓練」


「訓練で木人は真っ二つになりません」


 正論だった。


「古かったんじゃないか?」


 アンナが木人を見る。


「先月交換したものです」


「……そうか」


「はい」


 逃げ道が消えた。


 どうする。


 全部説明するわけにはいかない。


 隠すにしても、この惨状では無理がある。


「ちょっと力加減を間違えた」


「ちょっと?」


「少し」


「壁にも亀裂がございますが」


「それは木人が飛んだからで」


「木人が飛んだのですか?」


 墓穴を掘った。


 アンナが珍しく無言で俺を見る。


 そして、俺の手を取った。


「怪我は?」


「ない」


 手のひらを確認される。


 本当に傷一つない。


 アンナの表情が変わった。


 木人より、そちらの方に驚いているようだった。


「レオン様」


「なんだ?」


「アルベルト様へご報告します」


「待て」


「できません」


 即答だった。


「怪我してないぞ」


「だからです」


 それはそうか。


 十二歳の子供が素手で木人をへし折って無傷。


 使用人の立場なら黙っていられない。


「せめて俺から説明する」


「何をです?」


「……新しい訓練方法を見つけたとか」


「では、アルベルト様にもそのように」


 駄目だ。


 逃げられない。


 予定より早い。


 本当なら、しばらく力を隠しながら鍛えるつもりだった。


 少なくとも自分で制御できるようになるまでは。


 俺は真っ二つになった木人を見る。


「やっちまったな……」


「何がでしょう」


「こっちの話」


 アンナは納得していない顔だった。


 まあいい。


 いつかはバレる。


 少し早まっただけだ。


 そして何より。


 これで確信した。


 レオン・ヴァルハルトは無能じゃない。


 魔力がないわけでもない。


 才能がなかったわけでもない。


 ただ、誰も使い方を知らなかった。


 なら。


 俺が使えばいい。


 原作では一度も日の目を見なかった、この力を。


「レオン様?」


「なんでもない」


 俺は少し笑ってしまった。


 処刑まで九年。


 昨日までは長いようで短いと思っていた。


 今は違う。


 九年もあれば。


 どこまで強くなれる?


 そんなことを考えている自分がいた。


「行こう、アンナ」


「はい」


「その前に」


「なんでしょう」


「父上への報告、木人が壊れたところだけじゃ駄目か?」


「壁と石碑についてもご報告いたします」


「駄目か」


「駄目です」


 厳しい。


 俺は壊れた訓練場をもう一度振り返った。


 どうやら。


 破滅を回避するより先に、父親への言い訳を考える必要がありそうだった。

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