40 白砂
白砂利の上を、レキは静かに歩いていた。
白砂利の真っすぐな道。
白石を積んで作った真四角の白い家。
白い衣をまとった一様の顔をした苗人。
道の先には広大な稲畑があるが、それを囲うようにして存在するのは、凍った海。
見上げれば藍の空。
幾万の小さな星が撒かれ、巨大な青い星が見える。
――この星に許された色彩は白と青だけ。
レキはただ、歩いて回る。
苗人の女人が並んで座り、全員が同様に子どもを抱いている。レキはその前をゆっくりと歩いた。
一人の子ども。
レキが手を伸ばす。
女人から子を取り上げるが、女人は何も言わない。空になった手を少しだけ見つめた後、席を立ち、稲作作業をする他の苗人の中に消えていった。
このルミナリスの系譜と呼ばれる人々のほとんどが、個性を持たない。
個性がはっきりとあるのは女王と賢者だけ。
彼女たちだけは嗜好性を持ち、自ら考えることができる。
執行者と呼ばれるレキのような男たちも多少は個性があるものの、ほとんどあってないようなものだった。生まれたときから少し身体が大きく、特に美しい見目を持ち、多少は思考能力も持つ。
“選ばれし雄種”と呼ばれる者たちだ。
女王の命に従い、時に護衛として異星を巡る。
また、こうして宮殿の下方に在する白砂京を巡回しては異物を排除する。
異物とはすなわち、個性を持つものだ。
――それから、彼らのもう一つの使命は、次代の女王を現女王が産むために継ぎを提供すること。
彼らに求められるのは、それだけ。
レキは定められた巡回路を、ただ、進んだ。
銀の長髪が背に揺れる。
その美しさにため息を漏らす者など、この星にはいない。
「うぬは、何をした」
御簾の向こう。衣擦ればかりが聞こえてくる。暇を持て余した女王ルナリエラは、だらしなくも床に寝そべり、窓を見上げているのだろう。
「何も」
レキはただ静かに御簾に向かって正座をし、女王からの言葉掛けに応える。
「うぬは、妾に問うただろう。“ご嫡子排除の許可を寄越せ”とな。
妾は否と答えた」
――あの時陛下は何も答えはよこさなかっただろうに。
レキは何も言わずに頭を下げた。
「こっちへ来い」
御簾の下に、畳まれた扇が差し込まれる。
レキはもう一度頭を下げてから、御簾を持ち上げ、その奥へと入った。
手から離れた御簾が、トン――と軽い音を立ててまた閉まる。
あぐらをかいたままレキを迎えたルナリエラは無表情のまま、背の高いレキを見上げ、自分の前を扇で示した。
衣はほとんどはだけ、その脚は顕になっている。
一瞬だけレキはその脚に視線を落とし、静かに彼女の前に座った。
瞳を伏せる。
乾いた音。
畳まれた扇で、鋭く頬を打たれた。
瞳を開け、女王をまっすぐに見つめると、彼女はほんのわずかに口角を上げていた。
ルナリエラは手を伸ばし、打った頬に指先で触れる。白いその指先についたのは赤い血。
彼女はそれをじっくりと眺めた後、舐め取った。
「うぬは、個性が出たな。良いことだ」
レキは表情を変えず、静かに女王を見つめる。
「戒場へ行け。鞭を打たれてこい。
そして今宵は供をしろ」
レキは頭を下げた。
「御意」
女王は、退屈している。
――彼女は、血に汚れたレキの肌を見てみたいだけだ。
レキが立ち上がると、もう彼には興味をなくしたかのように彼女は視線を逸らした。床に落としたままのガラス玉を拾い、寝転がる。
レキは、その場を離れた。
廊下を進み、別棟へ。
平屋造の建造物が複雑に並ぶ月の宮殿。
その最奥にある戒場。
「またか」
真っ白な部屋。
簡素な椅子に座っていたコルは、レキが部屋に入るなり、そう言った。
選ばれし雄種には賢者、執行者、戒者がいる。戒者はその代につき一人しかいないものの、女王に継ぎを渡すことは許されない。選ばれし雄種の中でも下位の者だった。
彼も、レキと同じ長い銀髪、金の瞳。それから異様に整った顔。
コルは立ち上がると、床に直接座ったレキの後ろに立つ。レキが衣をはだけさせて背を出し、髪を前に垂らすのを確認すると、鞭を振った。
淡々と。
いつも、同じ回数。
終わると、コルは何も言わずに最初に座っていた椅子に戻った。
窓はある。だが、景色を見るわけでもない。
女王に命じられてここへ来た者を、淡々と打つために待つだけだ。
「コル」
レキが名を呼ぶと、コルは視線だけを向ける。
「……またな」
コルは視線を宙に戻した。
彼が応えないことなど、わかりきっていた。
応える能力が、無いのだから。
レキは衣を整えると、踵を返した。
宮殿の敷地内では、本宮から最も離れ、最も音のある場所。香室。
レキがそこへ入ると、賢者オシは口角をわずかに上げ、目を細めた。彼は脇息にだらしなく身体を預けて香で遊んでいたが、身を起こし、彼の前にレキが座るのを待った。
選ばれし雄種の中では最も賢い上位種だが、女王に宵の供として呼ばれることはあまりない。
――退屈を紛らわすなら、最も適した男であるのに。
レキと比べたら、圧倒的に長寿の男だが、ルミナリスの系譜らしく、歪みのない見目をしている。
艶のある銀の長髪と少し垂れた金の瞳。
「レキ。何が知りたい」
「話をしにきただけだ」
「また呼ばれたのか」
「……何故だろうか」
オシはほとんど表情を変えないまま、「ふっ」と笑い声を漏らした。
「お前が考える雄種だからだ」
レキは自分と同じ色をした金の瞳を見つめた。
レキは執行者としては中堅だった。
オシが宙に還る時、次代の賢者はレキであろうとオシは予言している。執行者にしては、レキは考えすぎるからだと。
「我はまた、戒場に行かされた。この傷を陛下はしつこく触れるであろう。
あれが……苦手なのだ」
「お前の表情を見ているんだろう。
不憫なお方だ。大切にしてやれ」
「不憫……?」
「お前が賢者になれば、俺の言う意味が分かる。今はまだお前の頭は霧に閉ざされているがな」
レキはオシの目を見つめたまま、一度だけまばたきをした。
「陛下はなぜ、ご嫡子の処分を忌避されるのだろうか」
「さぁな。
まぁ、それはいい」
「良くはないだろう」
「ちゃんと尽くせ。でないとまた異星で孕まされて戻ってくるぞ」
レキが眉をかすかに寄せると、オシは少しだけ口角を持ち上げて、彼の肩を軽く叩いた。
この星にはほとんど音がない。
二人の衣擦れの音は、香に紛れ、この部屋の中に沈んでしまった。




