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7 弱光

 

 あれから、また幾日かが経った夜。


 セレイヴは、ベッドの上でゆっくりと起き上がった。額に自分の手の甲で触れる。座ったまま天蓋の布を眺めるが、光はほとんどこちらに届かない。


 彼は天蓋のカーテンを手で払い、ベッドを下りた。


 部屋には、淡い月光が水のように漂っている。


 セレイヴは夜着を脱ぐと、水の張られた桶に布巾を浸し、それで全身を拭いた。それから、用意されていた新しいものに袖を通す。


 部屋に視線を巡らせると、ベッドのそばに置かれていた椅子には、マティアスが座っていた。彼は、こっくり、こっくりと、船を漕いでいる。

 セレイヴはそっと彼に近づくと、その顔をのぞき込んだ。


 目の下には濃いくま。ずっと寝込んでいたセレイヴよりも顔色が悪く見える。


 セレイヴは、一続きになっている隣の部屋へと向かった。ここは彼のために用意された衣服などが並べられている。はじめは数着程度しか無かったが、日に日に増えている気がした。

 その中からガウンを一着手に取って戻ると、セレイヴはそれをマティアスの肩にそっとかけてやる。


 そうして、彼はいつもの、出窓のそばの籐椅子に腰掛けた。

 

 見上げた夜空に浮かんでいたのは、三日月だった。熱を出す前の夜も、三日月。月は新月となり、また膨らみ始めたのかもしれない。


 セレイヴは、静かに、それを見上げた。





 マティアスが目を覚ますと、彼はまず、目の前の天蓋が開いていることに気づいた。

 振り返ると、出窓の前にセレイヴがいる。


 ハッとして立ち上がろうとした時、肩に掛けられているガウンに気づいた。


 マティアスの瞳が揺れる。


 それを抱きしめるようにして持ち、セレイヴに駆け寄った。


「セレイヴ様……お加減は?」


 セレイヴはゆっくりと振り向いた。

 銀の髪はわずかに湿り、その白い頬に触れている。顔色はいいとは言い難いが、心なしか、どこかすっきりとしているように見えた。


「……熱は下がったし、気分はいいよ」


 声にはかすれもなく、柔らかい空気のまま。

 マティアスは彼の前に膝をつくと、その顔を見上げた。そして、思わず手を伸ばしかける。

 

「……お顔に、触れても?」


 セレイヴはマティアスの指先をじっと見、視線を滑らせてマティアスの顔を見た。

 小さく頷く。


「……いいよ」


 マティアスは、そっとセレイヴの額に手を触れた。

 

 ――下熱したようだ。良かった。


 ほっと息を吐く。

 

 セレイヴは瞳を軽く伏せた。


「話すって約束したから、彼女と話したいんだけど、……どうしたらいい?」

「私が調整します。こちらにお呼びしますか?」


 セレイヴは窓の向こうに視線をやる。

 

「外に……出たいな」

「では、庭園ではいかがでしょうか」

「……うん。座って話せるかな」

「相談してみます」


 マティアスが頷くと、セレイヴはマティアスの顔をじっと見た。瞳というより、その下のくまを見ている。


「……マティアスは、僕が怖くないの?」

「セレイヴ様を失うかと、恐ろしく思いました」

 

 セレイヴの眉が寄る。


「……そうじゃなくて」


 マティアスは柔らかく小さく笑った。


「……わかっておりますよ。怖くありません」

「……どうして?」


 マティアスは片腕で抱くようにして持っていたガウンを、少しだけ持ち上げて見せる。


「使用人にガウンをかけたり……

 使用人を守るために異能を使ってくださるような主を怖いとは思えません」

「……」

「あの時、異能を使って軍馬を止めてくださったのでしょう?」


 セレイヴの視線がゆっくりと下がった。


「……うん。気味が悪いでしょう?」


 マティアスは首を振る。


「嬉しく思います。

 仮に、すでに私が魅了に掛けられていたとしても、そうでなかったとしても、私はきっと同じことを言います」

「……え?」

「私はあなたをお支えしたいと、心から思っています。

 もう、魅了されているようなものです」


 セレイヴは眉を歪めると、マティアスから距離を取るように、籐椅子の背もたれに身を預けた。


「……怖いもの知らず」


 マティアスは、つい、声を立てて笑った。

 

 セレイヴは、マティアスの笑う姿を見て、手を伸ばした。

 その頬に触れる。


「マティアスは、きれいな銀灰の瞳をしているんだね。今までも、ちらりと見てはいたけど……。

 やっと、君をまっすぐ見れた」


 マティアスは、目を見開く。


「瞳を見ただけでは、魅了にはかからないよ。でも、魅了の異能を持つ人間に瞳を見られるのは……怖いでしょ?

 だから、見ないようにしていたんだ」


 マティアスの眉がかすかに寄った。


「なんて……」


 ――なんて不器用な方なんだ。


 マティアスは姿勢を正し、片手を胸に当てた。


「セレイヴ様。

 私、マティアスは、あなたをお支えします。いついかなる時も」


 セレイヴが眉を寄せる。


「……重いよ」

「一週間近くも不安でまともに寝ていないんです。受け取ってください」


 セレイヴは扉の方をちらと見た。侍従であるマティアスの部屋はすぐ隣だ。


「……寝てきていいよ。

 僕、大人しくしてるから」


 マティアスは目を細める。


「……これは、根気が必要そうですね」

「君……怖いね」

「寝てませんからね」


 マティアスが笑う。

 セレイヴは小さく息を吐いて、また空を眺めた。



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