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31/31

31.そろそろ、婚約してくれる?

「ミヘット伯爵である父上とも話したんだけどね、アニエスのことが落ち着くまでは、アニエスのそばにいてもいいことにしてもらっているんだ。長年の悩みの種だった、ニコラス叔父上のことが片付いたからね。今は、ようやく家族で落ち着いた生活をしているし、俺は感謝されているんだ」

「ニコラスさまはどうなったの?」

「ニコラス叔父上は精神的におかしくなったらしい。ヴァーン司祭とは別の意味で話が聞ける状態ではないようだ。……幽閉されているよ」



 死んだと思われていたニコラスさまの生母は見つかった。

 ……だけど、感動の対面とはならなかった。

 ニコラスさまの母、マデリーンは、かつては美女であったようだ――しかし、生き方のせいか、実際の年齢よりもずっと老けて見え、そして少しも幸せそうではなかった。


「お前がニコラスか。……なるほど。お前はどこの馬の骨とも分からぬ男の子どもだよ。貴族でなんか、あるはずもない。クククク。お金をたっぷりもらったからね。協力してやったのさ。お金のためだけにお前を生んだんだ。――でも、真面目そうな伯爵の青ざめた顔を見れたのは、実に爽快だった……! あたしの言うことを、すっかり何もかも信じていたよ」


 貴族であること、そして魔力のあることが、ニコラスさまの自尊心を支えていた。

 それはニコラスさま自身であったと言ってもいい。


 馬鹿な!

 俺は貴族だ! 伯爵家の人間なんだっ!

 お前なんて、俺の母親であるはずがない……‼

 死ね!


 ニコラスさまはマデリーンの言葉を聞き、大声で叫び、その首を絞めた。

 警備隊の人たちに取り押さえられ、事なきを得たが――ニコラスさまは壊れてしまった。

 その後、何を聞いてもぶつぶつと意味の分からぬことしか言わなくなった、らしい。


「ヴァーン司祭はいろいろな人の人生を狂わせてきたのね。……ひどいわ」

 ニコラスさまにはひどい目に遭った。

 だけど、事情を聞くと、ただ憎むことも出来ない。

「ニコラス叔父上は一気に二十も年を取ったみたいな見た目になっていて、とても二十代半ばには見えなかったよ」



 ヴァーン司祭がミヘット伯爵家に行った所業はそれだけではなかった。

 現ミヘット伯爵であるジャン=ジャックの父、ジャン=クロードもヴァーン司祭によって毒殺されていたのだ!

 シャーリー元王女殿下が病死してすぐのことで、同じ病で亡くなったのだと思われていた。――ちょうど、ジャン=ジャック・ミヘット伯爵が十八歳のときのことだった。


「あれ? 十八歳って、ルネが生まれた年じゃない?」

「そうだよ。……父上は泣いていた。母親が亡くなり父親まで亡くなり、急に爵位を継ぐことになって訳が分からぬままに日々を過ごしていたって。――セシルを、母上を捜しに行けなかったって、泣いていたんだ」

「ヴァーン司祭、ほんとうに許せないわ!」


 ヴァーン司祭はあらゆる魔力を封印され、尋問を受けている。全容解明には至らないけれど、少しずつ明らかになってきたこともある。

 だけど……。

 ミヘット伯爵の胸の内を思うとやるせないわ。


「ミヘット伯爵家は、代々恋愛結婚なんだよ。父上もそうだし。母さんのこと、すごく好きだったんだって。ただ、ごたごたの中どうしようもなかったみたい。――アーシェラ夫人とも恋愛結婚なんだよ」

「そうなの?」

「そうなんだ。……アーシェラ夫人はね、魔力が弱くて、実家で厄介者扱いされていたんだって。そういう相談を受けているうちに、好きになったみたい」


 わたくしのせい、と言っていた、アーシェラ夫人を思い出す。

 魔力が弱い娘たちを心配して。

 でも、人を好きになるって、理屈じゃない。きっと、愛された人間は、魔力よりもずっと大切なものが心の中に育っている。


「おじいさまも王女と大恋愛した末、結婚したらしいし。……だから、アニエスは心配しないで、俺と結婚することを考えていればいいんだ」

 ルネはそう言って、顔を近づけてくる。

「う、うん。それは分かったけど。あの、ルネ?」


 ち、近い!

 きれいな顔がすぐそばにっ。

 に、逃げないと!


 ルネはあたしを逃がさず、ぐいと自分に引き寄せると――キスをした。


「ねえ、今すぐ結婚しようよ」

「だから、それはルネが十六にならないと」

「手続き上はね。――とりあえず、婚約しよう?」

「んっ……」

「俺はアニエスが好きだし、アニエスも俺が好きだろ? 何も問題はないよ」


 問題はない――わけ、ないと思うの!


「ね、そろそろ婚約して? いいよね?」

 ルネの手が、いろいろなところを触る。

 なんかなんか、「婚約」の意味合いが違う‼

 

 とは思うのだけど。

 ……なんだか、ものすごく幸せで。

 こんなに幸せな気持ちになるんだ……知らなかった。


「アニエス、好きだよ」

「……あたしも好き」


 甘く熱くてふわふわしていて。

 ジョスリン殿下とエレーヌさまの結婚パレードを思い出す。

 花が辺り一面に舞って、光がきらきらしていて。


「好きなのに出来ない、なんて――変じゃない?」

 耳元での囁き。

 ……そうかも。

 何もかもが嬉しくて。



 ああもう!

 覚悟を決めたわ。

 あたし、ルネと「婚約」しちゃうもん。


 今すぐ!





                          ☆おわり☆

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