31 日和
「……セレイヴ、外に出ませんか?」
いつもの籐椅子に座ってリディアを迎えたセレイヴは、眉を寄せる。
――あれから、ひと月ほどが過ぎた。
セレイヴの怪我は、わずかに手に傷跡を残したものの、右手と首の包帯は取れている。
セレイヴは帽子を被ったままのリディアと、その後ろに並ぶカスパー、オリバー、マルグリットを順に見つめた。
「……外って」
「まったく外に出られていませんよね。短時間でも陽を浴びませんか。
庭園でお茶でも飲みましょう」
「一応、僕、窓辺にはいる。
陽は浴びてるよ。
それに……外だと視野が広くなって警護が大変なんじゃない?」
「しかし……このままずっと外に出ないわけには……」
セレイヴの脇にいたマティアスが軽く腰を屈め、セレイヴの耳に届くように声をかける。
「リディア様が、セレイヴ様と外でお茶がしたいのです」
セレイヴがさらに眉を寄せ、手でリディアを示した。
「……そうは言ってなかったけど……」
マティアスがリディアを見ると、彼女は眉を寄せながらも頷く。
「そ……そうです。
私が、セレイヴと外でお茶がしたいのです」
「……本当に?」
「えぇ」
セレイヴは瞳を伏せて逡巡したのち、席を立った。
「マティアス、僕が何か準備することはある?」
「少しお召し替えされますか」
「……そうだね」
セレイヴがリディア達を見ると、リディアは頷き、護衛の騎士たちは揃って頭を下げて扉を出ていく。
それを見送ると、セレイヴは小さく息を吐いた。
「……リディアは積極的に僕と関わろうとしてくれる」
「もともと行動力のある方ですが、フィオナ様が戻られてから、特に顕著になられた気がします」
窓から差し込む光は少し黄色っぽい。火の灯されていない壁の燭台の真鍮が、鈍く光を返している。
セレイヴはマティアスの前に立つと、その手を取った。
「……僕は、リディアのことが好きだけど、どういう好きなのかは、よく分からない」
「……え? そうだったのですか?」
「え? どういう意味?」
セレイヴがマティアスの目を覗き込むようにする。
「あぁ……いえ。お二人はすでに恋人同士なのかと」
指先を握りしめたまま、セレイヴは眉を下げた。
「……リディアは僕にそういう気持ちを抱いてくれているみたいだけど……僕はそれに返せていない。
でも、僕から彼女にキスをしてしまったことはある。
――最低でしょ?」
「いえ……そうとは……。お二人はご結婚されるのですし」
「もちろん、初夜はちゃんとするよ。でもそれ以外では、あやふやな気持ちのままで彼女に触れたくない。
なのに、君たちは、僕とリディアをすぐ二人きりにしようとする。
僕がどれほど欲と理性の間で苦しんでるかわかる?」
「あ……もしかして、怒ってらっしゃるんですか?」
「怒ってない。困ってるの」
マティアスはなんとも言えない気持ちで、無意識に艶を帯びた表情をするセレイヴを見つめた。
「外なら、絶対に二人きりにはされないだろうし、大丈夫かな……」
「……そうですね」
「マティアス。僕とリディアはティーテーブルを挟んで座るんだ。普通はそうだよね?」
「……うぅん。まぁ、そうかと……」
確かにはじめこそそう座っていた。だが、リディアが大人しく正面に座ったことは、ここのところはあまり無いようにマティアスには思えている。
「でも、マナー講習のためだからと、リディアは僕のすぐ隣に座ることがある。
僕、もうティータイムのマナーはほとんど問題ないよね?」
「……そうですね」
「そこのソファに並んで座ってる時もそうだけど、リディアは、僕の膝に触れたり、腕を絡めてきたり、抱きついてくる。
彼女、最初に想像していたより甘えん坊だよ。どうしたらいいの?」
「……応えて差し上げてもいいのでは?」
「僕は彼女に恋をしてるわけじゃないのに、それはやっちゃいけないでしょ?」
「そ……そうですかね?」
セレイヴはマティアスの手を引き、顔を寄せる。
「だから、マティアス、止めるんだ」
「え?」
「リディアが僕のすぐ隣に座ろうとしたり、僕に触ろうとしたら、君が間に入るんだ。
……いいね?」
「……それはちょっと私には荷が重い――」
「頑張ってくれるでしょ?」
「……善処はします……」
「うん」
セレイヴはマティアスから離れると、静かに立った。
「……着替えるんだよね?」
「あ、はい。すぐお持ちします」
マティアスはセレイヴの私室に繋がる衣装準備室へと向かう。やれやれと、首を振りたいのを我慢しながら。
一方、廊下では――。
「マティアスの方がセレイヴの動かし方をよく理解しているわね……。さすがだわ」
マルグリットは並んでセレイヴを待つリディアをそっと見た。
「まぁ……ああいった方ですからね。“あなたのため”と言われるより、“私がこうしたいから付き合え”の方が響くということでしょうね」
「……誰が言っても響くというわけではないでしょうけども」
ふいに言葉を挟んだオリバーに全員の視線が向く。
「リディア様だから、セレイヴ様は動かれたのではありませんか?」
「あぁ、まぁ、そうだろうな。何でもない時ならともかく、今の厳重態勢の中だったら、セレイヴは俺とオリバーが外で遊ぼうと言っても断るんじゃないか?」
オリバーとカスパーの言葉に、リディアは少しだけ頬を緩めた。
「そ……そうよね」
「でも、マティアス卿が誘ったらセレイヴ様は動くのでは?」
迂闊な発言をするマルグリットをオリバーとカスパーは見据え、リディアは視線を下げた。
「……なんですか?」
「空気を読め。それでも侍女か」
「何か間違ったことを言いましたか?」
リディアは長くため息を吐く。
「……最大の恋敵はやっぱりマティアスだわ」
マルグリットは自分の頬に手を添えた。
「私、一つ考えていることがあるのです。
リディア様がご出産されるのと近い時期に私も子を産めば、私が乳母にもなれますよね。それを考えると、私もそろそろ婚約を考えねばなりません」
「……マルグリットは急に何の話をし始めたんだ……?」
「つまり、私がマティアス卿とくっつけばいいのです!」
「え!」
マルグリット以外の全員の声が揃う。
「彼、辺境騎士と比べると華奢ですが、王都の紳士らしく洗練されていて顔も悪くありませんからね。
その上リディア様のご夫君の侍従なら、立場も大変良い。
完ぺきですね」
「無理だってやめとけって」
「……なぜです?」
「“洗練された紳士”がマルグリットを選ぶと思うか?」
「そこは閣下の力をお借りしたら良いのです」
カスパーは苦々しい顔でマルグリットを見、当のマルグリットは涼しい顔でそれを見返していた。
その二人を、リディアとオリバーは言葉をなくして静かに眺めていた。
セレイヴとマティアスが部屋から出てくる。
廊下で待っていた彼らからの好奇心と憐憫の視線を受け、マティアスは理由も分からず、つい眉をひそめてしまった。
相変わらず別棟の警備体制は厳しいが、何も起きない平和な日々に、空気はどこか、穏やかだった。




