47 雨談
書き物机に向かっていたセレイヴが振り返ると、リディアが立っていた。
外は雨。
部屋は薄暗く、昼間であっても壁の燭台には火が灯されている。セレイヴの手元に置かれた卓上の燭台も、ゆらゆらと火を揺らしていた。
マティアスがセレイヴの隣に椅子を運んでくると、リディアはそれに礼を言って腰を下ろした。
「リディア。僕、手紙を書いてみたんだ……」
「ご両親にですか?」
「そう……」
セレイヴが紅茶を注ごうとしているマティアスを見あげる。視線に気づいた彼は少しだけ微笑んで、首を傾げた。
「マティアスにも見てもらったんだけど……なんか……味気なくてさ」
「私は問題ないと思いますが」
「マティアスは僕に甘いから参考にならない。リディア、見てよ」
リディアは苦く笑いながら便箋を受け取る。
◇◇◇
拝啓。
一雨ごとに、冬の気配を感じる季節となりました。お元気でいらっしゃいますか。
僕は、辺境に少しだけ馴染んできたように思います。自然がとても多く、部屋の窓から外を眺めるだけでも気持ちのよい場所です。
ここは、人柄がさっぱりした人が多い土地のようです。皆さまはとても良くしてくださいます。
婚約者のリディアとも、仲良くしています。結婚する日が楽しみです。
季節の変わり目ですので、お二人も体調を崩されませんよう、ご留意ください。
敬具。
セレイヴ
ハルヴァード辺境伯領より
◇◇◇
「とても良く書けていると思いますが」
「……なんか、本当にこんなのでいいのかな。短いし」
「セレイヴ、ここへ来てから初めて書く手紙なのですよね?
このくらいでいいのではありませんか?」
リディアとマティアスが視線を合わせると、互いに頷き合った。
「むしろ、短くとも早くお出ししたほうが喜ばれるのではないかと、私は思うのですが」
「セレイヴ、私もそう思うわ」
二人にそう言われてセレイヴは眉を下げると、便箋を丁寧にたたんだ。封筒に入れ、封蝋を押す。それが固まるのをセレイヴはどこかぼんやりとして眺めた。
マティアスは紅茶のカップを二人の前に置いてから手紙を受け取り、部屋を退室していく。
紅茶の芳香。
それから、雨音。
セレイヴは手際よく机の上を片付けると、小さく息を吐いた。
リディアはそれを見て、小さく笑う。
「セレイヴ、最近月の使者があなたのところへ来ていると」
「うん」
「……大丈夫なのですか?」
セレイヴはリディアの分と自分の分のカップを持つと、席を立ってソファに移動した。
「レキは、大丈夫」
リディアも彼の後を追って、ソファに並んで座る。クッションが、わずかに沈んだ。
「レキはね……なんか、悩んでいるみたいなんだ。本人もよくわかってなさそうだけど」
「悩み相談を受けているのですか? セレイヴが?」
「僕では役に立たなそう……みたいな言い方だけど」
「あ……。ふふ」
リディアが誤魔化し笑いをすると、セレイヴはふっと笑った。
「すごいよ。ルミナリスの系譜って、まるでスズメバチみたい。
女王がいて、選ばれし雄種という人たちが数人だけいて、あとはみんな苗人というみたいなんだけど……。
苗人はみんな、同じ顔で、意思はないんだって。働き蜂みたい」
「“選ばれし雄種”? すごい名ですね」
「そのままだよ。女王の護衛兼側妾みたいなものみたい。後宮というか……」
リディアがセレイヴの膝に手を置くと、セレイヴはその手に自分の手を重ねる。
「……そんな社会にいるのに、よく女王は陛下と子をなそうと考えましたね……。逃げ出してきたのですか?」
セレイヴは苦く笑った。
「レキ曰く、女王はいつも退屈している……と」
「退屈しのぎのためにこちらの星に来たと?
そして陛下と出会って子をなした?」
「……レキも、分からないと言ってた」
リディアが眉を下げる。理解できないよねと、お互いに言い、頷き合う。
「スズメバチと違うのは、子どもを産むのは苗人の仕事なんだ。“選ばれし雄種”も苗人が産んだ子どもの中から突然生まれるらしい。
女王は次の女王しか産まない」
「女王しか産まないのに、“選ばれし雄種”は何人もいるのですね」
「女王は……妊娠しにくいみたいなんだ」
セレイヴがカップを持ち上げて、一口だけ飲んだ。花のような、華やかな香りの紅茶。
「だからこそ、僕をルミナリスの系譜の人々は排除したがる。
女王が産んだ貴重な子どもなのに、僕が、“男”だったから」
カップを置くと、コトリ――と小さな音が部屋に響く。
「ルミナリスの系譜の人々からしたら、セレイヴの存在はとんでもない“手違い”のようなものでしょうか」
「たぶんね」
リディアがセレイヴの肩に頭を預けた。彼は彼女をちらと見たが、結局、ぼんやりと天井を眺める。
雨音が、少しだけ強くなった気がする。
「その使者の方の悩みとは?」
「女王に言われたことが理解できなくて悩んでる」
「なんと?」
「レキが僕を見たときに憎いと感じたか、と、聞かれたらしい。
なぜ女王がそんなことを自分に言ったのか、すごく引っかかっているみたい」
リディアは黙って、視線だけで窓の方を見た。雨がガラスを打ち、砕かれては窓枠に落ちていく。
「その……レキさんは、そのぅ……」
「なに?」
「ね……閨に……」
「レキの中では常識すぎて気にしてないみたいだけど、相当頻繁に呼ばれてるみたいだよ。なんなら、女王はレキとしか身体を結んでいないんじゃないかな。
レキがここにいる夜以外はだいたい呼ばれてるみたいだか……ら」
セレイヴが横を見るとリディアは頬を真っ赤に染めていた。セレイヴの眉が寄る。
「リディア……もしかして……恥ずかしいの?」
「さすがに……はい」
セレイヴはますます眉を寄せた。
「リディア……僕との赤ちゃんが云々とか……夜は甘そうとか……散々自分で言ってたじゃないか」
「いや……その……私は女王にも使者にも会ったことがないですけど……。話題としてちょっと生々しいというか……」
「ふぅん……」
セレイヴは足先を組むと、不思議そうにまた天井を見上げる。
「もしかしたら……ですよ?
女王はレキさんのことがお好きなのでは?」
「……え?」
セレイヴがリディアを見た。
「だから、ほかの人との間にできた子を見て憎く思わないのかと。嫉妬してくれたりしないのか……という意味では……。
なんて、わかりませんけど」
「でも、僕もう十七だよ。
妊娠期間をいれて十八年も前の子どもだよ?」
「だからこそ、あり得るかなと思ったんです。女王が陛下を愛していたのかどうかはわかりません。
でも、どっちであっても、昔のことです。
今、彼女が好きなのがレキさんであれば、やはり気になったりするのではありませんか?」
「そういうものなのかな」
セレイヴがリディアの腰に腕を回して少しだけ抱き寄せると、彼は彼女の髪に頬を押し当てる。
「リディアが女王で、僕が執行者だったら、リディアは僕を閨に呼んでくれる?」
「セレイヴしか呼ばないです」
「真面目だから、ちゃんとほかの人も順番に呼ぶんじゃない?」
「真面目だったら婚約者と会うときに侍女と侍従を追い出したりなんかしません」
「……それもそうか」
セレイヴが顔を離してリディアの顔を覗きこむと、リディアは不思議そうにセレイヴを見つめ返した。
「……今のは恥ずかしくないの?」
「え?」
「リディアの恥ずかしい、恥ずかしくないの基準がよくわかんないや」
セレイヴが笑い出すと、リディアは急に恥ずかしくなって顔を染めた。
雨は夜まで続きそうだった。
今夜は月は見えないかもしれない。




